矢野顕子
歴史的カバー・アルバム
SUPER FOLK SONG
初アナログ化!
矢野顕子が1992年に発表したピアノと歌だけの“一発録り”レコーディングによるカバー・アルバム。
録音時の極限の緊張感まで伝わるようなすさまじい臨場感…!
ライブレポート
「アッコちゃんとイトイ。」展
『矢野顕子ミニライブ(イトイもいます)』
11月22日(金) 渋谷パルコ8階
11月20日に92年発表の歴史的カヴァー・アルバム『SUPER FOLK SONG』、27日に80年代の代表作である『オーエスオーエス』と『峠のわが家』をアナログ・レコードでリリースした矢野顕子。約3年の時を経て再開業した渋谷パルコ内に、ほぼ日刊イトイ新聞が運営するスペース「ほぼ日曜日」もオープンし、その記念として糸井重里+矢野顕子の曲をテーマにした展覧会「アッコちゃんとイトイ。」が12月8日まで開催され、初日に矢野がミニ・ライヴを行なった。
会場の「ほぼ日曜日」には糸井重里と矢野顕子がふたりで作った曲をイメージして制作された10人のアーティストによる作品が展示。深谷かほる×「春咲小紅」、鹿児島陸×「へびの泣く夜」、ヒグチユウコ×「SUPER FOLK SONG」、和田ラヂヲ×「SUPER FOLK SONG RETURNED」、松本大洋×「自転車でおいで」、三國万里子×「にぎりめしとえりまき」、なかしましほ×「夢のヒヨコ」、福田利之・Bonami×「ニットキャップマン」、福田利之「気仙沼においでよ」、増田セバスチャン×「ふりむけばカエル」による10作品に囲まれた空間で、約100名の観客を前にしたプレミアム・ライヴがスタートした。
まずは糸井と矢野が自分たちが作ってきた曲について振り返るトークから始まったが、何曲作ったかはおぼえていないよね、とふたりは口を揃えて言う。
「死ぬまでには何とか1101曲作りたいと思っているんです。ぼくはどこかのタイミングでひとりで仕事をするスタイルに戻るような気がするんだけど、そのときに何をするかというと作詞をすることを決めている。そうすると、これから1000曲くらい作らないといけないんだけど(笑)」(糸井)
「まあ、1000曲くらい軽いですよ、私たちだったら(笑)。私と糸井さんのタッグはCM音楽を請け負って作ることからスタートしたんです。でも、そのうちCMとは関係なく作るようになっていき、できた曲はそのままアルバムに入るようになっていった」(矢野)
「そうそう。『自転車でおいで』という曲は、当初CM用の“自転車でおいでよ 僕の家はすぐそこだよ”という一節しかなかったけど、いいねと言われ始めて曲にしようかということで楽曲化されたこともあったりね。こうやって松本大洋さんに絵を描いてもらうと、21世紀の宮沢賢治になったような気がするよ(笑)」(糸井)
ふたりの構えないスタンスと関係性がわかる軽妙なトークがひとしきり続いた後、キーボードの弾き語りによる矢野のライヴがスタートした。1曲目はPARCOとかつて同じグループであったことにちなみ、糸井が考案した西武百貨店のキャッチコピーを曲にした「おいしい生活」。軽やかに鍵盤を弾きながらふくよかで丸みを帯びた独特の歌声が空間をたっぷりと満たしていった。続いては「春咲小紅」。歌い出しでつまずくものの飾らないトークで笑いが起こり、より親密で距離感の近い雰囲気が醸し出された中で再びスタート。歌い継いできた年輪を刻む表現力と、当時と変わらないみずみずしさを共に感じさせる歌唱と矢野の天使爛漫な笑顔に観客も自然と笑みをこぼしていた。演奏後、「春咲小紅」の思い出を語る一幕も。
「口紅買えって曲ですが(笑)、この口紅のアイデアはすごく良かったと思うんですよ。小紅というから本当に小さなサイズで、たくさんの色があったし。口紅を使い切ることってなかなかないですよね? リーズナブルだったので普段使わない色のものも買ってみようかという気持ちにさせてくれた。今やってもいいと思うな。やるか! ほぼ日で」と、笑いが巻き起こったところで、91年に発表した「いいこ いいこ(GOOD GIRL)」へ。母親の心の中にある思いを可愛らしく描いた糸井の歌詞を、さらに可愛らしく歌い上げる矢野。このふたりは音と言葉を介しておしゃべりをしているようだと思える瞬間だった。
