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Kyohei Tsutsumi Hitstory Ultimate Collection 1967〜1997 2013Edition

筒美京平 Hitstory
Ultimate Collection
1967〜1997

2013Edition　【完全生産限定盤】

[1] CD9枚組・173曲収録
　　＜8枚163曲(SRCL-4071～78再発)＋1枚10曲(新規編成)＞

[2] Blu-spec CD2 仕様

[3] 信藤三雄デザイン豪華BOX

[4] オリジナル・ブックレット 完全復刻版　全200ページ
　　＜筒美京平ロング・インタビュー ＋ オリジナルEP盤フルカラー収録＞

[5] 筒美京平作曲作品 完全リスト
　　＜非市販作品・未レコード化作品を含む全2846曲＞

[6] 全173曲歌詞集

品番：　MHCL 30202-10
価格：　￥18,857+tax

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評伝・筒美京平 Vol.1　OPEN 評伝・筒美京平 Vol.2　OPEN 評伝・筒美京平 Vol.3　OPEN
船山基紀（作編曲家）× 西寺郷太（NONA REEVES）“筒美京平の作曲を語る”スペシャル対談［前編］　OPEN 船山基紀（作編曲家）× 西寺郷太（NONA REEVES）“筒美京平の作曲を語る”スペシャル対談［後編］　OPEN

プレイリスト

『筒美京平 Hitstory』

　Playlists ▶　

伝説のHITSTORY、1BOX9枚組。2013年新装版ボックス。

1997年に作曲家生活30周年を記念して発売しました「筒美京平　HITSTORY」（CD8枚）。4枚組2セット限定盤でのリリースでしたが、高額商品にも関わらず各1万セット作曲家生活30周年を記念して1997年に発売した『筒美京平 HITSTORY』をベースに、リリースから15年が経過した2013年、その後に世に出たヒット曲を新たに収録した1枚を追加、45年間を集大成した新装版。

1997年の『HITSTORY』の8枚を収録曲および曲順もそのまま復刻、さらに1998年～2013年までのヒット曲をコンパイルした1枚を追加した全9枚組。アートワークは1997年版同様信藤三雄氏によるもの。200ページ解説書、全作品リスト、全173曲歌詞集を収蔵した豪華ボックス。

― 収録曲 ―

DISC 1 　▶　

  1. ブルー・ライト・ヨコハマ
    　／　いしだあゆみ(1968)
  2. 太陽は泣いている
    　／　いしだあゆみ(1968)
  3. 渚のうわさ
    　／　弘田三枝子(1967)
  4. 可愛い嘘
    　／　弘田三枝子(1968)
  5. バラ色の雲
    　／　ヴィレッジ・シンガーズ(1967)
  6. マドモアゼル・ブルー
    　／　ザ・ジャガーズ(1968)
  7. 星空の二人
    　／　ザ・ジャガーズ(1968)
  8. ガール・フレンド
    　／　オックス(1968)
  9. ダンシング・セブンテーン
    　／　オックス(1968)
  10. スワンの涙
    　／　オックス
    　／　(1968)
  11. さよならのあとで
    　／　ジャッキー吉川とブルー・コメッツ(1968)
  12. 京都・神戸・銀座
    　／　橋幸夫(1969)
  13. ヘッド・ライト
    　／　黒沢 明とロス・プリモス(1969)
  14. 貴女がえらんだ僕だから
    　／　美樹克彦(1969)
  15. くれないホテル
    　／　西田佐知子(1969)
  16. 粋なうわさ
    　／　ヒデ とロザンナ(1969)
  17. 涙の中を歩いてる
    　／　いしだあゆみ(1969)
  18. フランス人のように
    　／　佐川満男(1969)
  19. 傷だらけの軽井沢
    　／　ブレッド & バター(1969)
  20. 愛すべきボクたち
    　／　ブレッド & バター(1970)
  21. 悲しみのアリア
    　／　石田ゆり(1970)
  22. あなたならどうする
    　／　いしだあゆみ(1970)
  23. くやしいけれど幸せよ
    　／　奥村チヨ(1970)
  24. 雨がやんだら
    　／　朝丘雪路(1970)
  25. サザエさん
    　／　宇野ゆう子(1969)

DISC 2 　▶　

  1. また逢う日まで
    　／　尾崎紀世彦(1971)
  2. 真夏の出来事
    　／　平山三紀(1971)
  3. さらば恋人
    　／　堺正章(1971)
  4. お世話になりました
    　／　井上順之(1971)
  5. さいはて慕情
    　／　渚ゆう子(1971)
  6. 夜が明けて
    　／　坂本スミ子(1971)
  7. 誰も知らない
    　／　伊東ゆかり(1971)
  8. 雨の日のブルース
    　／　渚ゆう子(1971)
  9. 雨のエアポート
    　／　欧陽菲菲(1971)
  10. 愛する人はひとり
    　／　尾崎紀世彦(1971)
  11. かもめ町 みなと町
    　／　五木ひろし(1972)
  12. フレンズ
    　／　平山三紀(1972)
  13. 恋の追跡（ラヴ・チェイス）
    　／　欧陽菲菲(1972)
  14. ひまわりの小径
    　／　チェリッシュ(1972)
  15. 愛の挽歌
    　／　つなき & みどり(1972)
  16. 恋の十字路
    　／　欧陽菲菲(1973)
  17. あの場所から
    　／　朝倉理恵(1973)
  18. 青春挽歌
    　／　かまやつひろし(1973)
  19. 恋の風車
    　／　チェリッシュ(1974)
  20. 今夜かしら明日かしら
    　／　テレサ・テン(1974)
  21. 恋のダウン・タウン
    　／　平山三紀(1973)
  22. 或る日
    　／　ザリバ(1974)

DISC 3 　▶　

  1. 17才
    　／　南沙織(1971)
  2. 青いリンゴ
    　／　野口五郎(1971)
  3. 恋する季節
    　／　西城秀樹(1972)
  4. 男の子女の子
    　／　郷ひろみ(1972)
  5. 約束
    　／　フォーリーブス(1971)
  6. 純潔
    　／　南沙織(1972)
  7. 芽ばえ
    　／　麻丘めぐみ(1972)
  8. 初恋のメロディー
    　／　小林麻美(1972)
  9. 私は忘れない
    　／　岡崎友紀(1972)
  10. 哀愁のページ
    　／　南沙織(1972)
  11. 小さな体験
    　／　郷ひろみ(1972)
  12. 女の子なんだもん
    　／　麻丘めぐみ(1973)
  13. オレンジの雨
    　／　野口五郎(1973)
  14. 赤い風船
    　／　浅田美代子(1973)
  15. 娘ごころ
    　／　水沢アキ(1973)
  16. わたしの彼は左きき
    　／　麻丘めぐみ(1973)
  17. 色づく街
    　／　南沙織(1973)
  18. 処女航海
    　／　優雅(1974)
  19. 恋のインディアン人形
    　／　リンリン・ランラン(1974)
  20. しあわせの一番星
    　／　浅田美代子(1974)
  21. ひとかけらの純情
    　／　南沙織(1973)
  22. 花とみつばち
    　／　郷ひろみ(1974)

DISC 4 　▶　

  1. よろしく哀愁
    　／　郷ひろみ(1974)
  2. 甘い生活
    　／　野口五郎(1974)
  3. 雨だれ
    　／　太田裕美(1974)
  4. 夏しぐれ
    　／　アルフィー(1974)
  5. 忘れ雪
    　／　オフコース(1974)
  6. にがい涙
    　／　スリー・ディグリーズ(1975)
  7. 誘われてフラメンコ
    　／　郷ひろみ(1975)
  8. 二重唱（デュエット）
    　／　岩崎宏美(1975)
  9. ロマンス
    　／　岩崎宏美(1975)
  10. センチメンタル
    　／　岩崎宏美(1975)
  11. 木綿のハンカチーフ
    　／　太田裕美(1975)
  12. やさしい都会
    　／　平山三紀(1976)
  13. セクシー・バス・ストップ
    　／　オリエンタル・エクスプレス(1976)
  14. ラブ・ショック
    　／　川﨑麻世(1977)
  15. 哀愁トゥナイト
    　／　桑名正博(1977)
  16. しあわせ未満
    　／　太田裕美(1977)
  17. 恋愛遊戯
    　／　太田裕美(1977)
  18. 九月の雨
    　／　太田裕美(1977)
  19. 東京ららばい
    　／　中原理恵(1978)
  20. 飛んでイスタンブール
    　／　庄野真代(1978)

DISC 5 　▶　

  1. 魅せられて
    　／　ジュディ・オング(1979)
  2. シンデレラ・ハネムーン
    　／　岩崎宏美(1978)
  3. リップスティック
    　／　桜田淳子(1978)
  4. ディスコ・レディー
    　／　中原理恵(1978)
  5. モンテカルロで乾杯
    　／　庄野真代(1978)
  6. 青い地平線
    　／　ル・ミストラル(1978)
  7. たそがれマイ・ラブ
    　／　大橋純子(1978)
  8. グッド・ラック
    　／　野口五郎(1978)
  9. 時代遅れの恋人たち
    　／　中村雅俊(1978)
  10. 女ともだち
    　／　高田みづえ(1978)
  11. 日曜日はストレンジャー
    　／　石野真子(1979)
  12. ROBOT
    　／　榊原郁恵(1980)
  13. マンダリンパレス
    　／　平山三紀(1979)
  14. TOKIO 通信
    　／　マナ(1979)
  15. ラスト・トレイン
    　／　宮本典子(1980)
  16. よろしかったら
    　／　梓みちよ(1979)
  17. 来夢来人
    　／　小柳ルミ子(1980)
  18. セクシャルバイオレットNo.1
    　／　桑名正博(1979)

DISC 6 　▶　

  1. スニーカーぶる～す
    　／　近藤真彦(1980)
  2. E気持
    　／　沖田浩之(1981)
  3. センチメンタル・ジャーニー
    　／　松本伊代(1981)
  4. ギンギラギンにさりげなく
    　／　近藤真彦(1981)
  5. 君に薔薇薔薇・・・という感じ
    　／　田原俊彦(1982)
  6. 情熱☆熱風☽せれなーで
    　／　近藤真彦(1982)
  7. 原宿キッス
    　／　田原俊彦(1982)
  8. TV の国からキラキラ
    　／　松本伊代(1982)
  9. ドラマティック・レイン
    　／　稲垣潤一(1982)
  10. 19：00 の街
    　／　野口五郎(1983)
  11. 夏色のナンシー
    　／　早見優(1983)
  12. まっ赤な女の子
    　／　小泉今日子(1983)
  13. エスカレーション
    　／　河合奈保子(1983)
  14. 夏のクラクション
    　／　稲垣潤一(1983)
  15. モロッコ
    　／　森進一(1983)
  16. ト・レ・モ・ロ
    　／　柏原芳恵(1984)
  17. ヤマトナデシコ七変化
    　／　小泉今日子(1984)
  18. ビリーヴ
    　／　松本伊代(1984)
  19. 摩天楼ブルース
    　／　東京JAP(1984)
  20. 卒業
    　／　斉藤由貴(1985)

DISC 7 　▶　

  1. Romantic が止まらない
    　／　C-C-B(1985)
  2. あなたを・もっと・知りたくて
    　／　薬師丸ひろ子(1985)
  3. 殺意のバカンス
    　／　本田美奈子(1985)
  4. Lucky Chanceをもう一度
    　／　C-C-B(1985)
  5. 夏ざかり ほの字組
    　／　Toshi & Naoko(1985)
  6. 情熱
    　／　斉藤由貴(1985)
  7. 空想 Kiss
    　／　C-C-B(1985)
  8. なんてったってアイドル
    　／　小泉今日子(1985)
  9. 仮面舞踏会
    　／　少年隊(1985)
  10. 1986年のマリリン
    　／　本田美奈子(1986)
  11. ツイてるね ノッてるね
    　／　中山美穂(1986)
  12. WAKU WAKUさせて
    　／　中山美穂(1986)
  13. 夜明けの MEW
    　／　小泉今日子(1986)
  14. teardrop
    　／　後藤久美子(1987)
  15. さよならの果実たち
    　／　荻野目洋子(1987)
  16. JOY
    　／　石井明美(1987)
  17. 野性の風
    　／　今井美樹(1987)
  18. 君だけに
    　／　少年隊(1987)

