『空耳の丘』がレコードとして、リマスターのCDとして形になること。
嬉しく、そして感慨深いものを感じています。
デビューした1988年に発表した2枚目のアルバム。
33年が過ぎ、こうして歌い続けてこられたこと。
『空耳の丘』がその礎となるアルバムであったことを思います。
支えてくださったスタッフ、メンバーの皆様に、そして応援してくださった
皆様に心より感謝申し上げます。
LP
CD
『空耳の丘』がレコードとして、リマスターのCDとして形になること。
嬉しく、そして感慨深いものを感じています。
デビューした1988年に発表した2枚目のアルバム。
33年が過ぎ、こうして歌い続けてこられたこと。
『空耳の丘』がその礎となるアルバムであったことを思います。
支えてくださったスタッフ、メンバーの皆様に、そして応援してくださった
皆様に心より感謝申し上げます。
リマスタリングによるCDの再発売と、新規カッティングによるLPの新発売。このアルバムだけが唯一リマスタリングされてなかったので、ファンにとってはそれだけでもニュースでしょうが、特に注目はLPですよね。元々アナログで発売されていないカタログですから。
『空耳の丘』(1988年10月21日発売)の半年前、4月1日発売のデビュー・アルバム『瞳水晶』とシングル「瞳水晶」はアナログも出て、これが遊佐未森唯一のアナログ盤でした。ソニー・ミュージックがちょうどリリースをCD一本にしぼるという決断の時期だったんです。82年に登場したCDが、売上でLPを抜いたのが86年。余裕を見て88年、もういいだろーということでした。
私はEPICソニー(当時の社名)の制作部に勤めておりましたが、アナログレコードには何の未練もなかったですね。ジャケットが小さくなることが少々残念だったくらい。それまでの、LPとカセットとCDという3つもフォーマットがあるという煩雑さから解放されて、万々歳でした。デザイナーの石川絢士君などは、さすがにジャケットが仕事ですから、文句たらたらで、その鬱憤が「初回限定特殊装丁盤」にイノチをかけることに繋がるのですが……それは置いといて、私は個人的にもCD大歓迎でした。とにかくアナログは扱いが面倒だったから。頻繁に盤面をクリーニングしないとすぐパチパチいうし、針を落とすのに気を使うし、だから曲飛ばしとかたいへんだし、ウッカリすると針がギャーンなんて盤面を走って傷になるし、クルマの中に置いてたりするとすぐ熱でゆがんでしまうし……等々「アナログあるある」は枚挙に暇がありません。CDはそれらをすべて解決して、しかも音質も問題なし。そりゃあ最高のオーディオ環境で聴くアナログには勝てないかもしれないけど、これだけ手軽にこの音質で聴けるなら文句はありません。アナログはまったく聴かなくなったし、そのうち世の中から消えていくんだろうなと思っていました。
それがなぜだか、昨今のアナログ再評価。ブームとまでは言えないかもしれませんが、メディアでもちょくちょく取り上げられ、売上も伸びていると。米国ではなんとLPの売上がCDを抜き返したらしいですね。
そして巷には、「やっぱりこのジャケットの大きさが魅力ですね」とか、「デジタルに比べると音が温かい感じなんです」とか、「このパチパチいう針音もなんだか落ち着きますよ」などという薄っぺらいコメントが飛び交ってます。そういう「俄アナログ派」の存在が「波が来てる感」を高めることはたしかでしょうが、彼らは早晩飽きてどこかへ消えてしまい、それが今度は「もう古い感」をつくってしまう。ジャケットの大きさなんてデザインしだい。陶器のデザインを褒めるのに「あー、やっぱり茶碗より花瓶のほうが大きいからいいですねー」とか言うか?