「へびの泣く夜」と「Happiness」が披露された後、「ふたりで作っている曲は哀しみをベースにした曲が多い。冬の寒い日にこたつの中で怪談ではなく、哀しい話をしようかというような歌かな」と糸井が述べると、矢野も「そうだね。悲しいではなく、哀しいの方ね」とふたりの楽曲の成分について語り合った。その後は「クリームシチュー」12月8日(日)に行なわれる矢野の「さとがえるコンサート2019」で演奏するからと一旦はやらないそぶりを見せたものの、「でも、やってもいいけど。やる?」という呼びかけに観客は大きな拍手で応えて演奏されることに。そして、東日本大震災で被災した気仙沼市の人たちを応援する「気仙沼においでよ」、センチメンタルな情景を描いた「夕焼けのなかに」、そしてラストは「SUPER FOLK SONG」の続編である「SUPER FOLK SONG RETURNED」へ。演奏前にその曲の誕生秘話が糸井によって語られた。
「アッコちゃんが僕の作詞の歌だけでライヴをやる時に、僕はギターを弾くわけでもなく、歌いわけでもないから、手土産を持っていく必要があると感じたんです。その時、ふと、『SUPER FOLK SONG』の続編を書いて持っていったらどうだろうかと思いついて。そうしたら、すっとできちゃった。本当に40年経った後の続編」
「その間には“浮気 借金 世の情け 一姫二太郎 三は猫”ですよ。しかし、それでも最後は“ハッピーエンドにしておくれ”と言える。みごとですよ」と矢野が応えて、おもむろにピアノを弾き始めた。跳ねるように、スキップするように、階段を一段抜かしするようにピアノを奏でていき、物語を読み聞かせてくれるように歌を紡いでいった。
ピアノだけなのに、とても豊かな音が溢れ出した1時間。まさにピアノ弾き語りのアルバムである『SUPER FOLK SONG』の世界が目の前に繰り広げられ、歌にぐっと引き込まれたかと思うと、ふたりの掛け合いが笑いを誘う。なんとも贅沢な時間だった。深い満足と共に会場を出ると目に入ったのが映画『SUPER FOLK SONG~ピアノが愛した女。~』のポスター。隣接している映画館「WHITE CINE QUINTO」で、12月8日(日)に上映される。『SUPER FOLK SONG』のアナログ・レコードに込められた音の凄みがどこからやってくるのか。その秘密と魅力を余すところなく伝えてくれるはずだ。
取材・文:油納 将志
- アナログLP盤 -
SUPER
FOLK
SONG
矢野 顕子
2019年11月20日発売
¥3,700+税
【完全生産限定版】
MHJL-14
仕様:乃木坂スタジオカッティング/
静岡工場プレス
オリジナル発売:1992年
SIDE A
- 1. SUPER FOLK SONG
作詞:糸井重里 作曲:矢野顕子
糸井重里に提供した曲のセルフカバー。原曲はアルバム『ペンギニズム』に収録。 - 2. 大寒町
作詞・作曲:鈴木博文
あがた森魚のカバー。原曲はアルバム『噫無情 (レ・ミゼラブル)』に収録。 - 3. SOMEDAY
作詞・作曲:佐野元春
佐野元春のカバー。原曲はアルバム『SOMEDAY』に収録。 - 4. 横顔
作詞・作曲:大貫妙子
大貫妙子のカバー。原曲はアルバム『ミニヨン』に収録。 - 5. 夏が終る
作詞:谷川俊太郎 作曲:小室等
小室等のカバー。原曲はアルバム『いま生きているということ』に収録。 - 6. HOW CAN I BE SURE
作詞・作曲:
フェリックス・キャヴァリエ・Eddie Brigati