DISC 8 　▶　

  1. 人魚
    　／　NOKKO(1994)
  2. カナディアン アコーデオン
    　／　井上陽水(1993)
  3. タイムマシーン
    　／　藤井フミヤ(1995)
  4. 17 才
    　／　森高千里(1989)
  5. 泣いてみりゃいいじゃん
    　／　近藤真彦(1987)
  6. ABC
    　／　少年隊(1987)
  7. 抱きしめてTONIGT
    　／　田原俊彦(1988)
  8. 肩幅の未来
    　／　長山洋子(1989)
  9. 色は匂へど
    　／　ちあきなおみ(1990)
  10. 夏の二週間
    　／　谷村新司(1991)
  11. ときめいて
    　／　西田ひかる(1991)
  12. 泣いてないってば
    　／　裕木奈江(1992)
  13. TENCAを取ろう！
    　／　内田有紀(1994)
  14. 泣かないぞェ
    　／　鈴木蘭々(1995)
  15. TOKYO FANTASIA
    　／　山下久美子(1996)
  16. MUST BE HEAVEN
    　／　中西圭三(1996)
  17. 強い気持ち・強い愛
    　／　小沢健二(1995)
  18. 恋のルール・新しいルール
    　／　ピチカート・ファイヴ(1997)

DISC 9 　▶　

  1. やめないで,PURE
    　／　Kinki Kids(1999)
  2. AMIBITIOUS JAPAN!
    　／　TOKIO(2002)
  3. Our Song
    　／　安倍麻美2003
  4. 恋のダウンロード
    　／　仲間由紀恵ｗｉｔｈダウンローズ(2006)
  5. 綺麗ア・ラ・モード
    　／　中川翔子(2008)
  6. 1986年のマリリン
    　／　緒方理奈(CV：水樹奈々)(2010)
  7. さらば恋人
    　／　山崎まさよし(2009)
  8. 夏のクラクション
    　／　ゴスペラーズ(2009)
  9. お世話になりました
    　／　ET-KING(2009)
  10. ブルー・ライト・ヨコハマ
    　／　由紀さおり&ピンク・マルティーニ(2011)

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評伝・筒美京平
Vol. 1

●Prologue

日本で最も親しまれている音楽家、筒美京平。異論はあるかもしれないが、他の誰の名前を挙げても彼に敵う人物はいないのではないだろうか。世界的に有名なクラシックやジャズの鬼才も、国民的歌手といわれているレジェンドも、何曲もミリオンヒットを飛ばしているJ-POPのスターももちろんすごいが、年代やジャンル問わず、その名を意識する、しないに関わらず、筒美京平の音楽があらゆる人々に愛されているのは間違いない。手掛けた楽曲は2,700曲以上といわれており、作曲家としての総売上枚数は7,560万枚で歴代一位。これらのデータだけでも、名実ともに日本一なのは間違いないだろう。

一方、筒美京平という名前は知っていても、実際にどういう人物なのか、どういう音楽性の持ち主なのかと問われると、はっきりと答えるのは難しい。そもそもメディアに登場することはほとんどなく裏方に徹していたし、一般的には“歌謡曲作家”といわれているが、実はロックやポップス、洋楽に至るまで彼が楽曲を手掛けたジャンルは幅広く、一概に“歌謡曲作家”だけとは言い切れないのだ。ここでは彼の音楽性にフォーカスを当てて、その膨大な作品群と向き合ってみたい。

●Middle Of The Road（M.O.R）

洋楽ポップスの洗練されたエッセンスをより大衆的なものとして構築

筒美京平の音楽性を解明するには、まず彼のバックボーンを知っておく必要があるだろう。1940年5月28日、東京生まれ。本名は渡辺栄吉。幼少時から自分の意志でピアノを習い、小学校1年生ですでに作曲もしていたという。高校生まではクラシックの道に進みたいと考えていたが、大学時代にジャズと出会い、ジャズ・コンボのピアニストとして活動。当時はモダン・ジャズ全盛期で、レッド・ガーランドやウィントン・ケリーなどがお気に入りだったという。ジャズによって自然とスタイリッシュなメロディや和声のセンスを身に付けていったことは想像に難くない。

大学卒業後の1963年にレコード会社の日本グラモフォンに入社。当初は洋楽ディレクターだったというが、大学時代の先輩である作詞家の橋本淳に勧められて、橋本がアシスタントを務めていたすぎやまこういちに作曲と編曲を師事した。筒美より9歳年上のすぎやまは当時フジテレビのディレクターであり、ザ・ピーナッツを始め人気歌手が多数登場した名物歌番組『ザ・ヒットパレード』の演出を手掛けていた。筒美にとってこれほどのお手本はなかったはずだ。おそらく歌謡界、芸能界のしきたりや特性なども学んだことだろう。

筒美が本格的に作曲家としてデビューするのは、レコード会社入社から3年経った1966年。すぎやまこういちの弟子だった藤浩一（後の子門真人）のために書いた「黄色いレモン」という楽曲である。この曲は大ヒットしたわけではないが、青春歌謡アイドルとして売出し中だった望月浩の他、ザ・チャレンジャーズ、リトル・パティなど洋邦7組にレコーディングされるという快挙となったのは、それだけ評価されたことにほかならない。この「黄色いレモン」はいわゆるカントリー・フォーク調のコーラスが印象的な楽曲で、垢抜けたメロディでありながらどことなく和な雰囲気を醸し出している。これがまさに筒美メロディの真髄ともいえる特徴だ。洋楽のエッセンスを取り入れたモダンな楽曲に、必ず日本的な要素を入れ込んで邦楽ポップスへと昇華する手法は、その後の彼の作風に一貫するものである。また、作詞は橋本淳が手掛けており、筒美のデビューからずっと大切なパートナーのひとりとなった。

筒美が作曲家デビューした1966年は、ポピュラー音楽史においてターニング・ポイントといえるタイミングだった。ビートルズは唯一の来日公演を行ったが、その後サイケデリックな匂いを詰め込んだアルバム『リボルバー』を発表。ザ・ビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』やボブ・ディラン『ブロンド・オン・ブロンド』といった完成度の高いアルバムが多数リリースされたのもこの年で、ロックの主流がシングルからコンセプト・アルバムへ移行していく転換期でもある。その一方で、ダイアナ・ロス＆スプリームス、テンプテーションズ、フォー・トップスといったモータウン・サウンドが黄金期を迎え、モンキーズのようなアイドル・バンドがデビューし、アソシエイションやザ・ハプニングスなどのソフトロック勢も人気があった。ありとあらゆるポップ・ミュージックの形態が混在していた時期である。洋楽ディレクターだった筒美は、間違いなくこういった海外の動きを見据えていただろうし、実際に様々な洋楽ポップスからの影響が彼の楽曲には感じられ、いかに日本の土壌に合った音楽へ変換できるかというのが、彼の制作ポリシーの根幹にあるように思えるのだ。

そういった“洋楽ポップス的”な楽曲スタイルを確立したのが、彼のキャリアにおける最初期のヒットである弘田三枝子「渚のうわさ」（1967年）だ。もともと洋楽を日本語でカヴァーしてヒットを飛ばしていた弘田だったが、多少その人気に翳りが出てきた時期だった。まさに起死回生の意味も込めた一曲だったが、華麗なオーケストレーションのアレンジを含めた洗練された作品に仕上がっており、30万枚を記録するヒットとなった。メロディは英米のポップスだけでなくカンツォーネにも通じるものがあると同時に、リズムのタンバリンは当時のゾンビーズなどのビート・グループから、そしてピアノのフレーズはおそらくバート・バカラックの影響だろう。いずれにせよ洋楽のエッセンスをたっぷりと取り込んだメロディとアレンジは今聴いても新鮮だ。弘田へはその後も、チェンバロやハープといったその後の筒美アレンジのアイコンともなる楽器がふんだんに使われた流麗な「涙のドライブ」（1968年）、リズム＆ブルースのビートやコーラスを取り入れた斬新な「渚の天使」（1968年）、テンプテーションズの「マイ・ガール」から着想を得たと思われる「可愛い嘘」（1968年）などでそのスタイルを確立していった。

そしてこういった王道洋楽ポップスからの影響を大胆に取り入れながら、日本の歌謡界において大成功とへと導いたのが、いしだあゆみだった。コロムビア移籍第一弾の「太陽は泣いている」（1968年）はGS風のビート・サウンドだったが、1968年の年末に発表された「ブルー・ライト・ヨコハマ」は非常に画期的な一曲だった。どうしても、こぶしの効いた演歌調の歌い方が耳に残るかもしれないが、バックのサウンドはハーブ・アルパートのようなホーン・セクションやチェンバロのフレーズなどを取り入れた当時のA&Mレコードに代表されるソフトロックのサウンドだ。橋本淳によるモダンな歌詞との相乗効果で独特のムードを生み出しており、後に筒美が追求し完成させる“和洋折衷”のひとつの完成形といえる。この曲は筒美にとって初のオリコン首位獲得曲であり、150万枚を超える大ヒットとなった。

いしだあゆみには、「今日からあなたと」（1969年）や「あなたならどうする」（1970年）など、いわゆる和の要素が強いムード歌謡系のシングル曲を提供する一方で、時折洋楽の要素が強い楽曲も書き下ろしている。やはりハーブ・アルパート風のフレーズが印象的な「涙の中を歩いてる」（1969年）、バート・バカラックを意識した「さすらいの天使」（1972年）などがその代表だ。また、シングルのB面やアルバムにはさらに洋楽色が濃い楽曲も多く、例えば和製ソフトロックの名盤としてマニアには人気の高いアルバム『ファンタジー』（1972年）には、ドリーミーなソフトロック「絵本の中で」や神秘的なバラード「ブルー・パール」が含まれている。これらは完全にA&Mの歌姫クローディーヌ・ロンジェがお手本だろう。

60年代から70年代にかけての筒美は、こういった欧米のポップスをしっかりと咀嚼し、いかに日本のマーケットで売れる歌謡曲へと昇華するかを意識していたと思われる。洗練されたメロディやアレンジを持つこの時期の代表的な作品には、スキャットを効果的に取り入れたヒデとロザンナ「粋なうわさ」（1969年）、アコーディオンを取り入れたアレンジが印象的な佐川満男「フランス人のように」（1969年）、ティンパニーや女声コーラスを効果的にアレンジに取り込んだ堺正章「さらば恋人」（1971年）、ヨーロピアンなメロディがカンツォーネを思わせる伊東ゆかり「誰も知らない」（1971年）などが挙げられる。

なかでも筒美のこの時期の最高傑作の一曲として高く評価されるのが、西田佐知子に書いた「くれないホテル」（1969年）だ。橋本淳による情感豊かな歌詞と西田の歌い回しだけを抜き出せばいわゆるムード歌謡だが、サビ終わりのコード進行に代表される洗練された曲の構成や、ヴィブラフォン、ハーモニカ、ストリングスのピチカートなどを組み合わせた極上のオーケストラ・アンサンブルは、バート・バカラックを筆頭とする洋楽のソフトロック・サウンドと並べてもなんら遜色のない完成度だ。細野晴臣、坂本龍一、山下達郎などがこの曲をフェイバリットに挙げているというのも納得がいく。

洋楽を綿密に研究し、その洗練されたエッセンスを日本独自の歌謡曲というフォーマットに注ぎ込みながら、マニアックではなく大衆的なものとして構築し、なおかつお茶の間に浸透するヒット曲へと仕上げていった筒美京平。60年代半ばに作家デビューしてからずっとそのマインドは崩すことなく多数の名曲を生み出した後、70年代、80年代の量産期、いわゆる筒美の作家としての黄金時代へと突入するのである。

