『ハバナ・ムーン ストーンズ・ライヴ・イン・キューバ2016』
原題|‘HAVANA MOON’ – The Rolling Stones Live in Cuba
2016年/110分/16:9/BD/2ch/日本語字幕
- 収録楽曲
- ①Jumpin' Jack Flash
- ② It's Only Rock 'N' Roll (But I Like It)
- ③ Out Of Control
- ④ Angie
- ⑤ Paint It Black
- ⑥ Honky Tonk Women
- ⑦ You Got The Silver
- ⑧ Midnight Rambler
- ⑨ Gimme Shelter
- ⑩ Sympathy For The Devil
- ⑪ Brown Sugar
- Encore:
- ⑫ You Can't Always Get What You Want
- ⑬ (I Can't Get No) Satisfaction
文=寺田正典
このコンサートに関しては日本でも国際ニュースの枠で大きく報じられたのでご存じの方も多いだろう。長く断交していた米国とキューバが54年ぶりに国交を回復、それを受けてのオバマ大統領による歴史的なキューバ訪問(3月20日)の直後にハバナで実現した西側の超大物ロック・バンドによるフリー・コンサートとあっては世界のメディアから大きな注目を浴びるのは必然だった。
映画のタイトルは『ハバナ・ムーン』。これは彼らも尊敬するロックンロールのオリジネイター、チャック・ベリーのファースト・アルバム『アフター・スクール・セッション』(1957年リリース)に収められていた異色のムーディなナンバーからとられている。革命後のキューバが1961年に米国と国交を断絶する以前、ラム酒を飲みながらロックンロールで踊ることも普通だった頃のハバナを舞台にした歌だったが、そんな歌のタイトルを、キューバと米国の国交回復の年に行なわれた記念すべきコンサートの模様を収めた映画のタイトルに持ってくるセンスがまず素晴らしい。このタイトルだけで、この映画の成功は約束されたも同然ではないか!とぼくなどは思ってしまったほどだ。
思えばストーンズが活動を開始したのは1962年。これはまさにキューバ危機が起こった年でもある。以降、ストーンズは東西連戦下で西側世界の若者文化を代表する存在として大きな成功を収めていくが、彼らが「壁」の向こう側の東側の社会に対して高い関心を持ち続けてきたことも見逃せない。1967年に西側の有力バンドとして初めてポーランド公演を行なったのもその例であり、'70年代にはもう中国やソ連での公演の可能性を探っていた。'80年代半ば以降グループ活動が停滞したこともあったが、ベルリンの壁が揺らぎ始めた1989年にはツアー活動を再開、'90年にはチェコスロヴァキア、'95年にはハンガリー、'98年にはロシア、2006年には中国と、かつての「壁」の向こう側の国々の音楽ファンを攻略してきた。そうしたストーンズの活動は、ロンドン経済大学で学んだミック・ジャガーが「壁の向こう」の社会、あるいは人々に対して強く持っている興味に支えられてきたのではないかと推測しているのだが、2016年のキューバでのコンサートは、まさにその集大成と言えるものであったに違いない。それはミックがコンサートの事前調査のために前年10月に単身ハバナを訪れたりしていたことからも十分伝わってきていた。
演奏やセットリストは、この年の2~3月に行なわれた南米ツアーのものが踏襲されているが、2014年に亡くなったボビー・キーズの代わりに加入したサックス奏者のカール・デンソン、長くストーンズ・ファミリーの一員として活動してきたリサ・フィッシャーに代わって起用されたヴォーカリストのサーシャ・アレンといった、新たに加わったメンバーたちの新鮮かつアグレッシヴなサポートぶりにも要注目。'89年のアルバム『スティール・ホイールズ』以来、ストーンズの活動を陰に陽に支えてきたキーボーディスト、マット・クリフォードの好サポートぶりも今回はハッキリと確認できる。そしていつもの「無情の世界」はここでも、ハバナのコーラス・グループとの共演が実現している。
映画のイントロとエンディングで流れるのは『メイン・ストリートのならず者』のデラックス・エディションからの2曲。1972年の傑作アルバムのしかもアウトテイクを何故敢えてこのキューバでのライヴ・ドキュメントの前後に加えてきたのか?なんてこともいろいろと考えを巡らせながら、美しい「ババナ・ムーン」の下で行なわれたミックたちのこの壮大なチャレンジの様子を大画面で存分に味わえる至福! いや、すべてのストーンズ・ファンは、ミック・ジャガーが一番見たかった、現地キューバの音楽ファンたちのピュアな熱狂ぶり、そして終演後も続く、ベロマークTシャツを着た年輩の住人たちの何とも幸せそうな表情をしっかりと確認しておかなければならない。