ラスカルズのカバー。原曲はアルバム『Groovin'(英語版)』に収録。 - 7. MORE AND MORE AMOR
作詞・作曲:Sol Lake
ウェス・モンゴメリーのカバー。
原曲はアルバム『California Dreaming(英語版)』に収録。
SIDE B
- 1. スプリンクラー
作詞・作曲:山下達郎
山下達郎のカバー。 - 2. おおパリ
作詞:イッセー尾形 作曲:矢野顕子
イッセー尾形の劇の幕間のための曲。 - 3. それだけでうれしい
作詞:矢野顕子 作曲:宮沢和史
THE BOOMと矢野の共同名義による曲のソロ・バージョン。 - 4. 塀の上で
作詞・作曲:鈴木慶一
はちみつぱいのカバー。原曲はアルバム『センチメンタル通り』に収録。 - 5. 中央線
作詞・作曲:宮沢和史
THE BOOMのカバー。原曲はアルバム『JAPANESKA』に収録。
2006年、矢野のセルフカバー・アルバム『はじめてのやのあきこ』において、
小田和正と共に再カバーしている。 - 6. PRAYER
作詞:矢野顕子 作曲:Pat Metheny
Pat Methenyが矢野のために書き下ろした曲に矢野が歌詞をつけた。
アルバム『Lover album』収録。
収録楽曲解説
映画『SUPER FOLK SONG』発表当時のセルフ・ライナーノーツより
♪SUPER FOLK SONG
作詞:糸井重里/作曲:矢野顕子
糸井重里のファーストアルバムのために書きました。この曲には谷岡ヤスジ氏描くところの村(ソン)の風景が不可欠です。1979年に始まったイトイ=ヤノのゴールデンコンビはこういう曲も作れます。
♪横顔
作詞・作曲:大貫妙子
世界有数のソングライターである大貫妙子は私の大切な友達でもあります。もっと歌いたい曲もあるのですが、早くうまく歌えるようになりたいと思います。そしたら又、聴いてくださいね。
♪夏が終る
作詞:谷川俊太郎/作曲:小室等
1976年にレコードデビューする以前はスタジオミュージシャンという、いわゆるバンドマン稼業をいていたのですが、ある日三浦光紀という男に小室等さんのレコーディングでピアノを弾くようにと言われ、そこで弾いたのがこの曲でした。歌にとって必要でない音は出さない――という偏屈なこのピアニストを気に入ってくれて、三浦光紀は特上の寿司を毎日とってあげるから、というとんでもない約束ひとつで、矢野「ジャパニーズ・ガール」というアルバムを作らせることが出来ました。谷川俊太郎さん、小室等さん、そして三浦光紀さん、どうもありがとう。
♪それだけでうれしい
作詞:矢野顕子/作曲:宮沢和史
NYで書かれた詩と東京でかかれたメロディが沖縄で出会った曲。’91年の秋のことでした。歌うたびに意義深くなる歌はそんなに多くないのですが、この曲はきっと、もっともっと良くなるでしょう。うれしい。
♪塀の上で
作詞・作曲:鈴木慶一
この曲を歌い継いでいるのは、もはや、世界に矢野ひとりとなってしまったかもしれない。羽田が国際空港として華やかなりし頃、その飛行コースの真下に住む鈴木慶一は、どんな思いでこの曲をつくったことであろう。名曲がもつ力は時間さえ優に飛び越える。
♪中央線
作詞・作曲:宮沢和史
中央線沿線に生まれ、長い時間そこで過ごし、そしてまた遠くの地へ移っていった私のようなものにとって、宮沢和史さんがこの曲を書いてくれたことは大きなプレゼントでした。ですからこれはお返し。しかし、「中央線」は世界中どこでも走っている。私はきっとネブラスカに行ってもこの歌をうたっていることでしょう。
♪PRAYER
作詞:矢野顕子/作曲:Pat Metheny
ある日PAT METHENYと電話で話してた時、「ねぇ、ぜひきいてほしい曲があるんだ。だって君の歌をきいてたらできた曲だもん。」というので私にくれたのがこの曲。スタジオのスピーカーからとうとうと流れてきたこのメロディをきくと同時に、私の身体中の骨が解け出したかのように思えました。あぁ幸わせ。