Vol. 2に続く

栗本 斉（くりもと ひとし）

1970年、大阪府生まれ。
レコード会社勤務中の90年代初頭から、和モノDJ＆音楽ライターとして活動開始。“喫茶ロック”シリーズなどを立ち上げる。
2005年1月から2007年1月まで、知られざる音楽を求めて中南米を放浪。2年間で行った国は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ボリビア、ペルー、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、トリニダード･トバゴ、パナマ、メキシコ、キューバの、合計14カ国。
帰国後は旅と音楽にこだわり、ラジオや機内放送の企画構成選曲、音楽＆旅ライター、コンピレーションCD企画、ライナーノーツ執筆、講演やトークイベント、結婚式場のBGMコーディネート、ビルボードライブのブッキング企画などで活動中。現在は沖縄県糸満市在住。
得意分野はアルゼンチン、ラテン音楽、ワールドミュージック、和モノ、中南米ラテン旅、沖縄、世界遺産など。
旅と音楽をこよなく愛する旅人/旅＆音楽ライター/選曲家。

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船山基紀（作編曲家）× 西寺郷太（NONA REEVES）
“筒美京平の作曲を語る”スペシャル対談［前編］

2020年10月7日、作曲家・編曲家として日本の音楽史に偉大な足跡を残した筒美京平さんが亡くなりました。作曲家売上ランキング歴代1位。生涯作曲数2700以上。ジャズ、ロック、ポップス、R&Bなど洋楽のエッセンスを巧みに採り入れたサウンドと、日本人の心の琴線に触れる親しみやすいメロディーは、どれも時代を超えた輝きを放っています。1960年代から2010年代に至るまで、メディアの表舞台にはほとんど立たず、裏方の美学を貫いたことでも知られる伝説の存在。その知られざる仕事ぶりについて、日本を代表するアレンジャーで筒美作品をもっとも多く任された船山基紀さんと、2000年に筒美京平プロデュースで二枚のシングル「LOVE TOGETHER」「DJ! DJ! 〜とどかぬ想い〜」をリリースした西寺郷太さん（ノーナ・リーヴス）に、世代を超えて語り合ってもらいました。

── 本日はどうぞよろしくお願いします。

船山　いやー、さっきまでヒヤヒヤしてたよ（笑）。だって郷太、約束の時間になっても来ないんだもの。おかしいなと思って電話をしたら、自宅でカレーを食べていたっていう！

西寺　（平身低頭しながら）ほんっっと、すみません!!　取材のスタート時間を完全に2時間間違えてまして。さぁ、大好きなデリーのカシミール・カレーをあっため終わって食べるかなと思ったら連絡がきて、心臓が凍りました。

船山　それでカレーは食べられたの？

西寺　船山さんをお待たせして、食べるわけないじゃないですか！ ほっぽり出して飛んできましたよ、あちゃー。

船山　あはは、これでしばらく郷太をイジる材料には事欠かないな。でもまあ、無事に着いてよかったじゃない。対談始めようよ。

西寺　それではお言葉に甘えて気を取り直しまして…、早速なんですが。このあいだ田原俊彦さんのライヴを一緒に観にいったとき、帰りの車の中で、船山さんがこう仰ったことが胸に残っていまして。「京平先生はとにかく若い才能を見出すことに長けていた。歌手だけでなく作詞家、編曲家などのスタッフまでチェックして、気になる人材にはいち早くアプローチしてらした」って。

船山　うん。そうやって若い世代にチャンスを与えつつ、ご自分の感覚もまたアップデートされていたんだと思うよ。

西寺　その話を聞いて「へええ」って納得したんです。僕らの世代からすると、昭和の歌謡曲はプロによる分業制ってイメージが強くて。作曲家は歌メロだけ書いて、作詞家なり編曲家に投げちゃうのかと思っていたので。

船山　うんうん。

西寺　でも京平さんは、70年代からもうプロデューサー的な視点も強くお持ちだったんですね。船山さんは、どんな感じでお付き合いが始まったんですか？

船山　最初にご一緒したのは、太田裕美さんの「都忘れ」。シングルじゃなく、アルバムの収録曲ですね。1976年だったかな。その頃、僕はヤマハのポプコン（ポピュラーソングコンテスト）関連の仕事からフリーのアレンジャーとして独立した直後で。いわゆるニューミュージック絡みの仕事をしていたんだよね。で、最近ちょくちょく名前を見かける若僧がいるので、一度呼んでみようと。たぶん、そういう流れだったんじゃないかな。今チャートでどんな曲が売れて、誰が関わっているのか、いつも隅々までチェックされていたので。

太田裕美
『手作りの画集』（1976年）

西寺　声がかかったときはどんな気持ちでした？

船山　そりゃ緊張しましたよ。京平先生といえば、当時もう大ヒットメーカーですから。で、レコーディング前日に、六本木の先生の事務所に打ち合わせに呼ばれて。翌日は午前中から「音響ハウス」で録音。終わった後には、銀座のおでん屋かどこかに連れていっていただいて。いきなり「あなた、筒美京平は嫌いでしょ？」って聞かれたわけ。

西寺　おおー、先制パンチだ。当時は、「ザ・芸能界」的な歌謡曲、テレビの中の世界と若い世代の対立構図みたいなものもあったと聞きます。

船山　そうそう。まず頭をガツンとやられたの。当時、僕はまだ二十代半ばの駆け出しだから、当然「ああ、終わった。もう筒美京平の仕事はこない」って落ち込むじゃない。でも意外にも、それ以降いろいろ声をかけていただいた。最近の言葉でいうとツンデレですよ（笑）。そうやって食事をしながら、仕事がしやすいかどうか、相手の人となりを見極める。

西寺　なるほど。それで気が付けば船山さんが、京平さんの曲を一番たくさん手がけたアレンジャーになっていたと。

船山　そう。いつの間にかね。

西寺　ちなみに、ご本人からは「先生って呼ばないで」とも強く言われました。僕が京平さんという呼び方をするのは、それが理由なんです。年も親子くらい離れていたので、かえってフランクに接してくださったんだと思う。

船山　きっとそうだね。僕なんて一回りしか違わないから、最初から最後まで緊張しっぱなしでした。京平先生を前で本当にリラックスしたことは、一度もなかった気がするな。

西寺　これもぜひ聞いてみたかったんですけど、船山さんが見た京平さんって、どういうタイプの天才でしたか？　長年にわたってコツコツ努力とリサーチを積み重ねられる努力型なのか。それともベースには天性の才能があって、その感覚でどんどん新しい境地を切り拓いていけた人なのか。

船山　それは両方ですね。間違いなく天賦の才を授かりながら、常人ではまず続かない努力もずっと重ねていらしたので。

西寺　うん、うん。

船山　あれだけ膨大なメロディーを書けたのは、やはり持って生まれた才能が大きかったと思う。と同時に、リサーチへの情熱も凄くてね。どんなに忙しくても、それこそ海外のビルボードから国内のオリコンまで、そのとき流行っている音楽はぜんぶ聴いておられた。それも新人歌手や若手アレンジャーの名前だけじゃなくてさ。サウンドやアレンジの傾向から、どういうドラムのフィル（一定パターンのリズムに変化を付ける即興的な部分）が流行っているかまで研究してるんだから。「今は♪ズッズッ、タカタンッだね」って（笑）。だから誰も敵わない。

西寺　凄いですね。そういうリサーチが楽しくて仕方なかったんでしょうか。

船山　どうだろう。もちろん苦痛ではなかったと思うけれど、あれはもう“性”とか“業”だったと思うな。頭の中にあるのは、ヒット曲を生み出すことだけ。あとは食べることと。家族。それ以外にはほとんど興味をお持ちじゃなかった。少なくとも、僕にはそう見えていました。先生の事務所に打ち合わせにいくと、よく「船山君、あの曲は聴いた？」って聴かれましたよ。

西寺　それは緊張感ありますねえ。

船山　うん。こっちも若かったから、負けてなるものかと必死で食らいついてました。当時、原宿の竹下商店街に「メロディハウス」という輸入盤専門店があってね。よく京平先生も立ち寄られてたんです。そこに通って、僕も先生が購入されたレコードをごっそり買い込んだり（笑）。

西寺　ははは。京平さんが何を買っていったか、店員さんから聞き出して。

船山　そう！　で、次の打ち合わせで「船山君、あれ聴いた？」って振られて、即座に「はい、いいですよね」と返せたら最高にいい気分なわけね。それからもう1つ。これは天性の部分ですが、自分の中にメジャー的な感覚とマイナー的な感覚を両方お持ちだったことも大きいですね。京平先生はよく、音楽には結局「枯葉」と「レット・イット・ビー」の2種類しかないと仰ってました。もちろんこれは、先生一流の誇張表現なんだけど……。

西寺　「枯葉」はシャンソンの名曲ですね。ジャズのスタンダード曲としてもよくカバーされている。

船山　そう。要はマイナーコードで、洗練されたメロディーと和声を感じさせるもの。一方の「レット・イット・ビー」はよりロック的というか、コードも旋律もよりストレートで明快だよね。京平先生は大学時代からジャズトリオでピアノを弾いていた方だから、本来は「枯葉」的なソフィスティケートされた世界がお好きだった。

いしだあゆみ
「ブルー・ライト・ヨコハマ」（1968年）
ドーナツ盤メモリー

「ブルー・ライト・ヨコハマ」なんかは、そういう好みがストレートに出ていると思います。ところが京平先生の場合、それとは真逆の、明るく抜けのいいメロディーもお書きになれた。最たる例が「サザエさん」のテーマ曲ですよ。あるいは郷ひろみさんのデビュー曲「男の子女の子」。だからあれだけヒットを量産できた。普通、「ブルー・ライト・ヨコハマ」を作る人は「サザエさん」書かないもの。

西寺　たしかに。言われてみればそうですね（笑）。

船山　だいたい「ブルー・ライト・ヨコハマ」級のヒット曲を生み出したら、周囲はそれに引きずられて。「ああいう曲を書いてください」的な依頼が山ほどくるわけ。良くも悪くも作風というのはそうやって固まっていく。でも先生はそこで止まらず、全然違った方角も向ける人だった。それに対応できる素養と能力が備わっていた。そこが並みの流行作家とはまったく違う。

西寺　プロデューサー的な資質という意味では、京平さんは歌手の声の中から、いわゆる“美味しい帯域”を見つけるのが抜群に上手かったと。そういう話もよく聞きます。船山さんから見て、その辺はどうでした？

船山　あ、それはめちゃくちゃありました！　たとえば新人に曲を書く場合も、歌がうまい人にはあまり惹かれなくて。取っかかりはむしろ声質なんだよね。それもいわゆる美声じゃなく、京平先生に響く声質っていうのがあるんですよ。郷ひろみさんなんかが典型的だと思いますけど、ちょっと変わった声の魅力を引き出すのが抜群にうまかった。あとは、裏声。

西寺　裏声といいますと？

太田裕美
『心が風邪をひいた日』（1975年）

船山　どの歌手にも、地声から裏声に切り替わる微妙なポイントっていうのがあるでしょう。京平先生はその音域を的確に見抜いて、メロディーの美味しい部分に当てるのね。太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」なんてまさにそう。導入部の＜♪恋人よ 僕は旅立つ＞の最後、＜つぅー＞のところで、彼女の声が裏声に移行する。そこが一番映えるように作ってあるわけ。

西寺　へええ。そういう曲作りのポイントって、京平さんはアレンジャーにも教えてくれたんですか？　つまり「この曲は、この帯域が映えるように作ってあるので、編曲時にも意識してね」みたいな感じで。

船山　いや、絶対教えてくれなかった（笑）。ある種の企業秘密っていうかね。アレンジャーは譜面を読み込んで、自分で気付くしかない。そこは京平先生も言葉で説明できない、動物的な勘が働いてたんだと思いますよ。

── そういえば80年代半ばにヒットを連発したC-C-Bも、作曲家・筒美京平＆ディレクター・渡辺忠孝さんの兄弟コンビが売り出したバンドでしたね。

西寺　C-C-Bに関しては、ご自身もかなり楽しんでやられていた気がします。今聴き返すと、すごくその印象が強い。たぶんバンドに曲を提供するのが新鮮だったんでしょうね。当時ロンドンで流行っていたニューロマンティック系、例えばデュラン・デュランとかカジャグーグーみたいなバンドのエッセンスもきっちり採り入れたりして。

船山　ゴリゴリのロックじゃなくて、もう少しポップ色の強いバンドだよね。そういうメロディックな表現は、やっぱり京平先生は好きなわけ。あと郷太の言うように、バンドへの憧れは確実にあったと思う。

