自然音は不変。今の世の中のニーズに合っている(能勢)
ソニーミュージックの歴史も知ることが出来ましたね(榎本)
―― 通信販売開始から2か月が経ちましたが5枚組CD『NATURE Relaxin’Sounds~心の休日~』が好評です。文字どおり自然な口コミが静かに拡がっているようですが。
能勢 担当ディレクターとしては嬉しいですね。Disc1『波のささやき』、Disc2『セイシェル・鳥の歌』、Disc3『せせらぎのハーモニー』、Disc4『小鳥のシンフォニー』、Disc5『虫のファンタジー』。すべて自然音のみを収録した珍しい内容になりました。
―― このボックスにはベースになった作品があったと聞きました。
榎本 そうですね。“元ネタ”ともいうのでしょうか。それぞれ単体で発売されていた過去のCDがあるんです。本作の企画立案者の立場として、長い歴史があるソニーミュージックの豊富なカタログから見つけた、いや捜した……出逢った、というほうが適当かもしれません。
―― ……出逢う? なんか面白そうですね。詳しい経緯を聞かせてください。
榎本 お話しするとちょっと長くなりますが……。
私が以前在籍したソニー・ミュージックコミュニケーションズで、企業のプロモーションや新規ビジネスを考えるような部門にいまして、そこで、丸の内ワーク&ヘルスというプロジェクトに参加している中で、個人の音楽愛好家ではなく、一般企業と向き合いながら法人ニーズに応えるエンタテインメントに絡めたプランを立てていました。伊藤園さんとオムロンさんとソニーミュージックの3社でお茶、眠り、音楽を併せて、デジタルデトックスというテーマで、セミナーも行いましたね。企業同士で話していくうちに新しいビジネスモデルができたらいいよねとか、これまでとは発想が異なる事業展開ができたらいいよねとか、ディスカッションを繰り返しました。私はレコード会社の人間ですから、音楽提案とは何だろうと自問しながら、資料室から既発のレコードやCDを引っ張り出しては見る、引っ張り出して聴くという時間を重ねていくうちにソニーミュージックの歴史も知ることが出来たんですね。歌謡曲やロックやJ-POP、ジャズやクラシックのカテゴリーには収まらないジャンルがあるということを膨大なカタログからあらためて知っていきました。これはとても良い経験となりました。その時ですね。エコロジー・ナチュラル・サウンド・シリーズとして5枚のCDが発売されていたことを知りました。1991年3月発売なので当時はまだ発売元表記がCBS・ソニーですね。これを新しいパッケージで包んで新しいユーザーにお届けすることができればと……。
―― なるほど。四半世紀前の作品をどうやって現代に蘇えらせるのかがポイントですね。そこで、榎本さんはディレクターとして能勢さんを指名したのですか?
榎本 え、いやだ。私そんなエラくないですよ(笑)。
能勢 だったとしたら光栄です(笑)。僕自身も音楽ボックスをたくさん作らせてもらっているなかで次に新しい内容にチャレンジしたいという時期だったんです。上司の加納本部長(ソニー・ミュージックダイレクト執行役員)からも、音楽以外の企画制作を薦められていて「ウチには音楽以外にも良い作品が沢山あるんだよ!」って。それでリストから探していた時に、榎本さんがちょうど声をかけて頂いたんです。企画ストックを見せてもらいながら「それならこういうの考えているんだけど」って。あ、これだ!と。
―― ピンと来たのですか。
能勢 はい。当時の制作ディレクターが現地に行って、当時の最新の録音技術で録った環境サウンド。もしかして今の世の中のニーズにもあっているかもしれない……と。不変のものなので、古さを一切感じない。それとこれは棚からぼた餅なのですが、作曲者も演奏者も存在しない。著作権オールフリー素材というのは新装パッケージを作る意味では作業行程の簡略の意味でも魅力的でしたね。
オリジナルの鳥の鳴き声が耳に痛かった(榎本)
耳に柔らかく届くイメージを意識しました(能勢)
―― 企画者の榎本さんから、制作者の能勢さんへのリクエストは?
榎本 あらためて当時のCDをデスクで聴き直したら、ずーと、虫の声や鳥の声が1時間程度続くし、これは企画として成り立つのかどうか考えていました。でも当時のCDを聴けば聴くほど海の鳥や虫の声が耳に飛び込み過ぎというかうるさいんです(笑)。能勢さんは私ほど感じなかったらしいのですが、海の鳥の声が少し耳に痛くて、ここは私的、もしくは女性の感覚なのでしょうか。再生環境しだいだとは承知していますが、ヘッドフォンで聴いていたからかもしれません。オープンに虫の声を聴いていたところ、何?何?って、社内でも反応もあり、癒されてきたというような声もきくことができたので、これは商品にしてもいいのかなと、少し自信が出てきました。
能勢 僕は榎本さんの「耳が痛い」を受けて少し考えました。保存状態が良かったのでマスターから起こしていますが、マスタリング作業の時にエンジニアと相談して全体のレベルを意図的に下げて耳に柔らかく届くイメージを意識しました。さらにもういちど聴き直して違和感がないように再調整。そして最後に、あ……これはちょっと社外秘の機材みたいなんですけど、たまたまその部屋にあったその機材を通して音を再生したら奥行きとか臨場感が出たんですよ。それこそまるで森や海にいるかのようなやさしい感じでした。あ、このままの音を刻印したい!と思い高品質Blu-spec CD2を採用しました。BSCD2は音の波形がきれいに滑らかに出るので、アコースティックな音楽に向いているとエンジニアにも進言してもらい、迷うことなく決めました。BSCD2の青いロゴも『NATURE』に合っているなぁって(笑)。
―― 『NATURE』のタイトルは、どちらが?
