STORY|The Doors ライヴ・フィルム『ワイト島のドアーズ1970』を3月1日(木)東京/大阪/名古屋の3大Zeppにて、一夜限定ライヴ絶響上映決定!

STORY


『すべては滅びても、詩と歌は残る…』

ジム・モリソン



●タイトル

『ワイト島のドアーズ1970』

原題|The Doors Live at The Isle Of Wight Festival


●上映内容

  • 1. Roadhouse Blues/ロードハウス・ブルース[3]※
  • 2. Back Door Man/バック・ドア・マン[1]
  • 3. Break On Through (To The Other Side)/ブレイク・オン・スルー[1]
  • 4. When The Music's Over/音楽が終わったら[2]
  • 5. Ship Of Fools/愚か者の船[3]
  • 6. Light My Fire/ハートに火をつけて[1]
  • 7. The End/ジ・エンド[1]
  • [1] The Doors/ハートに火をつけて('67年1月発表/1st/全米2位)
  • [2] STRANGE DAYS/まぼろしの世界('67年10月発表/2nd/全米3位)
  • [3] Morrison Hotel/モリソン・ホテル('70年2月発表/5th/全米4位)
  • ※ワイト島フェスティバルの様子を撮影したインサート映像。

●スタッフ・出演者

監督|マレー・ラーナー

音響ミックス|ブルース・ボトニック

出演|ザ・ドアーズ (ジム・モリソン(vo)/ レイ・マンザレク(key)/ ロビー・クリーガー(g)/ ジョン・デンズモア(ds))


■ザ・ドアーズ /THE DOORS

ジム・モリソン(vo)/ レイ・マンザレク(key)/ ロビー・クリーガー(g)/ ジョン・デンズモア(ds)

バンド名はオルダス・ハクスリーがサイケデリック体験について書いた手記『知覚の扉(原題:The Doors Of Perception)』から命名。1967年1月、シングル「ブレイク・オン・スルー」でデビュー。この楽曲も収録されたファースト・アルバム『ハートに火をつけて』は、瞬く間にゴールド・ディスクを獲得した。当時の象徴であるヒッピー思想に対抗するが如く、“死”や“耽美”を連想させる音楽性と、モリソンのカリスマ的なステージングは話題を呼ぶ。同年、セカンド・アルバム『まぼろしの世界』をリリース。68年、大ヒット・シングル「ハロー・アイ・ラヴ・ユー」を収録した『太陽を待ちながら』は彼ら初のNo.1アルバムとなる。この頃からモリソンはポップ・スター、セックス・シンボルという認識のギャップに耐えかねアルコール、ドラッグに溺れていく。69年『ソフト・パレード』を発表。全米最高位6位を記録。『モリソン・ホテル』リリースした70年末にバンドはライヴ活動を休止している。そして71年オリジナル・メンバーでは最後のアルバムとなる『L.A.ウーマン』を発表、モリソンは休養し妻パメラの待つパリへ渡るが、1971年7月3日、アパートのバスルームで心臓発作(真相は不明?)を起こし短い生涯を閉じている。享年27歳。残されたメンバーはトリオとして、また新メンバーを加え活動を継続するものの、72年12月、正式に解散。1993年には、ロックの殿堂入りを果たしている。バンド創設者の一人で、ジムを引き入れバンド結成に導いたレイ・マンザレクは2013年に他界。バンドは昨年デビュー50周年を迎えた。

■ジム・モリソン /Jim Morrison

ジェームズ・ダグラス・“ジム”・モリソン(James Douglas "Jim" Morrison)は、1943年12月8日、フロリダ州メルボルンに生まれている。厳格で保守的な家庭で成長したが、哲学や詩にのめり込み、1964年の1月に家族の反対を押し切りフロリダ州立大学からUCLAの映画学科に編入している。1965年夏、UCLAでレイ・マンザレクに出会ったのを契機にバンドを結成、ジョン・デンズモア、ロビー・クリーガーが参加しザ・ドアーズのラインナップが完成した。モリソンは1971年までバンドに在籍したが、1971年7月3日、音楽活動を休止して移住していたパリのアパートメントにあるバスタブの中で死体として発見された。死因は心臓発作と発表されている。享年27歳。米ローリング・ストーン誌の選ぶ「史上最も偉大なシンガー100人」において第47位。英Q誌の選ぶ「史上最も偉大なシンガー100人」において第40位。

