大人の恋物語を描いた好評コンピレーションCD“グラス”シリーズ。
愛情込めて制作するのはベテランチーフプロデューサー、尾形靖博。
『想い出グラス』『黄昏グラス』、最新作『宵待グラス』を語ってもらった。

ベテランチーフプロデューサー、尾形靖博

カッコつけた選曲は必要ないんです。カラオケでしんみりと歌えるのがポイント。

──『想い出グラス』(’10年)『黄昏グラス』(’13年)に続く、最新作『宵待グラス』が好評ですね。そもそもこの大人の恋物語コンピレーションCD“グラス”シリーズを作ろうと思ったきっかけを教えてもらえますか。

尾形  自分らしいコンピレーションCDを作りたいと思ったのがきっかけですね。それこそ最初の『想い出グラス』なんかは制作ディレクターになって間もないころでしたから、あ、間もないっていっても、もう50代ね(笑)。年代集、男女ヴォーカル集、季節モノというようなコンピがヒットしているなか、自分の世代が聴きたい音楽はなんだろうと、それこそ酒を呑みながら考えていたら頭のなかで流れてきたのがムード歌謡。同じ大人たちが酒を飲みながら気軽に聴ける、同じ50代の男も女も聴ける演歌、歌謡曲のコンピレーションを作ってみよう!と。

── 酒を呑みながら、いまあの曲が流れてくれたら、この歌声が聴こえてきたらもっと酒も美味くなるなぁという感じですか(笑)。

尾形  ま、そういう感じ(笑)。要は、ひとりでお酒を飲むときのシチュエーションですね。僕が作っている“グラス”シリーズは、ひとりで呑むことを前提としているんです。ひとりでグラスを傾けていると、昔の恋沙汰や、別れた恋人はいま幸せなんだろうかと想うこともあるじゃないですか。あ、特に男はね(笑)。女性だってホロ酔いのなか好きだった男との出逢いや別れのシーンを想い出すこともあるはず。さらに50代になると人生も振り返り始めるんですよ。良いことも悪いこともみんな想い出になっていきますからね。だから選曲もカッコつける必要がないんです。カッコいい曲ではなく、しんみりできる曲がよかった。カラオケでも歌えるのがポイント。

── ひとりカラオケで?

尾形  それはどっちでもいいかな(笑)。なんていうかな、例えばCDを買ってくれたお客さんがカラオケで歌っているときに、決してその人は上手くなくても、きっとこのお客さんが歌えば、よく聴こえるなってイメージした選曲がポイント。マイクを持っている人の人生までも見えてくるような選曲にしたかった。にじみでるような。

── なるほど。

尾形  最新作『宵待グラス』では女性のリスナーを想定していちばん最後の17曲に収録した研ナオコさんの「ひとりぽっちで踊らせて」(’79年)。はまさにそんなイメージ。作詞作曲が同じ中島みゆきさん楽曲では「あばよ」(’76年)「かもめはかもめ」(’78年)のほうが有名ですが、僕はこの曲が大好きで、大好きで仕方ないんですね。中島みゆきさんがご自身のセルフカヴァー・アルバム『御色なおし』(’85年)でも歌っています。比べるのはそれこそまったく意味もなく、とっても失礼かもしれませんが、僕は研ナオコさんの、あの歌う表情がすごくジーンとくるんですね。しんみりと“味”がにじみでるんですね。

ベテランチーフプロデューサー、尾形靖博

カラオケで1曲目を外すと大ブーイングでしょ。コンピも同じですよ。
緊張感を抱いての作業。

── 女性視点を取り入れたのも『宵待グラス』がシリーズ初ですよね。

尾形  そうなんです。『想い出グラス』『黄昏グラス』はカウンターでグラスを傾け、流れてくる音楽に耳も傾けているのは全部男性という設定でした。最新作の『宵待グラス』では酸いも甘いも経験した大人の男女がそれぞれひとりで聴ける17編の恋物語を集めてみました。……でもね、『宵待グラス』制作のきっかけはちょっとしたことがヒントになっているんです。

── というのは。

尾形  制作部署内の会話で、ある日突然。「西城秀樹さんの<ジプシー>は世代的には有名だし印象的な曲だけどコンピに入らないよね!?」という話で盛り上がったんですよ。じゃあ、秀樹さんの「ジプシー」を収録するコンピCDを作ろうよ!って。「ジプシー」のテーマは不倫、いやちょっと危険な恋、一緒に踊っちゃう?朝まであなたの胸で♪(笑) 秀樹さんのパワフルな歌い方で、リズムもいい! あ、でも待てよ。その線で行くならば郷ひろみさんの「Wブッキング~LA CHICA DE CUBA~」もあるな~。あれ~だったら野口五郎さんの「19:00の街」も入れて新御三家そろい踏み!!! 新御三家の80年代ナンバーが並んだところで、時代観も見えてきた。ドロドロした不倫関係は演歌描写になっちゃうので、そうではないラブソングで鈴木雅之さん、稲垣潤一さん、南佳孝さんの歌声が頭の中を流れ始めて……

―― 新しい“グラス”の中が見えてきた?