西寺　ですよね。

船山　80年代に入ると、楽器や機材が手に入りやすくなって、いわゆるバンドブームのムーブメントが出てくるでしょう。歌手に楽曲を提供して、スタジオミュージシャンを集めてオケを作ってという作業は、京平先生はそれまで散々やられてたから。違う表現を試してみたかった。

西寺　京平さんにしても船山さんにしても、生まれる時代が20年遅かったら、まったく違う音楽家人生を送ってたと思うんですよ。傑出した才能をお持ちだから間違いなく世には出たはずですけど。職業作曲家とか職業編曲家じゃなく、バンドマンになっていたかもしれない。これは僕の想像ですけど、京平さんはC-C-Bにそんな思いも抱かれたんじゃないかなと。「この世代に生まれていたら、俺もここでキーボードを弾いていたかもしれないな」みたいな（笑）。

船山　わかる。あったかもしれないもう1個の人生、だよね。

西寺　2000年にノーナのシングルをプロデュースしてくださったのも、たぶんその経験があったからだと思うんです。「C-C-Bは面白かったので、久しぶりに若いバンドをまたやってみようかな」みたいな感じで。実際、会話の中でもC-C-Bの話題はたくさん出てきましたし。

C-C-B
『エッセンシャル・ベスト 1200 C-C-B』

船山　C-C-Bの「Romanticが止まらない」は、アレンジ担当者の僕にとっても本当に忘れがたい曲でね。しびれる思い出がいっぱいある（笑）。

西寺　あの有名すぎるイントロ。たしか最初、京平さんは気に入ってなくて。現場でクレームが入ったんでしたっけ？

船山　いや、クレームじゃなくてね。京平先生はイントロだけじゃなく、僕の持ってきたアレンジそのものが気に入ってなかった。でも、現場ではそういう文句は絶対に言わないの。ただ、そのときはテープが止まった瞬間、「やっぱりこういう曲は大村（雅朗）君よねえ」って言ったんだよね。特に大きな声ではなかったんだけど、ちょうどスタジオが無音になったタイミングだったから。ライバルの名前がやけに大きく響いて。こっちは真っ青ですよ。

西寺　ははは。それはつらい。いたたまれない。今じゃ歴史に残る名イントロとして評価が固まってますけれど、ちょっと可愛すぎたんですかね？

船山　というか、ベタすぎたね。先生はそれこそ、もっとロンドンっぽく洗練された導入部を期待されえたんだと思う。でもEマイナーで「♪シシシシッシソソミ、ラレシ〜」なんて、もろ歌謡曲でしょう（笑）。結局、笠（浩二）君が「僕たち、このイントロ好きです」と言ってくれて。レコーディングを続けることになったんだけど。終わった後は「これは絶対、大村君で録り直しだ」と思って。落ち込みながらスゴスゴ帰った（笑）。

西寺　それが、ふたを開けたら大ヒットして。

船山　先生は後日、「何でもやっとくもんよねぇ」と話されてましたね（笑）。でも「Romanticが止まらない」に関しても、メインのヴォーカルじゃなかったドラマーの笠君に歌わせたのは、やっぱり先生なのね。彼のハスキーな声質とそれを生かすメロディーがあってこそ、リスナーの耳を引き寄せられた。

西寺　まさに京平さんマジックですね。一緒に仕事をする際、曲はどんな形で渡されていたんですか？

船山　手書きの譜面と、自作の簡易デモテープ。京平先生はまったく歌わない方なので。歌メロをキーボードで手弾きされるんだよ。このやり方は最初から最後まで、30年近くずっと変わらなかった。

西寺　ビートはどうなってるんですか？

船山　初期はシンプルなリズムボックスでしたね。90年代に入ると、さすがにサンプリング音源に変わったけど。あとは「ブー、ブー、ブー」みたいな音で簡単なベースラインが入っていたかな。たぶん先生にとって、デモの完成度はどうでもよかったんだと思う。大事なのはあくまでも、ご自分がキーボードで弾いたメロディーラインなので。

西寺　リズムは確か Roland TR-66 ですよね。チャカポコした。で譜面だけじゃ伝わらない歌のニュアンスを、そのシンセメロで補うと。

船山　そう。だから、スコア上は「♪ラーララー」という音符の並びだったとして、キーボードでは「♪ラァンララァン」みたいに節回しのニュアンスまで再現されていた。あとは、アレンジの参考になる曲をカセットテープに入れて渡してくれることも多かったですね。

西寺　へええ！　そのカセットには、京平さんがセレクトされた曲がいくつか入ってるんですか？

船山　いや、基本は1曲だった。京平先生は、ご自分の趣味を他人に聴かせるとかは絶対ないからね。参考曲は「今回はこの方向でヒット曲を作りたい」というツールみたいなもので。目的が明確なんですよ。

西寺　ちなみに、京平さんのデモテープを聴いたときの印象ってどういう感じでしたか？　その段階で「うわ、名曲だ」と思うのか。それともアレンジャーとして試行錯誤をしていくうちに、だんだん凄さが見えてくる感覚なのか。

船山　うーん、たぶん後者かな。まあ、たくさんお仕事をして慣れてしまった部分も大きいですけどね。いつも同じ人が同じ楽器を弾いているので、デモを聴いた段階では正直、どれも同じに思えるんです。ところがスタジオに入って仮歌を入れた瞬間、「うわぁ、やられた！」ってなる。人間の声が乗ったとたん、曲の輪郭がビシッと定まって。企画の狙いが明確になるんですね。

西寺　船山さんの側から「いや、今回の企画だったらこういうサウンドの方がいいんじゃないですか」とか、反論とか逆提案をしたことは？

船山　それはなかったな。むしろ先生が示した方向性で、先生を驚かすようなアレンジを考えるのに必死でした。優等生的にそつのない仕事じゃ、すぐさま切られてしまうという危機感がつねにあったからね。毎回、驚くような課題を投げられ必死で達成するという。その繰り返しです。当時は心底しんどかったけれど、今思い返すと、京平先生とのお仕事は本当に楽しかった。

西寺　それにしても、歌メロをわざわざキーボードで手弾きしてデモテープを作るというのは興味深いですね。だってニュアンスを伝えるだけなら、自分で歌った方が絶対早いじゃないですか。それくらいシャイだったのかなあ。

船山　うん。どうせ自分が求めているレベルには達しないんだから、だったら不自由でもキーボードの方がいいと。

西寺　京平さんが好きなバート・バカラックなんて、歌手じゃないけど自分でアルバムも出してるじゃないですか。ボソボソ声で決して巧くはないけれど、あの人にしか出せない味があって、ファンは感動する。ああいうアプローチは考えたこともなかったんですかね。

船山　なかったと思うな。だって僕ですら、京平先生が声を出して歌ったのを聞いたのは、たぶん数回しかないもの。それも歌唱指導の際に、ワンフレーズ「♪ふふふん」と口ずさんだレベル。打ち合わせもすべて譜面とデモテープが基本で、ピアノすら弾かれなかった。

── そういえば数少ないインタビューでは、「お風呂の中で鼻歌も歌わない」と発言されていいました。

西寺　へええ、徹底してますね。でも今ふと思ったんだけど、京平さん自身は歌わない人だったからこそ、あんなに幅広い歌手にヒットを提供できたのかもしれない。

船山　ああ、それ！　すごい本質的なことだと思う。

西寺　僕もたまに言われるんですけど、シンガーが誰かに楽曲を提供する場合、無意識のクセに引っぱられちゃうことがあるんですね。歌手になれるような人はそもそも自由自在に歌える能力があるからこそ、本質的な部分を見失ってしまうこともあるというか。

船山　うん、うん。

西寺　一方で京平さんは、ご自分は絶対歌わない前提で曲を書いているので、かえって頭の中で、相手が歌っているシーンをリアルに再現できたのかもしれないなと。作曲家として独立された1960年代後半から2010年代に至るまで、実はそのプロセスは変わっていなくて……。

船山　うん。ピアノに向かい、その人の声質や声域を脳内で再生させながら、ああでもないこうでもないとメロディーを練っていたんだと思います。それができる稀有な才能を、先生はお持ちだった。もし歌いながら作る人だったなら、これだけ多様なジャンルを、これだけ膨大に書くことはできなかったかもしれない。そんな気は、すごくしますね。

（後編に続く）

司会進行・文／大谷隆之　 写真／島田香

船山基紀（ふなやま もとき）

1951年東京都目黒区生まれ。幼い頃から音楽への興味は強く、譜面を読み書きすることが得意な少年であった。中高は吹奏楽、早稲田大学ではハイソサエティ･オーケストラでサックス奏者として活動し、コンサートマスターも務めた。在学中にアルバイトで始めた財団法人ヤマハ音楽振興会のポピュラーソングコンテストで編曲の基礎を学ぶ。’74年よりフリーの作編曲家として本格的に活動を開始、デビュー作は中島みゆき「アザミ嬢のララバイ」。’77年には沢田研二「勝手にしやがれ」で日本レコード大賞を受賞。五輪真弓「恋人よ」、渡辺真知子「迷い道」などニューミュージックを代表する作品を手がけていく。‘82年からL.A.に拠点を移し、そこでデジタル･シンセサイザー『Fairlight CMI』に出会い衝撃を受ける。帰国後シンセサイザーと従来のスタジオミュージシャンによる演奏などをミックスさせた新しい楽曲制作のスタイルでC-C-B、Wink、中山美穂、小泉今日子、松本伊代、森川由加里など80年代アイドル全盛期の礎を築く。特に筒美京平氏作品の編曲数は氏の作品中最も多く、数々の賞を受賞している。また、80年代の田原俊彦、少年隊に始まり、近藤真彦、TOKIO、SMAP、KinKi Kids、V6、光GENJI、KAT-TUN、NEWS、タッキー＆翼、嵐、Hey!Say!Jump、Sexy Zone、A.B.C-Z、関ジャニ∞、King&Princeなど歴代ジャニーズグループの編曲も数多く手がけている。近年ギタリスト増崎孝司とのユニットMoto&Masu名義でCDもリリース。常に最前線に身を置き、意欲的に創作活動を行っている。

4枚組CDボックス『船山基紀 サウンド・ストーリー～時代のイントロダクション』こちら

西寺郷太（にしでら ごうた）

1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド、NONA REEVESのシンガーとして、’97年デビュー。音楽プロデューサー、作詞・作曲家として少年隊、SMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、中島美嘉、The Gospellers、渡辺美里、鈴木雅之、私立恵比寿中学、ヒプノシスマイクなど多くの作品に携わる。マイケル・ジャクソンを始めとする80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々はべストセラーに。代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(’14年／扶桑社)、『プリンス論』（’15年／新潮新書）、『伝わるノートメソッド』（’20年／スモール出版）、『ディスカバー・マイケル THE BOOK』（’20年／スモール出版）も好評発売中。2020年、6年ぶりのソロ・アルバム『Funkvision』リリース。

NONA REEVES オフィシャルウェブサイト
http://www.nonareeves.com/Prof/GOTA.html

西寺郷太　大好評連載！ otonano「It’s a Pops」はこちら

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評伝・筒美京平
Vol. 2

Vol. 1から続く

●Soul & Disco

ブラック・ミュージックへの傾倒を見事に昇華させた筒美流“ディスコ歌謡”

筒美京平は、歌謡曲というオールマイティなジャンルの作家といえるが、敢えて彼の作家性の特徴を挙げるならば“ブラック・ミュージックの影響の強い作曲家”ではないだろうか。もちろんこれはかなり極端な表現だ。しかし、70年代から80年代にかけての彼の黄金期の作品には、あきらかに当時のソウルやディスコといったブラック・ミュージックの影響が色濃い。とくに70年代半ばから80年代初頭にかけての彼の楽曲は、すべてソウルやディスコだ、といってもいいほどである。

筒美のソウル志向の最初期のお手本といえば、おそらくモータウン・サウンドだろう。米国デトロイトで誕生したモータウン・レコードは、筒美が洋楽ディレクターだった60年代半ばにはチャートを揺るがす黄金期を迎えていた。ダイアナ・ロス＆スプリームス、ジャクソン・ファイヴ、スモーキー・ロビンソン＆ミラクルズ、テンプテーションズ、フォー・トップスなどが続々とヒットを飛ばしており、その後70年代に入るとマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーが独自路線のニュー・ソウルを打ち出していった。

