若林 暢 ストーリー
昨年2016年6月8日に乳がんでこの世を去った、世界的ヴァイオリニスト若林暢(わかばやし・のぶ)。彼女が亡くなったあとも、その余りにも素晴らしいその演奏を惜しんで、誰からともなく若林暢は「魂のヴァイオリ二スト」と呼ばれる。それはなぜなのか。
若林暢の一生は、ヴァイオリンのために全てを捧げ尽くしたような人生だった。彼女を良く知る人たちは、「彼女はヴァイオリニストになるために生まれてきた、唯一無二の至高のヴァイオリンを奏でる人」と讃美する。
若林暢は、生まれて間もない頃からヴァイオリンの音色に特別な関心を持ち、4才でレッスンを始めたときも教えられた先生が恐くなるほどの上達ぶりで、いわば天才少女だった。その後東京藝術大学でも、ニューヨークのジュリアード音楽院でも、国際コンクールにおいても、素晴らしい成果を残している。ジュリアード音楽院では博士号も得て、巨匠ヘンリク・シェリング氏から「貴方の解釈は本当に素晴らしい、まさに完全だ!」と言わしめたほどである
そのような世界的な演奏家として活躍をした若林暢であるが、意外なことに日本ではその名をほとんど知られていない。
プライベートで二度の離婚を経験し、晩年は最愛のご両親の家庭内介護をしながら、自身も乳がんと戦い、肝臓に転移してからは余命宣告を受けながらも、一人で介護と演奏活動を続けるなど、その晩年は苦難に満ちていた。しかし本人は不幸とは思っていなかった。激痛の緩和ケアのための鎮痛剤を打ちながら意識を失うまで、まさに死ぬ間際まで明日を信じて大好きなヴァイオリンを弾き続けた彼女にとって、ヴァイオリンはまさに命そのものであったのである。
音楽の神様は、ヴァイオリンを弾くために生まれてきた若林暢を、至高の芸術家に磨き上げるために、あえて苦難の人生を与えたのかもしれない。それほど晩年の彼女の音楽は凄みを増していった。それがゆえに、その演奏を聴いた者は、誰からともなく彼女のことを「魂のヴァイオリニスト若林暢」と呼ぶのであろう。
今回同時発売される2つのアルバムは、若林暢の「命=ヴァイオリン」そのものである。ブラームス全集は、世紀の巨匠達の名演と比肩する名盤であり、愛奏曲集は、豪華絢爛な絵巻物のような作品から清楚な小品まで、極めて味わい深い作品集となっている。
今、ここに若林暢が遺した至高の芸術が昇陽する。