なんて憎まれ口を心の中で呟きながら、かく言う私自身が、数年前からアナログ、LPを見直しているのです。自分でレコード・イベントをやるようになって、人からもいろいろ教えてもらって、いいオーディオ環境を使わせてもらったり、レコードのクリーニング方法を工夫したりしているうちに、いやぁ、やっぱり、この塩化ビニールでできた黒い盤はすごいなと、感心せざるをえないようになってきたのです。具体的に言うと、50年前、1970年くらいにつくられたレコードも、ちゃんとクリーニング(と言っても、アルカリ電解水と「システマ」の歯ブラシだけの、超シンプル&安上がりな方式ですけどね)するだけで、ほぼ元の、出荷された時の音が復活するのですよ。昔よく「擦り切れるほど聴いたよ」なんて言い草がありましたが、それはウソ。LPは擦り切れません。SPは擦り切れるみたいですが。レコード針は減っても、塩化ビニールは形状記憶シャツのように復元するのです。
音質は、もちろん元のレコーディング次第だし、カッティング技術にもより、何と言っても再生オーディオ環境に左右されるのですが、それらがすべてバッチリならば、CDなどよりメチャメチャいいです。ハイレゾと比べても、やはりアナログレコードの勝ちだと私は思っています。
何よりそれが50年経っても変わらない。いや、おそらく100年でも200年でも、きちんと保存していけば変わらないと思います。磁気テープは寿命30年と言われています。CDもそれくらい経つとヤバい。デジタルデータそのものは永久でしょうが、それを保存する磁気ディスクやSSDには、充分と言えるほどは永くない寿命があります。それに対し、塩化ビニールに溝を刻んでおけば、石に文字を刻んだロゼッタストーンとまではいかないでしょうが(火事になったら一溜りもありませんからね)、まず安心です。極端な話、地球の磁気に異変が起きても、電気がなくなっても、だいじょうぶです。音楽メディアとしてはピカイチじゃないでしょうか。熱に弱く、傷つきやすいという初歩的な弱点はあるにせよ。
それにしても、一度廃れてしまったモノが、そのままの形で復活してくるなんてこと、これまでの人類の歴史上、あったでしょうか? バスをやめて乗合馬車に戻そう、みたいなことでしょ、これ。社会現象としても面白い。ただ、忘れちゃいけないのは、アナログレコードを楽しもうと思ったら、前述したような「アナログあるある」はもれなくセットでついてくるってことです。「大きなジャケットに惹かれて買ったけど、面倒だから聴かないで飾ってるだけー」なんて人が多いなら、アナログ人気もほどなく終わるでしょうね。願わくば、アナログレコードの真価に気づく人が、少しでも増えますように。
ということで、『空耳の丘』が発売後なんと33年を経て(うう、あの頃は私も若かった)、まさかのLPリリースとなったわけですが、実は、気になることがひとつあったんです。それは「マスター」、つまり商品にするための大もとの音源が、DATテープであること。「DAT」、覚えてますか?あのカセットよりも小さいけど高音質でデジタル録音できるメディア。もっとも高音質と言っても、デジタルというのは喩えれば新聞写真のようなもの。白または黒(0または1)の点の集まりなので、点が小さいほどなめらかに見える、つまりアナログに近づくわけですが、DATはCDクラス、ハイレゾよりはかなり分解能が低い。分かりやすいところで言うと、高音域は20KHzあたりまでしか再現できません。とは言え、人間の耳はそんな高域まで聞こえないので、まず問題ないのですが、ともかくアナログとは違うっちゃあ違う。『空耳』はCDのみのリリースだからということでの、DATマスターという選択でした。それを選んだのはミックスダウンを担当してくれたナイジェル・ウォーカー(Nigel Walker)というエンジニアです。
ナイジェルは『空耳』のあと、『momoism』のミックスや、『水色』はレコーディングのすべてをお願いした、私がその腕前を高く評価していた英国人エンジニアですが、中でも『空耳』の時が、体調がよかったのか、精神状態か、よく分かりませんが、いちばんよかった。小さな音量で聴いても、音に勢いを感じるのがいいミックス。それが私の持論です。これがなかなか難しい。「スタジオで大音量で聴いている分にはいいんだけど、ラジカセとかだとどうもショボいんだよね」なんてことになりがちです。『空耳』は、瑞々しく切れ味鋭いドラムを中心に、すべての楽器が粒立ちよく弾んで聴こえて、遊佐未森のアルバムの中で、いや私が担当した全アルバムの中でも、いちばん音がよい作品だと思っています。
アナログレコードには、やはりほんとはアナログテープのマスターのほうがいいんだろうなと思います。でも磁気テープは前述のように寿命が約30年。33年を経ている『空耳』の場合、アナログテープだったとしたら、賞味期限が切れていることになるので、これは厳しい。いや、おそらくソニー・ミュージックのほうでデジタル化したものが使われただろう。ならば、DATのほうがまだよかったんだろうか。いろいろ考えながら、テスト・カッティングされた盤が、米国から送られてくるのを待ちました。そう、カッティング・エンジニアは、かの世界的マエストロ、バーニー・グランドマン(Bernie Grundman)さんなのです。
さすがは名人。私の心配など無用でした。ソニー・ミュージックの会議室で聴かせてもらったテスト・カッティング盤は、どう言えばいいんだろう?アナログらしいナチュラルな音で、まるでこちらが本家だよと言わんばかりの、堂々とした感じで鳴っていました。
こういうふうに時代が巡ってきて、考えてもみなかったアナログ化ができて、ほんとによかったと思います。
だけど、みなさん、ジャケット飾るために買うのじゃなくて(あの石川絢士君ががんばってつくっているようですが)、ちゃんと面倒くさい思いをしながら、しっかり聴いてくださいね。
あ、アナログレコードのことばかりになってしまいましたが、CDリマスタリングのほうも、これはソニーのマスタリング・エンジニアの酒井秀和さんが、とても丁寧に、原音源のよさを損なわないよう、でも今の時代の感覚に合わせて、低域をややしっかりさせるという方向で、調整してくださいました。バッチリです。
遊佐未森さんは、今も変わらず、彼女独特のスタイルで歌い続けています。6月に発表したばかりのニューアルバム『潮騒』は、17年ぶりに外間隆史君を共同プロデューサーに迎え、これまでにない新しい世界に踏み出した意欲作です。
今回は「アナログ化&リマスタリング」ということで、おもに音響の話をしましたが、この『空耳の丘』は、そんな遊佐さんがデビュー間もない33年前に、やはり駆け出しプロデューサーだった外間隆史君らと、夢中でつくり上げた、隅々まで想いがこもったアルバムです。それをまたこうして、今の世に送り出せることに、私は大きな喜びを感じております。