――『想い出グラス』(’10年)『黄昏グラス』(’13年) 『宵待グラス』(’16年)に続く最新作『止まり木グラス』が発売されました。ジャケットや収録曲を見ると今作もシリーズコンセプトにはブレがないようですね。
尾形 そうですね! あくまでひとりでお酒を呑むときのシチュエーションから生まれたコンピレーションCDシリーズですから。今回もカラオケでも歌えるのがポイント。前回のインタビューでも同じことを言ったかもしれませんが、ひとりでグラスを傾けていると、昔の恋沙汰や、別れた恋人はいま幸せなんだろうかと想うこともあるじゃないですか。男は当然(笑)、女性だってホロ酔いのなか好きだった男との出逢いや別れのシーンを想い出すこともあるはず……という想いから、前回は男女混合の歌声で『宵待グラス』を企画したんですけどね。
―― 『宵待グラス』はとても好評だったようですね。
尾形 嬉しいですね~。おかげさまで好評を頂きました。決して派手なセールスではありませんがジワリと。口コミもあったのでしょうか。そう、お酒の酔いのように段々と浸透していって息の長いCDとなりそうです。そんななかで「今度は女性だけのコンピを聴きたい」という声が届くようになりました。自分自身も「いつかは女性の歌声だけのコンピ」という気持ちがあったので、前作からまだ半年しか経っていなかったけれど、勢いで、エイ!と制作に着手しました。
―― せっかくなので“止まり木”の意味を教えてください。
尾形 あ、わからない人もいますよね。一応あらためて説明すると「止まり木」はスナックやバーのカウンターの前に置く脚の高い腰かけ椅子のことですね。カウンターに止まって休んでいるわけ。あ、そうそう、これも以前お話したかもしれないけれど、サラリーマン人生の中で、北は北海道の旭川から、南は沖縄の那覇まで全国各地のスナックやバーに行っているんです。
―― カラオケ最新事情の視察と趣味を兼ねてですよね(笑)。
尾形 そうそうそう(笑)。でね。どこの街にも、どこのカウンターにもいらっしゃるものなんですよ。見た目にカッコいい止まり木なお姉さまたちが。思わず声をかけたくなっちゃう、ようなね……。
―― ……声をかけてるんですよね?
尾形 かけない、かけない! そんな性分じゃないから。だから、ホラ、視察だから!! そういう意味で言えば、止まり木な女性視点だけのコンピレーションCDは、スナック全国行脚中にもう構想だけは出来上がっていたんですよ。で、今回あらためて選曲したのですが、最初に研ナオコ「窓ガラス」、和田アキ子「だってしょうがないじゃない」、テレサ・テン「別れの予感」の3曲は浮かんでいたんです。僕のなかの止まり木な女性曲三傑というべき、コンピの核となる重要な曲ですね。
―― 研ナオコさんは前作『宵待グラス』では「ひとりぽっちで踊らせて」がラストを飾っていました。今回も重要な位置……。
尾形 そう! そこがポイントなんですよ。研ナオコの「窓ガラス」は「ひとりぽっちで踊らせて」と同じく中島みゆきさんの作詞、作曲なんですが、共にひとりで呑む時には本当に最高のBGMなんですよね。「窓ガラス」なんて♪ふられても ふられても~ほら、口ずさむだけで、ホロ酔い気分。大好きです!
―― でもオープニングは由紀さおり「TOKYOワルツ」……。
尾形 そう! だから、そこがポイントなんですよ!! あ、2回同じこと言いました?
―― 言いました(笑)。
尾形 ……なんだっけ。あ、そうそう。だからグラスシリーズの大事なテーマでもあるひとりで歌うというシチュエーションのフィルターを通してみると、「窓ガラス」はカラオケでは少し難しいんですよね。これは私見ですけどね。歌詞もいい意味で強烈だから(笑)。若い人のカラオケボックスと一緒でオープニングはある程度一緒に歌える曲のほうがいいんです。だから今回は由紀さおりさんの「TOKYOワルツ」を1曲目、「窓ガラス」を2曲目にしたんです。由紀さんは「生きがい」「手紙」とか個人的に好きな曲がたくさんあるのですが、上司の加納(執行役員)が「TOKYOワルツ」を薦めてくれたんですね。
―― 最強アドバイザーですね。
尾形 そうそう。それで1曲目に置いてみたら、これが、バッチリとはまりましたねぇ~。元々たくさんの方が歌っている曲だけあって存在感がありますしね。男悪い、女悪い、いやいや東京が悪いって三拍子そろった「TOKYOワルツ」。素敵な曲ですね。え!? 研ナオコもカヴァーしている? ま、それは偶然です(笑)。
―― 存在感でいえば和田アキ子の「だってしょうがないじゃない」も抜群の知名度ですね。
尾形 でも和田アキ子さんって、モノマネの影響もあると思うけれど、声を張りあげる歌の印象が強いんですよね。「笑って許して」しかり「あの鐘を鳴らすのはあなた」しかり。どれも名唱だけれどひとりでカウンターで聴くには、ちょっと構えちゃうかな。歌声がしんみりと身体に入ってきて欲しいのは、肩に力が入っていない歌い方のほうがいいんですよね。なんだかんだ言ってもこの方は歌はやっぱり上手いですから。こういうバラードもサラリと歌えちゃうんですよ。最後から3曲目。位置的にはCDのクライマックスへ繋ぐハイライトという感じでしょうかね。