筒美は間違いなくモータウンの盛り上がりを体感していたはずだし、実際に作家としての最初期から、先述の弘田三枝子「可愛い嘘」を筆頭に、ザ・ジャガーズ「星空の二人」（1968年）やオックス「ダンシング・セブンティーン」（1968年）のようなリズム＆ブルースの影響下にある楽曲を生んでいる。筒美のモータウン歌謡のうち、最も有名なのは誰もが歌える「サザエさん」（1969年）の主題歌だろう。ミディアム・テンポのビートもホーン・セクションもコーラスのアンサンブルもあきらかに当時のモータウンのヒット曲を下敷きにしており、このサウンドを子どもでも楽しめる大衆的な作品へと転換したことに今さらながら驚かされる。

筒美のソウル志向を最初に体現した歌手は、おそらく平山三紀ではないだろうか。1970年に「ビューティフル・ヨコハマ」でデビューした平山は、その鼻にかかった声質と粘っこい歌い方で一躍注目を集めた。いわゆる一般的なブラック・ミュージックとは一味違うが、日本の土壌に合ったソウルフルな声といえるかもしれない。2作目のシングル「真夏の出来事」（1971年）が大ヒットしたことで知られるようになったが、この曲のようにグルーヴ感のあるリズムに乗せた歌唱法は彼女の持ち味であり、その後のラグタイム調の「フレンズ」（1972年）やタイトなビートが強烈な「恋のダウン・タウン」（1973年）でもその魅力は堪能できる。しかし彼女のソウル・テイストが爆発するのはセールス的にピークを過ぎたと思われるその後の「熟れた果実」（1974年）と「愛の戯れ」（1975年）だ。MFSB、バリー・ホワイト、ヴァン・マッコイなどオーケストラを駆使したソウル・サウンドを筒美流に解釈し、歌謡曲と融合したという意味においてもこの2曲は最高峰といっていいだろう。

ただ、平山三紀はソフトロックやロック調の楽曲も数多く歌っていたので、完全なソウルというよりはポップな楽曲で売れたディオンヌ・ワーウィックのような立ち位置を狙っていたのかもしれない。同時期に平山三紀よりももっと黒っぽいフィーリングで筒美のソウル志向を体現したのは、欧陽菲菲だろう。ソウルというよりもチェイスやシカゴのようなブラス・ロック風に仕上げた「恋の追跡」（1972年）、歌謡的でありながらファンキーなビートを配した「夜汽車」（1972年）、グラディス・ナイトが歌いそうな和製ゴスペル「恋の十字路」（1973年）、延々とベース・ラインがうねり続けている異色の「恋は燃えている」（1973年）など、彼女のための筒美作品はどれも非常にソウルフルだ。

こういった筒美のソウル・ミュージックへの傾倒ぶりはさらに顕著になる。例えばリンリン・ランラン「恋のインディアン人形」（1974年）はアイザック・ヘイズの「シャフト」から引用されていたし、郷ひろみや野口五郎といった男性歌手への提供曲にもソウル・テイストがふんだんに入れ込まれている。そんな中で大きなエポックとなるのが、1975年にスリー・ディグリーズに書き下ろした「にがい涙」だ。当時の筒美はフィリー・ソウルからの影響が強かったが、その本場のグループに楽曲提供できたことは非常に大きかったはずだ。アレンジは深町純が担当したが、筒美らしい洋楽と歌謡曲が絶妙にブレンドしたメロディは、ファンキーなビートにしっかりと噛み合っており、安井かずみが手掛けたインパクトの強い日本語詞も違和感なくフィットしていた。オリコンチャートで15位というヒットを記録したのは、筒美ならではの結果といえるだろう。

ここで弾みがついた筒美は彼のソウルやディスコのスタイルを駆使した楽曲を歌う最も重要な歌手と出会う。それが岩崎宏美だ。オーディション番組『スター誕生』から登場した岩崎は当初アイドル的な扱いだったが、デビュー前にすでに筒美は彼女の歌唱力を見抜いていたのだろう。デビュー曲の「二重唱（デュエット）」（1975年）に始まり、「ロマンス」（1975年）、「センチメンタル」（1975年）、「ファンタジー」（1976年）、「未来」（1976年）など初期のシングルは、すべて筒美のフィリー・ソウルやディスコ・サウンドの趣味が全面的に表された楽曲だった。透明感のある岩崎の声質はけっして黒っぽいソウル・シンガーと近いわけではなかったが、それでもメロディやサウンドを見事に彼女流に解釈した歌声で、ディスコ歌謡とでもいうべき一ジャンルを築き上げた。

この時期はさらに筒美のソウル／ディスコ志向が顕著になったプロジェクトがある。それがDr.ドラゴン＆オリエンタル・エクスプレスだ。ディスコ・ブーム絶頂期の1976年に発表されたシングル「セクシー・バス・ストップ」は、筒美もJack Diamondという変名で作曲し、バンド自体も匿名であったにも関わらずスマッシュヒットを記録。この時期量産された和製ディスコ・ナンバーの代表であるが、実は後藤次利、鈴木茂、林立夫、矢野顕子などの一流ミュージシャンたちが参加し、筒美がプロデュースするという贅沢なプロダクションだった。オリエンタル・エクスプレス名義で発表した「セクシー・バス・ストップ」や「ハッスルジェット」（1976年）は浅野ゆう子との競作となり、彼女のヴァージョンもヒットした。Dr.ドラゴン＆オリエンタル・エクスプレスはアルバム『THE BIRTH OF A DRAGON』（1976年）もリリースしており、筒美がいかにディスコに入れ込んでいたかがよく分かるクオリティの高い作品に仕上がっている。

筒美が1970年代後半に書いた楽曲には、こういったディスコ歌謡の名曲が多数ある。桑名正博「哀愁トゥナイト」（1977年）、桜田淳子「リップスティック」（1978年）、中原理恵「ディスコ・レディー」（1978年）、Le Mistral（ブレッド＆バターの変名）「青い地平線」（1978年）、石野真子「日曜日はストレンジャー」（1979年）などが代表的なところだ。これらと前後して、中原理恵「東京ららばい」（1978年）、庄野真代「飛んでイスタンブール」（1978年）、ジュディ・オング「魅せられて」（1979年）などのエキゾチック・テイストの大ヒット曲や、野口五郎「グッド・ラック」（1978年）、中村雅俊「時代遅れの恋人たち」（1978年）といったシティ・ポップ的なナンバーが生まれるが、少し乱暴な解釈ではあるとはいえ、これらも筒美のディスコ歌謡の系譜にある楽曲群といえる。そして、前述した通りこの時期に筒美が手掛けた楽曲は、ほぼすべてといっていいほど、ソウルやディスコに影響を受けている。少なくともこの時期の筒美のアイデンティティは、ブラック・ミュージックにあったといってもいいのではないだろうか。

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Vol. 3に続く

栗本 斉（くりもと ひとし）

1970年、大阪府生まれ。
レコード会社勤務中の90年代初頭から、和モノDJ＆音楽ライターとして活動開始。“喫茶ロック”シリーズなどを立ち上げる。
2005年1月から2007年1月まで、知られざる音楽を求めて中南米を放浪。2年間で行った国は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ボリビア、ペルー、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、トリニダード･トバゴ、パナマ、メキシコ、キューバの、合計14カ国。
帰国後は旅と音楽にこだわり、ラジオや機内放送の企画構成選曲、音楽＆旅ライター、コンピレーションCD企画、ライナーノーツ執筆、講演やトークイベント、結婚式場のBGMコーディネート、ビルボードライブのブッキング企画などで活動中。現在は沖縄県糸満市在住。
得意分野はアルゼンチン、ラテン音楽、ワールドミュージック、和モノ、中南米ラテン旅、沖縄、世界遺産など。
旅と音楽をこよなく愛する旅人/旅＆音楽ライター/選曲家。

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船山基紀（作編曲家）
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西寺郷太（NONA REEVES）
“筒美京平の作曲を語る”スペシャル対談［後編］

西寺　（［前編］からの続き）筒美京平・船山基紀コンビのお仕事といえば、田原俊彦さんの楽曲も多いですよね。パッと思い浮かぶのは、1982年の「君に薔薇薔薇…という感じ」や「原宿キッス」。あとは少し時代が飛んで、’88年の「抱きしめてTONIGHT」。どれも本当に名曲揃いで。

船山　トシちゃん関連の仕事はとにかく楽しかった。というのも、当時ディレクターだった羽島亨（ポニーキャニオン）とツーカーでね。本当に僕のやりたいようにやらせてくれたんです。アレンジの発注時には「これ、今度のシングルです」と曲を渡されるだけ。あとは基本、お任せだったし。

西寺　すごい信頼関係ですね。当時の田原俊彦さんはまさにトップアイドルだし、レーベルにとってシングル盤はビッグ・ビジネスでしょう。

船山　いい時代だったんだよね。これは京平先生の作曲じゃないけど、セカンドシングルの「ハッとして！ Good」なんて、僕の一存でバックにビッグバンドを入れてますから（笑）。そういう作り手の遊びや冒険に対して、レコード会社も寛容でしたし。トシもトシで、楽しんでレコーディングしてくれた。スタッフ間の微妙な人間関係って、やっぱり作品の仕上がりに影響すると思う。

西寺　僕の世代にとって（1973年生まれ）、アイドルというとまず「たのきん」。小学校1年生のときに田原さんがデビューされて、「哀愁でいと」と「ハッとして！ Good」が連続で大ヒットして。まさにそこから「音楽的に物心つく」世界が始まった感覚なんですよ。

船山　ああ、なるほど。

西寺　そういえば、去年12月に発売されたCDボックス（『船山基紀サウンド・ストーリー～時代のイントロダクション』）のブックレットで田原さんと対談されてたでしょう。さっそく買って読みましたけど、あれも面白かった。トシちゃんの人柄とか、船山さんとの関係性がリアルに伝わってきました。

船山　トシちゃんは変わらないよね。永遠のアイドル気質っていうのかな（笑）。明るくて、会うとこっちまで楽しい気分になる。

4枚組CDボックス
『船山基紀サウンド・ストーリー~時代のイントロダクション』
ブックレットP8-P9
［巻頭スペシャル対談：田原俊彦×船山基紀］より

西寺　で、京平さんの書かれたメロディーがまた、そんなパーフェクト・アイドル「トシちゃん」のスター性を絶妙に引きだしてる気がするんです。アレンジ面で何か船山さんが意識していたことってありましたか？

船山　ことトシちゃんに関しては、苦労した記憶ってほとんどないんだよな。ああいう性格だから、当時もレコーディングはノンストレスだったし。しかも「抱きしめてTONIGHT」あたりは、京平先生とのコンビが一番円熟していた時期だから。先生が何をやりたいのか大体分かっていたし、僕の方もするするアレンジが書けた。

西寺　のびのび編曲されている感触、たしかに伝わってきます。

船山　「抱きしめてTONIGHT」で言うとね、“♪ターラータラッタラーラー、ターラータラッタラーラー”という導入部のフレーズがあるでしょう。あれは京平先生からいただいたメロディーに最初からくっついていたイントロなわけ。で、僕がその前に “♪ン・タンターン、ン・タンタタンタン、ン・タンターン、ン・タンタタンタン”という2小節を足してるんですけど。

西寺　へええ！ そうだったんですか。

船山　ああいうイントロって、京平先生の気持ちがよほど分からないと怖くて書けないわけ。ド頭に拍のアクセントがあったりして、いかにも変なフレーズでしょう。「先生のメロディーにこんなの付けちゃって大丈夫だろうか」って、普通は考える（笑）。でも「抱きしめてTONIGHT」の時点では、京平先生ならここまで攻めても大丈夫、むしろ喜んでくださるっていうラインが自分の中にできていたので。それですんなり書けたんだと思います。まあ、そこに至るまでには何年も費やしたけれど。

西寺　少年隊の「ABC」もほぼ同時期ですよね。‘87年11月リリースだから、「抱きしめてTONIGHT」より5か月前か。僕、これまで出会ったあらゆる曲のなかで「ABC」が一番好きだってずっと言い続けてきたんですよ。

