藤井徹貫
小室哲哉が見据える『CAROL』、そしてTMの未来2014年の秋も深まったある日だった。CAROLの思い出を語っていた木根尚登が「久々にオリジナルを聴いたらビックリしたよ」と言った。ニューアルバム『QUIT30』のレコーディングのため、久々にアルバム『CAROL』を聴き直したとき、意外なことに気がついたという。正確には、「気がついた」のではなく、「思い出した」だが…。理由はコーラス。彼の記憶よりも、宇都宮隆が歌っているコーラスパートが断然多かったらしい。
『CAROL DELUXE EDITION』を手にされる方々なら、そのあたりも今まで以上にしっかり確認していただけることだろう。なぜなら、Blu-ray Discのカッティングマシンなどの先端技術を導入しつつも、通常のCDプレイヤーでも再生可能な次世代高品質CD(Blu-spec CD2)に音源を収録してあるからだ。88年にロンドンのスタジオでTMの3人が聴いていた原音により近い音質になっている。
紙幅の都合上、冒頭の発言は収まり切れなかったが、『CAROL DELUXE EDITION』のSPECIAL BOOKには、メンバー3人の最新インタビューも掲載されている。宇都宮隆は当時彼も知らなかったCAROLツアーの裏話に触れてくれた。木根尚登はCAROLのロンドンレ・レコーディング、ツアー、小説執筆の思い出話に花を咲かせてくれた。ジャイガンティカの謎も語ってくれている。この話術がこのまま発揮できたら、テレビのバラエティ番組でも席を確保できるだろう。小室哲哉は2014年現在との比較をしながら語ってくれた。過去より現在や未来に比重を置いた話は実に小室哲哉らしい。この3人のインタビューと併せて『CAROL DELUXE EDITION』の音源とライブ映像を楽しむと、CAROLとは小室哲哉のひらめきを3人で大きく育てたプロジェクトだったことを再確認できるだろう。
それにしても小室哲哉はやはり大胆だ。誰の予想も超える。約四半世紀の時を経て、「CAROLの真相」と言ってもいいプロジェクトを、デビュー30周年に向けて仕掛けたのだから。その第一弾が2012年4月の武道館コンサートだった。しかし、この時点では誰もCAROLを甦らせるとは想像しなかっただろう。
そして、2013年7月のさいたまスーパーアリーナ公演、2014年の春ツアー、同年10月からのQUIT30ツアーと進むに連れ、CAROLの隠された真実が明かされてきた。さらに書籍『CAROLの意味』では、衝撃的な、誰も予想しなかった展開を著わしている。そう、88年に始まったCAROLプロジェクトやCAROLストーリーは今なお継続中。その起点、あるいは原点、いや、もしかしたら原典かもしれないのが『CAROL DELUXE EDITION』ではないだろうか。
2024年4月。札幌冬季五輪を目指し、レジェンド葛西はまだ飛び続けているだろうか。CAROLはどうだろうか。転生を繰り返しながら現在進行形のままだろうか。アメリカ初の女性大統領が誕生しているのか。TM NETWORKは40周年だ。きっとスマホに代わる、まだ見ぬガジェットが標準になっていることだろう。「GET WILD 40TH」なんてシングルがリリースされるかもしれない。
小室哲哉が打ち合わせしているというホテルのロビーに行くと、そちらの会話に区切りをつけ、一卓空けて待っているこちらの席に合流してこう言ってくれるだろうか。「27年に開通するリニアモーターカーのイメージソングをTMでやることに決まったよ」。
誰かタイムマシンに乗って見てきてくれないか。
藤井徹貫
オンとオフ、その表情ですべてを語る宇都宮隆年号はすでに平成になっていた1989年1月だった。ぼくは札幌郊外の雪景色の中にいた。ツアーブックの撮影のためだ。CAROLロゴをペイントした11トン・トラックが列をなして雪原を爆走する姿を必死に追うカメラマン。狙った写真が撮れるよう、事前に段取り、現場を仕切り、大きな仕事から小さなか仕事まで一手に引き受ける編集者。しかし、こういうとき、ライターは左程どころかまったく用をなさない。だったら、行かなきゃいいのにってことだが、そうそうない現場なので後学のためにもと、お供した次第だった。
そのときの光景といい、今思い出しても何から何まで破格のツアーだった。あれだけの設備と装置のホールツアーなんて前代未聞だったし…。そう、時代は確かにバブルだった。つい先日のこと。『ビートたけしのTVタックル』を観ていたら、「Get Wild」が流れてきた。番組がスタートした平成元年と現在を比較しながら進行する中、バブル時代の資料映像のBGMに使われていたのである。細かいことをいえば、そこは「GET WILD '89」だろうと思ったが、実際に流れていたのはオリジナル・バージョンだったと思う。
『CAROL DELUXE EDITION』のDVD──「CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS '89」を新たに再編集したライブ──に収められている華やかさや煌びやかさはファンタジーそのもの。背景にバブル時代があったとしても、観客を日常という名の籠から解き放ち、しばし別世界を自由に飛び回る鳥にする魔法がそこにある。
英語のフレーズで観客とコール&レスポンスする小室哲哉、キレッキレのアクションを見せる木根尚登(今がキレてないってことではなくて)は、なつかしい以上に新鮮ですらある。しかし、それ以上の最大の発見は宇都宮隆だ。ライブ前半のCAROLコーナーでの表情や佇まいなどに宇都宮隆が宇都宮隆である秘密がすべて詰まっている気がした。