■ワイト島フェスティヴァル /The Isle Of Wight Festival

ワイト島フェスティヴァルは、歴史的音楽フェスティヴァル“ウッドストック・フェスティヴァル”と並び称されている。特に第3回目にして最後となった1970年のフェスは伝説となっており、出演後から週間後に急逝したジミ・ヘンドリックスをはじめ、ロック・オペラ『トミー』全曲ライヴを披露したザ・フー、観客の態度の悪さに涙ながらに訴えたジョニ・ミッチェル、そしてゲイリー・バーツ、チック・コリア、キース・ジャレット、デイヴ・ホランド、ジャック・ディジョネット、アイアート・モレイラという超豪華メンバーを引き連れてロックな演奏をぶちかましたマイルス・デイヴィスなど、世界最高峰のミュージシャンが集まった。ワイト島でこのフェスティヴァルが初めて開催されたのは1968年8月31日。第1回大会にはジェファーソン・エアプレインがメイン・ステージのトリを務めた。第2回大会が「ウッドストック・フェスティヴァル」と同じ年の1969年8月30日と31日の2日間開催。ボブ・ディラン、ザ・バンド、ザ・フーが参加し、25万人を動員、大成功を収めた。第3回ワイト島ミュージック・フェスティヴァルが1970年8月26日~30日の5日間にわたり開催され、のべ60万人の観客を動員。1969年のウッドストックの40万人をはるかに凌ぐ世界最大規模のライヴとなった。が、多くのトラブルに見舞われこの第3回目をもって一旦幕を閉じた。それから32年後の2002年に復活し第4回目を開催したが、1968~70年の同名フェスとは様相が若干異なるイヴェントとなっている。初の開催から50周年記念となる2018年は、デペッシュ・モードらがヘッドライナーを務め6月に4日間にわたり開催される。


●関連商品

ドアーズのコンサート映像として最後に撮影された『ワイト島のドアーズ 1970』【DVD+CD】が日本先行で2018年2月14日遂に発売!

商品名 : 『ドアーズ/ワイト島のドアーズ 1970』

発売日 : 2018214

品番 : YMBA-10740/41

価格 : ¥4,800(本体価格)+税

収録時間 : 約 83 分/Dolby Digital Stereo, Dolby 5.1ch, DTS 5.1ch/カラー/16:9/日本語字幕付き

ドアーズのコンサート映像として最後に撮影された歴史的な『ドアーズ/ワイト島のドアーズ 1970』が2018年2月14日に発売となる。今回の発売にあたりオリジナルのフィルムから丁寧にレストア・色補正が施されアップグレードされた映像に仕上がっている。サウンドについてもオリジナルのマルチトラックオーディオから5.1ドルビーデジタルへとミックスし直されている。ミックスは、長年ドアーズのエンジニア/ミキサー/共同プロデューサーを務めるブルース・ボトニックが担当した。

DVDには、映画のオリジナルディレクターでアカデミー賞受賞監督、マレー・ラーナーによるロビー・クリーガー、ジョン・デンズモア、オリジナルのドアーズ・マネージャー、ビル・シドンズのインタヴューの他、レイ・マンザレクの2002年のインタヴューを収録した「This Is The End」がボーナス映像として収録されている。

< 商 品 情 報 ペ ー ジ > http://www.ymm.co.jp/p/detail.php?code=GVYMBA-10740


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企画・主催|(株)Zeppホールネットワーク、(株)ソニー・ミュージックダイレクト
協力|ヤマハミュージックエンタテインメントホールディングス
© 2017 Eagle Rock Entertainment Ltd. An Eagle Vision release.