船山　ありがとう。郷太、前もそれどこかで言ってくれたよね。

西寺　はい。誇張でも何でもなく、日本ポップス史上に燦然と輝く大名曲だと思っています。以前コラムに書きましたが、’87年の少年隊って本当に凄い。メンバー3人の歌唱力、存在感、ダンス・パフォーマンス、楽曲のクオリティー、綿密なプロデュースとスタッフワーク。すべてのピースが完璧に合わさって、日本歌謡界で前人未踏の領域に達していた気がするんです。その象徴と言えるのが「ABC」で。この取材のために昨夜も聴き直してきたんですが、やっぱり京平さんと船山さんの呼吸が、完璧に合ってるんですよね。

船山　今聴くと、とんでもなくド派手だよね。当時は「フェアライト」というシンセサイザーをようやく効果的に使いこなせるようになった時期で。少年隊の仕事では、いろいろチャレンジングな試みをやらせてもらいました。

西寺　いわゆる打ち込み系サウンドの走りですね。

船山　うん。ただ、今と違ってサンプリング音源も少なく、音色も貧弱だったので。デジタルだけでは痩せた音になってしまうじゃない。それでスタジオに腕利きのミュージシャンも呼んで。ほとんどのパートでは打ち込みと生演奏をダブルで重ねて、音に厚みを出しているんです。

西寺　今はノートパソコンで完結できちゃう作業も、当時は巨大なスタジオに膨大な機材と大勢のミュージシャンをリアルに詰め込んで作っていたんですね。僕は1960年代のフィル・スペクターの仕事に匹敵する、“日本版のウォール・オブ・サウンド”と呼んでるんですけど（笑）。とにかく贅沢な時代だった。

船山　最近は制作費もどんどん削られてますし、もう二度とああいうやり方はできないでしょうね。ただ、その派手なデジタル・サウンドをちゃんと日本語の歌謡ポップスとして成立させていたのは、やっぱり京平先生のメロディーなわけね。他のどの作曲家でも、こうはいかなかったと思う。

西寺　本当にそうですね。歌メロだけを取り出すと、意外に伸びやかで親しみやすい。派手は音作りに負けない芯の強さがあるっていうか。

船山　まさに。歌までデジタルっぽくしちゃうと一般のリスナーには受けないってことが、京平先生は直感的に分かってらっしゃったんでしょうね。これは少年隊に限ったことではなくて。たとえば榊原郁恵「ROBOT」（’80）から、柏原芳恵「ト・レ・モ・ロ」（’84）、小泉今日子「迷宮のアンドローラ」（’84）など、テクノとかデジタルの要素を採り入れた80年代以降の京平作品すべてに言えることだと思う。

西寺　アレンジという“衣装”の部分は同時代の洋楽っぽいけど、生身の体にあたるメロディーは、意外なほど歌謡曲のエッセンスが強かったと。

船山　うん。先生がよく仰ってたのは、「日本人の好きな哀愁感とか、泣かせのフレーズみたいなものは僕が担う。だからアレンジはそっちに引っぱられないでね」と。実際、英語っぽい譜割りのメロディーは絶対お書きにならなかった。たとえば松本隆さんの日本語が乗っかったとき、ちゃんと心地よく響く旋律をピアノで探されるわけです。だから僕みたいな新しもの好きのアレンジャーも、思いきった冒険ができた。

少年隊
『少年隊 35th Anniversary BEST』
（2020年）

西寺　実はここ最近、ありがたいことに少年隊のお三方とも仲良くさせていただいてまして。去年、35周年のベスト盤が出たときには、錦織（一清）さん、東山（紀之）さん、植草（克秀）さんにインタビューして、ライナーノーツも書かせていただいたんです。当時のお話をうかがっていて改めて思ったのは、やはり少年隊というのは特別なプロジェクトだったんだなと。ジャニー喜多川さんが自らの“最高傑作”として、デビュー前から全力でプロデュースされていたのは有名な話ですが、そういう重圧は感じなかったんですか？

船山　そりゃありましたよ（笑）。アレンジ自体は自由に冒険させていただいたけど、絶対に外せないプレッシャーも同時に凄かった。特に「仮面舞踏会」は世間の注目度も高かったからね。その時点で彼らはコンサートも成功させていたし、熱狂的なファンもいたでしょう。ジャニーさんの力の入れ方も半端じゃなくて、本場ニューヨークで歌とダンスレッスンを積み、満を持して帰国してレコードデビューを果たすと。そんなストーリーを背負ったアイドルグループですから、アレンジャーとしてはおっかないよ。

西寺　ははは（笑）。百戦錬磨の京平さんもさすがにこのときは気合いが入ったみたいですね。「仮面舞踏会」のときにもやっぱり、例のキーボードで歌メロを弾いたデモ音源がきたんですか？

船山　そう。今でも覚えてますが、ブラス系の音でした。これもさっき話した「抱きしめてTONIGHT」と同じで。冒頭の“♪トゥナイ、アイアイ、アイアイアイ、ティア”というコーラス部分は、京平先生が最初に書いてこられたんです。で、渡されたときに「船山君、これはイントロにならないからね」って念を押されたの（笑）。要はこのキャッチーな導入部の前に、自分で何か考えたフレーズを足してくれと。これも怖いですよ。

西寺　「仮面舞踏会」のイントロって音色もリズムも斬新ですよね。ビートの感覚も変拍子っぽいし、誰もが口ずさめる分かりやすい旋律でもない。でも、一度聴いたら絶対に忘れられないという。まさに船山マジック。

船山　わけがわからないでしょ（笑）。周囲から「絶対に1位を獲らなきゃいけない」とか「100万枚売らなきゃいけない」みたいなプレッシャーがかかる中、あのイントロがパッと降りてきた。たぶん追い詰められて、あんな“いいとも悪いとも言いようがない”イントロを書くしか方法がなかったんでしょうね。要は捨て身です。だって、今まで日本のヒット曲で5／4拍子を使ったのなんて、たぶん僕くらいじゃないかしら。

西寺　思いきり不安定なリズムですもんね。何かヒントがあったんですか？

船山　ないない。苦し紛れですよ。細かく言うと5／4拍子に加えて、4度ずつ下がっては上がるという機械的な音列を使ってるんです。その違和感みたいなものが、聴く人の耳に引っ掛かってくれたのかなと。

西寺　今となっては、1ミリも不思議に感じないですけどね。僕も含めて誰もが、あのイントロを「答え」だと思って聴いているので。ちなみに僕、マイケル・ジャクソンの「BAD」（‘87年）のイントロ聴くと、いつも「仮面舞踏会」を思い出すんですよ。あの曲も導入部のベースラインの前に、“♪ギャッ、ギャッ、ギャッ、ギャッ”って4つ、唐突な音が入るでしょう。

船山　ああ、うんうん。

西寺　奇想天外なインパクトでは、僕は「仮面舞踏会」の方が「BAD」よりも上だと思うんですけど。ただ音列というよりあの発想自体が「仮面舞踏会」に酷似してるじゃないですか。マイケル本人か（プロデューサーの）クインシー・ジョンズか、どちらかが聴いてたんじゃないかなと。

船山　ははは、さすがにそれはないんじゃないの？

西寺　でも「仮面舞踏会」のリリースは’85年12月、「BAD」はその2年後なので、時系列的には合ってますし。しかもジャニーさんとマイケルは親交があったと言いますからね。まあ、あくまで僕の仮説なんですが（笑）。とにかく「仮面舞踏会」はいろんな要素が複雑に絡み合って、ちょっと分析不能な味わいがある。当時、船山さんが受けた極限のストレスとプレッシャーが、未来に向かって爆発してる感じがするんですね。

船山　未来に向かって爆発（笑）。郷太らしい表現だね。でも、言わんとすることは分かる気がする。「抱きしめてTONIGHT」なんかは、ある意味アレンジもこなれていて。苦労が思い出せない。逆に「仮面舞踏会」みたいに背水の陣で書いたアレンジにはどこかゴツッとした感触があって、耳に残るんだよね。

西寺　まさに！ それが「仮面舞踏会」のタイムレスな魅力に繋がってると思うんです。「抱きしめてTONIGHT」は余りにも過不足ないというか、僕の中ではあの時代の空気感と完璧にシンクロしていて。今聴くと「パーフェクトな構図の静止画」みたいに感じたりもする。リリースされた時代に完璧にマッチングして、野球で言えば場外ホームランとしてスタジアムの向こうに消えていった「抱きしめてTONIGHT」よりも、ある種様々なプロフェッショナルの執念や力技が集まって摩訶不思議で鈍い打球になった「仮面舞踏会」の方が簡単な答えがない分、今もなおタイムレスに軌道を追い続けて行ける深み、面白みが持続していると言いますか。もちろん、どちらの曲がいいとか悪いとかの話じゃなく、ものすごく微妙でハイレベルな比較ですけどね。話は戻りますが、「仮面舞踏会」の録音にはジャニーさんも立ち会われたんですか？

船山　いや、スタジオにはおられなかったし、スタッフの全体ミーティングもなかった。打ち合わせも京平先生、ディテクターの鎌田俊哉さんと3人だった記憶があります。ジャニーさんは、レコーディングには絶対来られないのね。打ち合わせでご一緒したのも、最初の川﨑麻世さんのときだけ。あとは1回もなかったですね。

西寺　いったん任せたからには、途中で細かく口は出されなかった？

船山　うん。だから、余計にプレッシャーがかかる部分もあったけどね（笑）。スタジオにいられるのも怖いけど、ジャニーさんのイメージと方向性が違っていたら、その場で微調整がきくかもしれないでしょ。だけど、完成したものを聴いていただいてダメだったら、もう直しようがない。

西寺　たしかに（笑）。去年、錦織さんにいろいろとお話を伺って腑に落ちたんですけど、やっぱりジャニーさんは京平さんのことを、音楽家として最大級にリスペクトされていたんですね。少年隊についても、一作曲家としてではなくある種の音楽的統括者として任せていた部分もあったと。

船山　うん。それは間違いないです。

西寺　たとえば少年隊みたいにジャニーさん個人の思い入れが強いグループは、曲作りもわりとトップダウン方式に近かったんじゃないかって。僕も昔は想像していたんですね。だけど当事者にお話を伺うと、必ずしもそうじゃなかった。むしろ京平さんがプロデューサー的役割も担っておられたというのは、裏側を知らない僕にとっては発見でした。

船山　さっきも話したように、京平先生が書かれるメロディー自体は実は時代の流れにほとんど左右されてないわけ。音の並びだけ分析するとね。あくまで歌い手の声の魅力を引き出しつつ、日本語の歌詞がきれいに乗ることに重点が置かれている。

西寺　はい。

船山　その分、サウンドについては周囲が「え？」と驚くようなキャスティングをされる方だった。「仮面舞踏会」なんかその最たる例だけど、コンセプトも斬新だし、ちゃんと時代の流れにフィットした飾り付けができているでしょう。そういうプロデューサー的な耳やセンスは、本当に卓越していた。だからあれだけ長い間、第一線で書き続けることができたと思うんです。

西寺　ノーナ・リーヴスみたいな若手バンドの曲をわざわざプロデュースしてくださったのも、そういう気持ちが大きかったのかなと。

船山　まあ、京平先生の生涯トータル作曲数が2700曲以上だからね。その数字を聴くと、ちょっと気が遠くなるもの（笑）。そのうち僕が組ませていただいたのが約300曲。2位の萩田光雄先生が約250曲。2人だけで550曲くらいあるんだもん。これだけ発注される作曲家って、もう二度と出てこないと思うよ。

西寺　僕に言わせれば、京平さんから300曲も発注された船山さんも、十分すぎるくらいモンスターですけど（笑）。ちなみに、長いお付き合いの中で、京平さんから没を食らったことってあったんですか？

船山　どうだろう。京平先生から直接ダメ出しを食らったことは、覚えている範囲ではないかな。ただレコード会社のディレクター判断で、レコーディングした音源がお蔵入りになったことはあります。昔はけっこうあったんですよ。当時はプリプロ音源なんて存在しないですから。