―― 最後はテレサ・テンの歌声でした。
尾形 はい。曲順は入れ替えを繰り返し相当悩んだけれど、じつは最後にテレサ・テンさんにすることは最初から決めていました。わりと明るい感じの別れ方をする曲でエンディングを迎えたかったんです。全体の選曲の時点から失恋経験で暗くなるような曲とか、重い別れの描写曲は意識して外していたので、なおさら最後にリスナーにドロドロした感情や思い余韻を抱かせたままで終わりたくはなかったという気持ちはありました。だから言い方を変えれば、さっぱりとした「別れの予感」に、どう繋いでいくかだったんですね。
―― 女性の感情や想い。男性として判断するのは難しくなかったですか。
尾形 それこそ逆に男性ディレクターだから客観的に判断できたんだと思いますよ。選曲の段階で感情移入し過ぎると全体のバランスを見失うというかテーマからずれていきがちですから。もちろん自分は男性視点ですが、それなりの人生を積んできていますからね(笑)。
―― 経験値はもちろんですが、もし自分がディレクターだったとしても、ひたすらヒットチャートを追いかけてきた僕にはこのコンピは絶対に作れないですよ。有名曲が少ないですから。
尾形 はっきり言いますね(笑)。でも言わんとしていることは分かっていますよ。まさに、それこそがこのグラスシリーズのコンピ制作の醍醐味でもありますから。懐かし振り返り系の歌謡曲特番ではオンエアされない曲たちですからね。収録歌手の代名詞で集めたのではなく、あくまでカウンターでカッコよくアルコールを口にする女性の止まり木をイメージして収録していますから。これだけ世の中に曲があるのに、テーマに準じて18曲に絞り込んでいくという過程は何度経験してもやりがいを感じますね。
―― シリーズ一貫のお酒デザイン。今回ジャケット写真のグラスに注がれたのは赤ワインでした。
尾形 シリーズでオンザロック、カクテルと来て、やっぱり今回は女性が主役、ワインレッドにしてみました。そんなカウンターに止まり木する2人の女性にワインを注いでいる着物のママは演歌歌手の石原詢子さんです。インナージャケットの裏表紙にはカウンターに座ってホッと一息ワインを嗜む姿が載っています。すごく綺麗でしょ。カッコ良く言えば「友情出演」です。
―― お仕事をご一緒したことがあったのですか。
尾形 はい。演歌制作時代、それこそデビューの時から知っています。初めてお会いしたのは博多中洲の喫茶店。もう30年近く前になりますね。彼女は演歌アイドルとして「ホレました」でデビューして、そのキャンペーンで九州に来ていたんです。自分はまだ映像の部署にいた頃で、たまたま出張先が九州だったので紹介されたんです。そうだ、1988年でしたね。
―― 演歌制作部署でも交流は続いたんですね。
尾形 そうそう、演歌時代、1996年だったかな。シングル「桟橋」のキャンペーンで日の出桟橋発の船上で彼女に頼まれて司会をやりましたね。1992年の「雨の居酒屋」の時は名古屋でボーリング大会を企画したんだけど、はじめお客さんが3人しか会場にいなくてね。10分前になっても増えないわけ。こっちは焦って汗が出てきて(と言いながら実際に汗をおしぼりで拭く)、まいったなーって諦めかけたら、50人くらいドバっと来場してきてね。名古屋の人は来るのが遅いんだから!ってみんなで苦笑いですよ。あとね、彼女はゴルフが上手いんですよ。一緒にコースをまわったこともありますが、飛ぶんですよ、3番ウッドが。骨格がすごいんだよなぁ……ってこのまま書いてもたぶん怒んないと思うけど(笑)。
―― このあたりにしておきましょう(笑)。でも面白いことに石原さんの曲は『止まり木グラス』には収録されていませんよね。
尾形 うん、そこは彼女の歌の世界観と本作で僕がイメージする世界観が違うから。「友情出演」してくれたからって無理に収録したら彼女の曲に対して失礼でしょう。でも表紙のイメージはピッタシだったからどうしても彼女に着物で登場して欲しかった。事務所の方が二つ返事でOK!と聞いた時には本当に嬉しかった。だから心から感謝です。
―― パリ在住のワイン&フードライター・吉田恵理子さんによるワインコラムも、作品に華を添えていますね。
尾形 作品に豊潤な香りを添えてくれた感じですかね。そもそも自分がワインに詳しくないということもあったので、「シャンパングラスはなぜ細長い!?」「ロゼワインの造り方」「ワインの保存方法について」「ボジョレーヌーボって何」……とてもわかりやすく楽しく読めるように初心者向けに書いてくれましたね。写真も全て彼女が新規で撮影してくれました。今回このブックレットを入稿しながらつくづく自分はビールと焼酎の人間だなぁと実感しましたけどね(笑)。
―― 尾形さんの時代はビールですよね!