彼を語るとき、アルバム『RAINBOW RAINBOW』のレコーディング、「Come on Let's Dance」のPV、「Get Wild」のヒット、Kiss Japanツアーでのダンスパフォーマンスなど、人それぞれで挙げる転機が異なる。が、彼はここで、このCAROLツアーで、主役とは何たるかを身につけたのではないだろうか。その姿を是非ご覧いただきたい。
ライブ後半のヒットパレードでも主役としての輝きは圧倒的だ。音楽に限らずエンタテインメントというものが時代を映す鏡であるなら、その鏡の中心で彼はバブルという時代の主役のようにすら見える。それでこそ主役であり、フロントマンであり、センターに立つ者である。普段の、目立つことを好まない彼とは、まったくの別人がそこにいる。
オンとオフ、二人の宇都宮隆の唯一の共通点は表情で語るところだろうか。CAROLコーナーでの歌い出す前の一瞬、ヒットパレードでの踊っているときなど、まるで声が聴こえてきそうな表情を見せる。小室哲哉は常にクールだし、木根尚登はサングラスをしていない人と比べると、表情はどうしても30%OFFになるから、宇都宮隆の豊かな表情がTMではなおさら大きな意味を持っている。そして、普段の彼も表情で物語ることがある。コンサート会場に入ってからは食事をしないのがルーティンになっている彼の楽屋に行き、「ウツさん、これ食べていいですか?」と弁当を指さすと、いつもやさしい苦笑いで応えてくれる。その顔は「駄目って言っても食べるんだろ」と語っている。毎度、ごちそうさまです。
藤井徹貫
木根尚登にしか書きえなかった『CAROL』1988年の初夏だった。ソビエト(現ロシア)の航空会社であるアエロフロートでロンドンに着いた。現地に居を移し、音楽制作を始めた小室哲哉にインタビューするためだ。
空港から直行ということはないだろうから、翌日だっただろうか、小室哲哉が打ち合わせをしているというホテルのロビーに出向いてみると、ブロンド美女と談笑中ではないか。そちらの会話に区切りをつけ、一卓空けて待っているこちらの席に合流した小室哲哉が言った。「彼女の顔、覚えておいたら、もしかしたら貴重な目撃者になれるかもしれないよ」。
『CAROL DELUXE EDITION』のDVD──「CAROL TOUR FINAL CAMP FANKS '89」を新たに再編集したライブ映像──の中、CAROLを演じているのはパニーラ (Pernilla Dahlstrand)。20歳そこそこのスウェーデン娘だ。彼女の初々しさは演技ではない。ノンフィクションだ。だから、約四半世紀が経った今も色あせない。
パニーラは88年の秋頃にロンドンでおこなったオーディションで選ばれた。伝え聞くこところでは、そのオーディションはTMの3人と主要スタッフたちをときめかせることなく終わったという。全参加者のパフォーマンスが終了し、ガランとした会場の床にため息だけが散らばっていたときだ。遅刻したパニーラが現われたという。会場の扉を少しだけ開け、その隙間から彼女が顔を覗かせた瞬間、CAROLは誕生した。
エンタテインメントの世界で生きるため、異国へやってきたばかりの彼女。キャリアらしいキャリアは皆無。それでも、いや、それだからこそ、TMの3人は彼女に惹かれたのだろう。CAROLプロジェクトを立ち上げた当初から、小室哲哉が何度も口にしていた「普通の女の子」がそこにいたのである。もちろんバレエなど基礎的な技術は備えているものの、正真正銘の大抜擢だった。
これが小室哲哉の凄さでもある。プロデューサーとしての器の大きさ。誰もが驚くほど大胆な決定をすることがままある。木根尚登にCAROLの小説を書くように勧めたのもその一例だ。小説など書いたこともなければ、小説家になりたいと思ったこともなかった人間に書かせてしまうのだ。たとえば「音が消える」「音のない世界」など、物語の幹となる部分や断片的なアイデアは手助けするとしても、きっと木根尚登自身が誰より想像していなかっただろう大仕事を託してしまうのだから。
結果はパニーラと同様だ。大成功。パニーラが彼女にしか演じることのできないCAROLになりきったように、木根尚登もまた、彼にしか書くことのできないファンタジックなCAROLを脱稿した。彼はその後も執筆業を続け、第50回(1995年)毎日映画コンクール・アニメーション映画賞を受賞した『ユンカース・カム・ヒア』の同名原作小説や木根読者の間ではバイブル的評価を得ることになるエッセイ『えんぴつを削って』、演劇の原作にもなった短編小説集『天使の涙』や中学生(高校だったかもしれないが)の教科書に一部転用された『P』、TMの舞台裏を綴る『電気じかけの予言者たち』シリーズなど、現在までに30冊以上を上梓している。その原点はやはりCAROLであり、その道の扉を開けたのはプロデューサー小室哲哉だ。ちなみにライブ映像にも登場するジャイガンティカが巨大な一眼モンスターなのは木根尚登のアイデア。当時、ロンドンと東京を何度も往復していたので、その機内でたまたま目にした広告からヒントを得たそうだ。
ところで、ぼくは「貴重な目撃者」になれたかというと…。ご察しのとおり、なれなかった。彼女はCAROLになれなかったのだから。パニーラではなかったのだから。しかし、暖炉のある小室宅をちょろっとだけでも拝見できたのだから、ま、それはそれで貴重な目撃者になれたのかもしれないけど。
ふじい てっかん1959年、山口県生まれ。1980年代初期より音楽ライターとして活動開始。『TMN"EXPO"ストーリー』『TMN最後の嘘(トリック)』ほか、TM NETWORK関連の数多くの著書がある。
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