西寺　あ、なるほど。スタジオにミュージシャンを集めて音を出してみるまで、どんなサウンドになるか、ディレクターには見当も付かなかったんだ。

船山　そう。今は誰でも簡単にデモが作れちゃうけど、当時はアレンジャーがいくら細かく譜面を書いても、大抵のディレクターは頭の中で音を鳴らしたりできないからね。大編成のストリングスも押さえ、とりあえずスタジオで音を出してみたけど、全然ダメだったとか（笑）。そういうときは仕方ないからそのままレコーディングして、後で別のアレンジャーに再発注するわけ。京平先生の仕事でいうと、小泉今日子の「なんてったってアイドル」（‘85年）とかがそうかな。あれは当初、僕がアレンジを担当していたけどボツになって。

西寺　へえええ、そうだったんですか！　知らなかった。

船山　鷺巣詩郎が再アレンジして世に出たんです。反対に別のアレンジャーがやったけどダメで、僕のところにきた楽曲というのもけっこうあります。

TOKIO
「AMBITIOUS JAPAN!」
（2003年）

西寺　ジャニーズの楽曲に話を戻すと、僕は最近、TOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」が大好きなんです。もちろんリリース当時からいい曲だなって思ってはいたんですが、発売当時は「かなりオールド・スクールだな」とは感じていたんです。ただ時が経つにつれて自分の中でどんどんその凄みに気がついてきた次第で。おこがましいけれど、今では京平さんの最高傑作の1つじゃないかと。

船山　本当にそうだね。ザ・京平メロディーという感じで。

西寺　今でも東海道新幹線の車内チャイムに採用されていたり、普通の作曲家ならこれ1曲で歴史に名前が残るレベルじゃないですか。船山さんにとってもおそらく会心の1曲というか、このときは久々に気合いが入ってたのでは？

船山　いや、作業自体はいたって普通だった気がするよ。送られてきたデモを聴いて、いかにも京平先生らしいキャッチーで耳に残るメロディーだと思って。特に気負うこともなく、自然体でアレンジを書いた記憶があります。むしろ、レコーディング現場の方がすごく印象に残ってますね。JR東海のタイアップということで、まずは関係者の数も多かったし。先生は作詞のなかにし礼さんと一緒にスタジオにいらっしゃって……。

西寺　へええ。

船山　僕が「どうでしょう？」と聞いたら、一言「うん」と仰ったんです。で、結果的にはこの「AMBITIOUS JAPAN!」が、先生と一緒にスタジオに入った最後の仕事になった。その意味ではすごく思い出深い曲だし。今にして思えば、あんな自然体のアレンジが書けたのは、変な話、京平先生が乗り移ってくれた感じもあるんだよね。もちろん後から考えれば、ということだけど。

西寺　なるほど、そうだったんですね。正直に言うと、リリースされた当初は、メロディーも言葉も少しベタに感じたりしたんです。

船山　うん、無理に捻ったところがないというかね。

西寺　でも今は僕も年齢を重ねて、あの晴れ晴れしさこそが「AMBITIOUS JAPAN!」の凄さだということが分かってきた。「旅立つ人よ　勇者であれ」というサビのフレーズとか、伸びやかで最高じゃないですか。なかにし礼さんの歌詞も相まって、京平さんのメッセージが凝縮されてる感じがありませんか？

船山　本当にそうだね。

西寺　去年の夏、A.B.C-Zというジャニーズのグループに「チカラノアリカ」という曲を書かせてもらったんですね。彼らが主演した舞台「オレたち応援屋!! on stage」の主題歌なんですが、僕の中でちょっと「AMBITIOUS JAPAN!」を意識したところがあって。

船山　あ、そうだったんだ。

西寺　もともと僕は、メロディーを細かく繋いでいくのが好きなんですね。でも、舞台で歌うA.B.C-Zをイメージしたとき、TOKIOの魅力である王道のロック感っていうのかな。細かい展開をちょこちょこ積み重ねるよりは、白玉（全音符）を用いた伸びるメロディーラインがあった方がいいんじゃないかと自問自答していた。それで、事務所のご厚意で船山さんにアレンジをお願いできることになったと聞いて、めちゃくちゃ嬉しかったんですよ。

船山　僕も楽しかった。久々に贅沢なレコーディングだったよね。

西寺　はい。一流のミュージシャンを集めてもらい、ストリングスやホーンも含めて生音でしっかり録れた。まさに“船山アレンジ”と言うべきゴージャスなサウンドに仕上がっていて感激しました。前半でも話に出ましたが、僕たちノーナ・リーヴスは2000年に京平さんプロデュースで「LOVE TOGETHER」「DJ! DJ! 〜とどかぬ想い〜」というシングル2枚を出してるじゃないですか。そのときに教えていただいたことを、他ならぬジャニーズの楽曲で自分なりに実践できた達成感もあって……。

船山　うん、なるほどね。

西寺　それで「やったあ！」と思っていた矢先に、京平さんの訃報が届いたんですね。その意味でも運命的なものを感じましたし。こうやって船山さんとの出会いがあり、お仕事でご一緒させていただけたのは僕の中ではめちゃくちゃ嬉しいことなんです。何だろう、船山さんを通じて筒美京平さんという偉大な作曲家ともまた、自分の中の繋がりが復活させられて気がして。

船山　それは僕も同じ。郷太がそう感じてくれたのならすごく嬉しいね。

西寺　最後に1つ、せっかくなので超ベタな質問をしていいですか？

船山　どうぞ、どうぞ（笑）。

西寺　京平さんとのお仕事で、船山さんがご自分の最高傑作だと感じる曲ってどれですか？

船山　うわー、それ聞く？　うーん……どうだろうねえ。

西寺　何せ300曲ありますもんね。

船山　そうだなあ、純粋に技巧的なところで言うと「仮面舞踏会」かもしれないですね。その時点で持っていたあらゆるテクを総動員して、プレッシャーを突破したという意味では。ただ京平先生との個人的な思い出となるとやっぱり、C-C-Bの「Romanticが止まらない」かな。

西寺　予想を上回る大ヒットになって、京平さんに「何でもやっとくもんよね」と言わせた、あれですね（［前編］参照）。

船山　そう。最初、京平先生は気に入ってなかっただけに、秘かに「やったぜ」と思ってね（笑）。心の中でニヤリとした数少ないエピソード。ただ僕の場合、京平先生とは「これが1位を獲れなかったらもう発注はこないぞ」って緊張感の中でずっとお仕事をさせていただいてましたから。その意味では「仮面舞踏会」も「Romanticが止まらない」だけじゃなく、どの曲も、終わった瞬間にはその時点で最高の作品なわけ。そういう経験を積み重ねた結果としての300曲だから、1つ最高傑作を選ぶのはやっぱり難しい。

西寺　ですよね……。

船山　まあ、京平先生に振り落とされないように無我夢中でやってきただけ、とも言えるけれど（笑）。

西寺　　僕に言わせれば、そうやってモンスター級の才能を持った2人が真剣勝負でぶつかり合った結果、日本歌謡史に残る名曲群が生まれたと。今日、船山さんとお話しして改めてそのことが分かりました。僕も武部聡志さんが中心になって作られるトリビュート盤『筒美京平SONG BOOK』に参加させてもらい、若くてとんでもない才能の持ち主であるシンガー、アイナ・ジ・エンドさんが歌う「ブルーライト・ヨコハマ」をプロデュースさせてもらいました。京平さんが亡くなり、いろんなところで追悼の特集が組まれていますが、本当の意味で音楽的な再評価はまだまだこれからだと思います。

船山　多くの方が思っている以上に、偉大な作り手ですからね。昨今の日本のポップスって、歌詞の比重が極端に大きいヒット曲と、終始リズム的な世界で引っぱるヒット曲に二極分化していて。メロディーの要素が意外に置き去りにされがちだと思うんですね。日本だけじゃなくて、世界的な傾向かもしれない。でも人はどんな時代でも、心の底ではいいメロディーを欲しているものですし。むしろ今後は反動もあって、その傾向が強まってくる気がする。そういうとき、生涯をかけてキャッチーな旋律を追求した京平先生の存在感は、ますます大きくなっていくんじゃないですかね。

西寺　と同時に若いポップスファンには、京平さんと一緒に時代を創ってきた船山基紀というアレンジャーの仕事に、もっともっと触れてほしい。もちろん、筒美京平以外の作品も含めてね。心から僕はそう思います。今回の『船山基紀 サウンド・ストーリー～時代のイントロダクション』というボックスは、最高の入り口になると思いますし。実際、船山さん再評価の波はTBSラジオ『アフター６ジャンクション』でも特集しましたが、とんでもない反響でして。これからさらに高まるはず、と僕は思ってますので。

船山　郷太ありがとう。最後にうまくまとめたね（笑）。

司会進行・文／大谷隆之　 写真／島田香

船山基紀（ふなやま もとき）

1951年東京都目黒区生まれ。幼い頃から音楽への興味は強く、譜面を読み書きすることが得意な少年であった。中高は吹奏楽、早稲田大学ではハイソサエティ･オーケストラでサックス奏者として活動し、コンサートマスターも務めた。在学中にアルバイトで始めた財団法人ヤマハ音楽振興会のポピュラーソングコンテストで編曲の基礎を学ぶ。’74年よりフリーの作編曲家として本格的に活動を開始、デビュー作は中島みゆき「アザミ嬢のララバイ」。’77年には沢田研二「勝手にしやがれ」で日本レコード大賞を受賞。五輪真弓「恋人よ」、渡辺真知子「迷い道」などニューミュージックを代表する作品を手がけていく。‘82年からL.A.に拠点を移し、そこでデジタル･シンセサイザー『Fairlight CMI』に出会い衝撃を受ける。帰国後シンセサイザーと従来のスタジオミュージシャンによる演奏などをミックスさせた新しい楽曲制作のスタイルでC-C-B、Wink、中山美穂、小泉今日子、松本伊代、森川由加里など80年代アイドル全盛期の礎を築く。特に筒美京平氏作品の編曲数は氏の作品中最も多く、数々の賞を受賞している。また、80年代の田原俊彦、少年隊に始まり、近藤真彦、TOKIO、SMAP、KinKi Kids、V6、光GENJI、KAT-TUN、NEWS、タッキー＆翼、嵐、Hey!Say!Jump、Sexy Zone、A.B.C-Z、関ジャニ∞、King&Princeなど歴代ジャニーズグループの編曲も数多く手がけている。近年ギタリスト増崎孝司とのユニットMoto&Masu名義でCDもリリース。常に最前線に身を置き、意欲的に創作活動を行っている。

4枚組CDボックス『船山基紀 サウンド・ストーリー～時代のイントロダクション』こちら

西寺郷太（にしでら ごうた）

1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド、NONA REEVESのシンガーとして、’97年デビュー。音楽プロデューサー、作詞・作曲家として少年隊、SMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、中島美嘉、The Gospellers、渡辺美里、鈴木雅之、私立恵比寿中学、ヒプノシスマイクなど多くの作品に携わる。マイケル・ジャクソンを始めとする80年代音楽の伝承者として執筆した書籍の数々はべストセラーに。代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(’14年／扶桑社)、『プリンス論』（’15年／新潮新書）、『伝わるノートメソッド』（’20年／スモール出版）、『ディスカバー・マイケル THE BOOK』（’20年／スモール出版）も好評発売中。2020年、6年ぶりのソロ・アルバム『Funkvision』リリース。

NONA REEVES オフィシャルウェブサイト
http://www.nonareeves.com/Prof/GOTA.html

西寺郷太　大好評連載！ otonano「It’s a Pops」はこちら

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評伝・筒美京平
Vol. 3

Vol. 2から続く

●Idol Pop

アイドルがアイドルとして成立するために欠かせない要素だった筒美楽曲

筒美京平という作家を語る際に外せない要素として、アイドルへの楽曲提供が挙げられる。本来アイドルのイメージ作りは、作曲家というよりも作詞家の方が比重は高いと思われているかもしれない。確かに、山口百恵にとっての阿木耀子、松田聖子にとっての松本隆といったアイドルと作詞家の関係は、作曲家との関係に比べると非常に重要だ。とはいえ、筒美がこれまでに手掛けてきた膨大なアイドルへの提供曲は、それぞれの個性を活かし、輝かせ、そしてスターへと導いていったことに変わりはない。そう考えると、筒美の楽曲は、アイドルがアイドルとして成立するために欠かせない要素だったことは間違いないだろう。