尾形 そうそう! 基本的に日本人はビールと日本酒だったんですよ。学生の頃に焼酎を飲んでたら、なんだその匂いはって馬鹿にされた時代ですから。日本人がワインを気取って呑むようになったのは、昨日おとといぐらいのことでしょ(笑)。
―― 今日はワインでいい感じですね。
尾形 大切な『止まり木グラス』のプロモーションだからね(笑)。まさにジャケットのイメージにも合わせてね。正直さっきから我慢しているけど、ここで日本酒ってわけにはいかないでしょ!(笑)。この店、日本酒、頼んでいいの?
―― それじゃ最後に(笑)。前回のインタビューでも同じことを伺っていますが、グラスシリーズはこれからも続きますか?
尾形 今作の制作中にじつは「これでグラスシリーズは最後!」ってずっと思っていたんです。実際秋に定年退職ですからね。でもこうやって話をしながら、それこそ手元の“グラス”を見ているうちに次のプランがぼんやりと浮かんできちゃっています。どうしよう(笑)。でもウチには、今度制作2部の次長になった後藤達也というベテランのヒットメーカーがいるからコンピの売り上げ成績は彼に任せて。僕は隙間を埋めていく作業を最後まで全うしようかなぁ。あれー、また前回と同じことを言ってるよねー(笑)。
インタビュー・文/安川達也 (OTONANO編集部)
尾形靖博(おがた・やすひろ)
株式会社ソニー・ミュージックダイレクト
ストラテジック制作グループ 制作1部 チーフプロデューサー
●1980年、CBS・ソニーレコード(現Sony Music)入社。ソニー・クリエイティブプロダクツにて文具一筋8年、レコードを売るはずが、シャープペンシルや化粧品を売ることとなった同期たちと共に、営業、宣伝、管理、資材部門を経験。何気なく使っていたシャープペンシルに3つの特許があることを知って驚き、文具の深さを知る。その後、CBS・ソニーグループ映像事業部に異動。 レコード営業、演歌制作部等を経験し、GTMusicから現在のソニー・ミュージックダイレクト在籍となる。趣味は、昭和カラオケと競馬観戦。プロの歌手とスナックにカラオケに行って、その歌手が歌ったところ、騒いでいたお客さんたちが、だんだん静かになり、歌い終わったら全員が拍手喝采で、握手を求めてきた。歌手の凄さを目の前で観たことが、サラリーマン人生の宝物のひとつ。
―― カウンターのママ役の石原詢子さんが所属するACレーベルの担当者として寺井さんは全行程に立ち会っていますが、ご自身がジャケットのモデルになるとは思っていなかったのでは?
寺井 このシリーズの『黄昏グラス』(’13年)の時にやはりACレーベルの山本みゆきが登場しているので、人物はボカすなど撮影の内容はジャケットでの展開はわかっていたので、お役に立てればと快くお引き受けしました。ディレクター尾形先輩の頼みですから。でも今日この取材で顔出しになるとは思わなかった(笑)。
谷 私は制作進行の立場から同席していた発売決定会議でディレクターの尾形さんが「女性がカラオケで歌ったら絶対にモテる選曲になっています!」と熱くプレゼンされていたのが印象的だったんです。すごく気になっていた作品に少しでもご協力できればと思っていたので、緊張しながらも楽しく撮影に参加させてもらいました。でも、顔出しになるとは思わなかったです(笑)。
―― 石原詢子さんはインナージャケットの裏表紙でお顔がはっきり出ていますが。お二人の場合、ボカされたままだと余計に気になるというか……すみません。あ、これ男子の性分です(笑)。さらに1,2年先輩の美人OLが、可愛い後輩を励ましている悩み相談の時間を妄想していました。
寺井 やだ、主役は石原さんなのに。ホントに妄想ですね(笑)。撮影の時は、尾形ディレクターから具体的なテーマ設定の説明のようなものはなかったのですが、私は3人で和気あいあいという時間を自然と演出できればいいなぁと思っていました。でも、もしかしたら自然とそういうシチュエーションの空気を作り出していたのかもしれませんね。写真はフォルムで捉えたりするから面白いですよね。谷さんどうでした?
谷 普段からお仕事を一緒にされている石原さんと寺井さんはカウンター越しに実際にお酒の話をされていましたよね。私はこの時が初対面ということもあって少し緊張していましたので姿勢が自然と良くなっていたかもしれません。カウンターでお酒を呑んでいる場面のわりには背筋を伸ばし過ぎているなぁ~とはちょっと感じていました(笑)。
インタビュー・文/安川達也 (OTONANO編集部)
寺井智子(てらい・さとこ)
株式会社ソニー・ミュージックダイレクト
ストラテジックレーベルグループ ACレーベル
谷舞衣子(たに・まいこ)
株式会社ソニー・ミュージックコミュニケーションズ
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