尾形  そうそう。そのまま全部男性ヴォーカルで進めていこうと思ったのですが、ちょっとくどいなーって思えてきたんですね。そうしたらお店ではひとりで呑んでいるしゃれた女性もいることにも気が付きはじめてね。あ~今回は男女両方の目線から選曲してみようと、そこで軌道修正。高田みづえさん、松田聖子さん、小林明子さん……と次々と女性アーティストと曲名が浮かんできましたね。この時点で最後は研ナオコさんと決めていましたね。♪やさしくしないでよ 涙が出るから、、、。最後にひとり人静かにグラスを傾けて想うには、これだなあと。

―― オープニングは「真夜中すぎの恋」。「ワインレッドの心」「恋の予感」「悲しみにさよなら」ではない安全地帯の曲がコンピの冒頭を飾るのは珍しくないですか。

尾形  それがコンピの面白さでもあり、僕らディレクターの腕の見せ所だと思います。安全地帯「真夜中のすぎの恋」の歌詞に登場する“踊り”と西城秀樹さんの「ジプシー」のなかの“踊り”に必然性を感じこの2曲を並べました。気のしれた仲間とカラオケに行っても1曲目を外すと大ブーイングでしょ。その時間の楽しみまで変わってきちゃうからね。コンピも緊張感をもって選曲しています。

── ちなみに17曲に絞る前は何曲くらい候補があったんですか?

尾形  得意分野の楽曲インデックスはだいだい頭に入っていますよ。テーマに合っているかどうかはいちど頭の中でメロディと歌詞を鳴らしてその時点でリスト入りさせるかどうか決めちゃいます。『宵待グラス』は、呑む、カラオケ、男女の危険な恋テーマで突き詰めるとじつはそんなに存在していないので(笑)、初めから選曲段階で20曲くらいに絞っていましたね。酒好きで、カラオケ好きで、日本の全都道府県のスナックにも行ったことがあるので歌謡曲知識は常に培っているつもりです。学生のころから映画と音楽とカラオケが大好きだったから40年分のリストがもしかしたらあるのかな(笑)?

── 学生のころから音楽活動を?

尾形  大学は放送研究会ですよ。三波豊和さんと卒業が同じ。三波豊和さんの2歳下だけど、なぜか卒業同じ(笑)。中高生のころから深夜ラジオばっかり聴いていましたからね。高校は岡山だったので関西の『ABCヤングリクエスト』とか。地方は『オールナイトニッポン』と『セイ!ヤング』を交互にオンエアしていたんですよね。あと、『不二家歌謡ベストテン』も好きだった。

── いちばんのお気に入りの歌手は?

尾形  南沙織さん。ファンクラブにも入ってましたよ。

── あ、だからCBS・ソニー・グループに入社したんですね!

尾形  え!? いやいやいや、それはぜんぜんぜんぜん違います(笑)。僕が入社した’80年にはシンシアさんはもう引退していたし、そんな単純なものじゃないですから。僕は就職活動しているころは映画のほうが好きだったんです。当時、大ヒットしていた『キタキツネ物語』(’78年)の影響もあって制作したサンリオの入社試験を受けたんですよ。松竹も東宝も受けたけれど、70年代終わりごろは映画って斜陽産業だったから、将来映画を手がけることがあるかもしれないと思ってCBS・ソニーの門も叩いたんです……縁があったんですかね?

── あったんだと思いますよ。尾形さんの“グラス”シリーズのジャケットに銀幕を感じる理由も納得ですよ。青春の映画作品を1本選ぶとしたら?

尾形  う~ん、1本は選べないけれど、何度も観たのは『男はつらいよ!』。寅さんですよ。最多登場の浅丘ルリ子さんの好きだけど、大原麗子さんのマドンナも好きだったなぁ。あ、うちの親父が関西の松竹にいたこともあって、支配人もやっていたからかもしれない(笑)。だから、寅さんシリーズは、3本だけ観てなくてあとは全部劇場で何度も観てます。昭和50年から51年は受験と大学1年だったから観る余裕なかったんですよね。よく覚えている。同じ山田洋次監督作品では『幸せの黄色いハンカチ』(’77年)も忘れられないですね。

ベテランチーフプロデューサー、尾形靖博

演歌部門は40代になってから学ぶ、きつくて厳しい4年間。 このときの体験がいまの自分の土台を作ってくれた。

── 演歌の部署にいらしたとお聞きしましたが。

尾形  最初はシャープペンシルやボールペンやノート業界との関わりが多い部署にいたので「文具出身」ってよく自分では誇りを込めて言うんですけど、20代はソニークリエイティブにいました、そのあとは念願の映像の部署に異動して、それから名古屋の営業所。30代後半から演歌制作部で宣伝担当しました。

── どなたの宣伝を?