筒美による最初のアイドルへの提供曲は何かというと、これは少し定義が難しい。作家デビューの「黄色いレモン」は青春歌謡アイドルといわれていた望月浩が録音したものだったし、オックスやザ・ジャガーズといったGSグループもアイドルというくくりに入れてもおかしくはない。ただ、本格的にアイドル歌謡ということでいえば、やはりその第一歩は南沙織だろう。実際、彼女は“日本におけるアイドルの第1号”といわれることもあるくらいだ。

沖縄出身の南沙織は、地元のテレビ番組でアシスタントをしていたところ、ソニーの関係者に見初められてデビューに至った。プロデューサーはその後も数々のヒットを飛ばした酒井政利。起用された作詞家は有馬三恵子。そして作曲家は筒美京平だった。1971年にリリースされたデビュー曲「17才」は、リン・アンダーソンの「ローズ・ガーデン」にヒントを得て書かれたものだが、南の溌剌としたイメージを作り上げるには申し分のない名曲だった。その後もモータウン風の「ともだち」（1972年）、ロック・テイストの強い「純潔」（1972年）、ドリーミーなソフトロック「哀愁のページ」（1972年）と次々と佳曲を連発。有馬の描く歌詞の世界と相まって、筒美が彼女のために書いたメロディはいずれもその後のアイドル・ポップの雛形になるような完成度だ。「色づく街」（1973年）あたりから少しずつ大人っぽさを売りにしていくが、それでも彼女の楽曲はアイドルとしての輝きを放っている。

南沙織に続いて筒美が関わったアイドルは、小林麻美、麻丘めぐみ、浅田美代子、水沢アキ、榊原郁恵、石野真子などが挙げられる。おそらく南の成功で依頼も増えたのだろう。それぞれの個性を踏まえて作られた楽曲はどれも見事だが、とくに麻丘めぐみ「わたしの彼は左きき」（1973年）のキャッチーさは、筒美のアイドル・ポップというジャンルを確立した一曲といってもいいかもしれない。ノリのいいテンポ感、テレビの歌番組で映える印象的なイントロ、インパクトのあるメロディに乗せてキャッチコピー的なサビのフレーズを歌わせる。その上で、個々のキャラクターをしっかりと表出させていく。こういった手法は、筒美の十八番となっていくのだ。

この手法が本格的に花開くのが、空前のアイドル・ブームとなった1980年代前半だ。松田聖子と中森明菜を2大巨頭としたこのブームは、おニャン子クラブが現れる1985年頃まで多数のヒット・アイドルを生み出したが、その中枢にいた作曲家のひとりが筒美だった。松本伊代には、作詞家の湯川れい子と組んだデビュー曲「センチメンタル・ジャーニー」（1981年）でオールディーズ風のメロディを用い、“伊代はまだ16だから”という強烈なフレーズで若者の耳を捉えてブレイクさせた。また、早見優に書いた屈指の名曲「夏色のナンシー」（1983年）では、彼女の健康的なイメージをサビで最大限に表現すると同時に、Aメロやブリッジの切ないフレーズでフェミニンさもアピールすることに成功した。もともと歌の上手さに定評があった河合奈保子には、「エスカレーション」（1983年）、「唇のプライバシー」（1984年）、「北駅のソリチュード」といった歌唱力を誇示する楽曲を提供し続け、後に花開く彼女のアーティスト性の片鱗を示してくれた。

筒美が手がけた多数の女性アイドルの中で、最高峰といえるのが小泉今日子であることは間違いない。ただし小泉はリリースごとに作曲家を変えることが多く、筒美が最初に手掛けたのも5作目のシングル「まっ赤な女の子」（1983年）からだ。しかしこの曲が彼女のキャラクターを一気に押し出すことになる。佐久間正英のアレンジによる生バンドとテクノポップの融合といえるユニークなアレンジの力もあるが、何より筒美にしか書けないインパクトのあるメロディは特筆すべきだろう。ニューウェイヴ風のサウンドとソウルフルな女声コーラスに導かれるイントロに続き、敢えて音を外しているように聞こえてしまうAメロを歌わせ、さらにはAメロ以上に奇妙な展開をするパンチの効いたサビでインパクトを与える。この曲はどこから切り取っても、他のアイドルとは一線を画した強烈な楽曲だった。そして、それまでの彼女のシングルとは違って、大いに弾けた印象をもたらしたのは大きい。その後も筒美は「ヤマトナデシコ七変化」（1984年）や「なんてったってアイドル」（1985年）のようなエポックメイキングなヒットを手掛けたが、「まっ赤な女の子」があったからこそ成功したといえるのではないだろうか。これらの楽曲以外にも多数の名曲を提供し続け、小泉のアーティスティックなアイドルというブランディングに寄与することになる。

筒美が手掛けたその他の女性アイドルで特筆しておきたいのは、斉藤由貴「卒業」（1985年）、薬師丸ひろ子「あなたを・もっと・知りたくて」（1985年）、中山美穂「WAKU WAKUさせて」（1986年）、本田美奈子「1986年のマリリン」（1986年）などがある。いずれもそれぞれのキャラクターを理解した上で最大限に個性をアピールすることに成功している。筒美は80年代の量産期を過ぎた90年代以降も、西田ひかる「ときめいて」（1991年）、内田有紀「TENKAを取ろう！ -内田の野望-」(1994年）、鈴木蘭々「泣かないぞェ」（1995年）、中川翔子「綺麗ア・ラ・モード」（2008年）といった名作や問題作をアイドルに書き続けたが、いずれも80年代の膨大かつクオリティの高い仕事量がバックボーンにあってのことであり、それは晩年まで続くのである。

筒美が成功に導いたのは女性アイドルだけではない。男性アイドルでも次々と結果を出していった。その最初のひとりが郷ひろみだ。高校生の時にフォーリーブスの弟分として芸能活動を始めた郷は、1972年に筒美による「男の子女の子」でデビューを果たした。このデビュー曲はいわゆる60年代のバブルガム・ポップを下敷きにしたようないかにもアイドルらしい楽曲だが、岩谷時子の一風変わった歌詞と、“ゴーゴー”と合いの手が入るもので誰が聴いても耳に残る非常に破壊力のある一曲だった。このコンビでは「小さな体験」（1972年）、「裸のビーナス」（1973年）、「モナリザの秘密」（1973年）といったソウル・フィーリングに満ちたナンバーや、軽快なロックンロールの「花とみつばち」（1974年）など多数のヒットを生んだ。岩谷とのコンビ以外でも、安井かずみとタッグを組んだ「よろしく哀愁」（1974年）、楳図かずおが歌詞を提供した「寒い夜明け」（1976年）など話題作を作り続けたが、筒美が書いた郷の楽曲はいずれも、一度聴いたらなにか引っかかるフックがあり、独特の声質とのバランスで絶妙な世界を作り上げていた。この得も言われぬ“違和感”のようなエキセントリックなテイストは、筒美が手掛けるアイドル・ポップの特徴といっても過言ではない。もちろん、同時期に手掛けていた野口五郎のように、歌い上げて聴かせる楽曲を提供することも多かったが、アイドルに関しては独自のポジションで唯一無二のアイドル・ポップを展開していったのである。

そして、アイドル・ポップ職人としての技は、80年代になるとさらに研ぎ澄まされていく。男性アイドルで最も成功したのは、当時たのきんトリオといわれて絶大な人気を誇った近藤真彦と田原俊彦だ。近藤真彦は松本隆と組んで「スニーカーぶる～す」（1980年）、「ヨコハマ・チーク」（1981年）、「ブルージーンズメモリー」（1981年）とヒット曲を連発し、近藤の少し不良っぽいイメージ戦略を見事に体現した。この頃のトレンドでもあったロッド・スチュワートやブロンディなどディスコのエッセンスを加えた洋楽からヒントを得たのも、近藤の少しワルなイメージを打ち出したこと考えての結果だろう。さらには伊達歩（伊集院静の変名）の作詞による「ギンギラギンにさりげなく」（1981年）や「情熱☆熱風☽せれなーで」（1982年）の大ヒットによって、近藤は不動の地位を築いた。

一方、田原俊彦は王子様的なイメージを守りながら、「君に薔薇薔薇…という感じ」（1982年）、「原宿キッス」（1982年）、「ラブ・シュプール」（1982年）、「シャワーな気分」（1983年）と、近藤に比べるとライトなポップに仕上げ、同じディスコ・ビートを取り入れていても、いい意味で軽くてナンパな雰囲気をうまく醸し出していた。とはいえいずれもタイトルや歌詞のインパクトをうまくメロディに落とし込んでいて、楽曲の完成度は非常に高い。近藤と田原はライバルであったが、その状況を絶妙に楽曲のテイストで比較し、彼らの立ち位置を決定付けることに成功した。

こういった郷ひろみから続く、ジャニーズの系譜を汲みつつも、新たなスタイルで一世風靡したのが少年隊だ。1985年にレコード・デビューした彼らのファースト・シングルは「仮面舞踏会」。ダンサブルでエモーショナルなナンバーは、筒美のジャニーズ系に書き下ろした楽曲の最高傑作といわれることもある。確かに筒美が手掛けたダンス・ミュージック系のナンバーでは最もキャッチーなもののひとつだろう。歌って踊れるというスタイルは、筒美のディスコ趣味にも火を付けたことは想像に難くない。その後も、「デカメロン伝説」（1986年）、「バラードのように眠れ」（1986年）、「stripe blue」（1987年）と踊れるナンバーが続いた後、バラードの名曲「君だけに」（1987年）をリリース。この曲は筒美が70年代によく使っていたフィリー・ソウル風のアレンジを踏襲しており、70年代に確立したソウルフル＆メロウな筒美メロディの発展形が少年隊であるということをまざまざと感じさせてくれた。そして、船山基紀によるファンキーでゴージャスなアレンジが見事な「ABC」（1987年）で、男性アイドル・ポップの頂点といってもいい完成度の高い楽曲を提示するのだ。

90年代以降にも筒美はジャニーズのタレントに楽曲を提供し続けた。SMAP「心の鏡」（1992年）、Kinki Kids「やめないで,PURE」（1999年）、TOKIO「AMBITIOUS JAPAN」（2003年）など佳曲が揃っているが、80年代に比べると一気に数が減ってしまったのが残念だ。この時期は井上陽水、小沢健二、ピチカート・ファイヴなどとのアーティスティックなコラボレーションが増え、筒美の音楽性が音楽ファンから再評価され始めている。いわば量産型ヒットメイカーというスタイルから脱却していく過渡期ともいえ、逆にいえば職業作家としてのピークは80年代のジャニーズで締めくくられたといってもいいのかもしれない。

●Epilogue

筒美京平は1960年代から50年以上に渡り、ヒットメイカーとして音楽業界に大きな影響を与えた。彼が最後に提供した楽曲は、2019年に声優の田所あずさに書いた「あなたの淋しさは、愛」。晩年の10年はほぼ引退に近い状態だったが、それでも時折印象に残る楽曲を生み出していた。時代に寄り添うのではなく、時代を作り上げてきた作曲家。筒美京平が歌謡曲、そして日本の音楽業界に残した宝物のような楽曲の数々は、いつまでも人々の心のなかで鳴り響き続けるだろう。

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栗本 斉（くりもと ひとし）

1970年、大阪府生まれ。
レコード会社勤務中の90年代初頭から、和モノDJ＆音楽ライターとして活動開始。“喫茶ロック”シリーズなどを立ち上げる。
2005年1月から2007年1月まで、知られざる音楽を求めて中南米を放浪。2年間で行った国は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ボリビア、ペルー、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、トリニダード･トバゴ、パナマ、メキシコ、キューバの、合計14カ国。
帰国後は旅と音楽にこだわり、ラジオや機内放送の企画構成選曲、音楽＆旅ライター、コンピレーションCD企画、ライナーノーツ執筆、講演やトークイベント、結婚式場のBGMコーディネート、ビルボードライブのブッキング企画などで活動中。現在は沖縄県糸満市在住。
得意分野はアルゼンチン、ラテン音楽、ワールドミュージック、和モノ、中南米ラテン旅、沖縄、世界遺産など。
旅と音楽をこよなく愛する旅人/旅＆音楽ライター/選曲家。

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