尾形  女性だと伍代夏子、藤あや子、石原詢子、松前ひろ子、永井みゆき、北野まち子、保科有里、男性だと渥美二郎、三門忠司、加門亮、藤原浩、岩出和也。そうそう夏木ゆたかさんも……10何人いましたね。そのときの演歌制作部って、アーティスト担当とか、制作ディレクター、宣伝プロモーターが全部一緒になってプロダクツを考えるっていうそういうセクションだった。だからレコーディングにも立ち会ったりしていたんですよ。スタジオでスコアをつけている先輩ディレクターの後ろで立って聴いていると、あれ?なんかいま歌ったところはおかしいなとか感じることもあるんですね。先輩も同じところアーティストに指摘するんだけど、決してすぐにもう1回とは言わないですよ。もうちょいこれをあれかな、あそこがきっともっと……って。あ~歌い手にはこういう言い方が大事なんだなと。いい環境でいい歌を歌ってもらおうというのかな、相手への言い方というのを学んだつもりです。

── 媒体プロモーションも活発な時代ですよね。

尾形  当然いろんなテレビ番組とかラジオ番組にも行くわけですよ。そうすると必然的に他社の歌手の歌声も耳に入るわけで。女性も男性も歌声がどんどん耳に入ってくるので曲もどんどん覚えていくんです。自分の耳に対しての自信を磨き、アーティストと一緒に仕事をすることの大切さを学んだ時期。40代になってから学ぶ、きつくて厳しい4,5年でしたが、このときの体験がいまの自分の土台を作ってくれたと思っていますね。

── なるほど。このあとに今の現職ですか?

尾形  このあと、私は広島営業所に行きましたね。それからです。ソニー・ミュージックダイレクトで宣伝をやらせてもらってから、制作です。だから『想い出グラス』が最初の作品……あ、そうそう他のコンピにない個性を探しながら特典を付けちゃおうと思って、“グラス”だからカクテルかなんか良いかなと思って、後輩のツテを頼ってサントリーに行ったんですよ、そしたらカクテルの先生を紹介してくれて。洋酒研究家の花崎一夫さんのレシピを付けることにしました。100円ノートなんて、文房具では当たり前だったけど、そこにキャラクターを付けると100円じゃできないわけですよ。でも私は先ほど申し上げたように最初は“文具業界”出身ですから(笑)、付加価値の大切さを知っているし、それなりの楽しみ方も自負しています。

── 特典にもディレクターの個性が出ますよね。

尾形  そうだと思いますよ。みんなで楽しめるのは良いことです。CDもグッズですから、持っていたいと思ってもらえることが大事なんですよ。だから、『黄昏グラス』は共感を確信して缶詰博士・黒川勇人さんの「缶たんレシピ」を付けました。『宵待グラス』は、女性はもちろん男性も手軽に作れるおつまみを料理研究家・藤井恵さんによる「宵酔(よいよい)レシピ」として1ページに一品掲載。今宵は、作って、呑んで、そして踊ってくださいという感じ。

── “グラス”シリーズはこれからも続きますか? もしくは新シリーズとか。

尾形  もちろん、次は考えています。でもウチには後藤達也というベテランのヒットメーカーがいるからコンピの売り上げ成績は彼が中心で(笑)、僕はコンピでは隙間を埋めて行こうかな、と。私はこだわりというよりかは、ほら下世話というか大衆的というか、どっちかというとスポーツ紙的なノリだからね。

インタビュー・文/安川達也


ベテランチーフプロデューサー、尾形靖博

尾形靖博(おがた・やすひろ)

株式会社ソニー・ミュージックダイレクト
ストラテジック制作グループ 制作1部 チーフプロデューサー

●1980年、CBS・ソニーレコード(現Sony Music)入社。ソニー・クリエイティブプロダクツにて文具一筋8年、レコードを売るはずが、シャープペンシルや化粧品を売ることとなった同期たちと共に、営業、宣伝、管理、資材部門を経験。何気なく使っていたシャープペンシルに3つの特許があることを知って驚き、文具の深さを知る。その後、CBS・ソニーグループ映像事業部に異動。 レコード営業、演歌制作部等を経験し、GTMusicから現在のソニー・ミュージックダイレクト在籍となる。趣味は、昭和カラオケと競馬観戦。プロの歌手とスナックにカラオケに行って、その歌手が歌ったところ、騒いでいたお客さんたちが、だんだん静かになり、歌い終わったら全員が拍手喝采で、握手を求めてきた。歌手の凄さを目の前で観たことが、サラリーマン人生の宝物のひとつ。