能勢 僕はいっぱい考えたんですけど、何か音楽パッケージっぽくなっちゃうんです。NATURE SOUND RELAXING とか、NATURE RELAXING~なんとかとか、考えたのは長いやつばっかりで。悩んでいたら、横から榎本さんが「5枚まとめて『NATURE』でいいじゃない!」って。
榎本 シンプルなのが一番かなと・・・
―― でも最終的には『NATURE Relaxin’Sounds ~心の休日~』。
能勢 小さい副題のことですね。通販商品の販売に詳しい村田先輩(ソニー・ミュージックダイレクト企画営業部長)から、「波、鳥、せせらぎ、小鳥、虫……で『NATURE』だけでは図鑑や写真集だと勘違いされちゃうよ」と助言を頂き『Relaxin’Sounds』を加えさらに、「これ平日にも聴いて欲しいですよね? だったら……」。村田センパイからの提案で『心の休日』を添えて、通販パッケージの完成!
榎本 最終的にはこのタイトルで良かったですね。『NATURE Relaxin’Sounds ~心の休日~』なので、もちろん戦略としての言葉の三段落ちみたいなところもみんなの気持ちの中にあったと思うのですが(笑)、『心の休日』という言葉を入れたことによって、手に取る人が変わったというか、おそらく『NATURE Relaxin' Sound』だけだと自然の音が好きな人とか、もしかすると歯医者さんとかヨガのインストラクターさんしか目を向けてもらえなかったかもしれない。『心の休日』が入ったので普段ストレスを抱えている人とか、デジタル音やギターとドラムの音につかれたリスナーが手に取りやすくなったという実感はありますね。
―― あ、もしかして『~心の休日~』の『~ ~』は自然の波を表しているんですか?
榎本・能勢 (顔を見合わせて)え!? そうなの!?
最後はまた海に戻っていけばいいんです(榎本)
原風景にささるものがあるなら制作者冥利(能勢)
―― パッケージ中身もこだわっていますね!
能勢 はい。もちろんです。最初、本当はもっと大きくてそれこそ図鑑みたいな感じでしたね。
Disc1の貝殻の写真なんで何か不格好なくらい大きくて、これおかしいでしょって。なんか音楽が聞こえてこないような感じもしたので、ここに収められた自然環境音とリンクするような写真をデザイナーにリクエストして、ようやくひとつずつがハマり始めました。じつはこのボックス5枚組はオリジナルCDの単体品番通りの順番にはしてないんです。今回のコンセプトとしては、海からどんどん上がってくるDisc1『波のささやき』、Disc2『セイシェル・鳥の歌』、陸に上がってきてDisc3『せせらぎのハーモニー』、Disc4『小鳥のシンフォニー』。そして山にたどり着くDisc5『虫のファンタジー』。おそらく一聴しただけではなかなか伝わりづらいんですけど。
榎本 最後はまた海に戻っていけばいいということですね。聴く人のシチュエーションによってもちろん自由なんですけど、意外とこの順番に聴くと、季節感の演出も含めて違和感がないような……。小鳥のさえずりとか小川のせせらぎ、波など自然の発する音は、高周波数が人をリラックスさせる力があるし、同時に脳を活性化してくれると言われています。自然音が持つ、「1/fゆらぎ」が関係して、聴く人に安心感を抱かせるそうです。例えば、なかなか眠りにつけない、眠りが浅いなど、毎朝最悪の気分で1日を迎えるような方には、就寝前に寝室でご自分の安らげると思う自然音を流しておくと、不安や緊張が自然と和らぎ、質の高い睡眠効果を得ることができるそうです。またイライラ解消、疲労回復、若返り効果まであると言われています。現代社会の病と言われていますが、「NATURE」を聴いて癒して欲しいですね。
能勢 都内の榎本さんと違って、僕なんか家が郊外なので、最寄駅から降りた帰宅路にはここで収録された音がもう自然に鳴っていますからね。こういうシンクロも好きなんです。自分の生まれが長野県ということも関係しているのかな?
榎本 長野のどちらなんですか?
能勢 安曇野です。
―― 個人比ですが関東甲信越ではいちばん水とワサビが旨い場所ですね!
能勢 ありがとうございます! 故郷を褒めてもらえると嬉しいですね。
―― 海に面さない内陸県ですから『NATURE』の中では、Disc1『波のささやき』、Disc2『セイシェル・鳥の歌』の想い出は少ないのでは……。
能勢 そうそう。親戚が新潟にいたので夏休みだけは海を見ていましたが。でもご指摘のとおり僕の想い出にある自然音は、Disc3『せせらぎのハーモニー』、Disc4『小鳥のシンフォニー』、Disc5『虫のファンタジー』ですね。
榎本 懐かしい郷愁の音という意味ですね。
能勢 ま、僕の夏休みは「カブトムシ」なので。
榎本 あ、聴き慣れていたから私のように「耳に痛い」って思わなかったんだ。
能勢 それは、どうでしょうか……あ、関係あるのかな(笑)。制作中は海よりもせせらぎの上流とか虫とかの音がけっこう心地よかったりしましたね。僕自身、いまこうやってお話しするまで意識していなかったけれど、原風景とか原体験に刺さるものが本作にあるとすれば制作者冥利につきます。その手伝いがもし出来ているならばそれは本望かもしれません。
―― アーカイヴ的な掘り起こしプロジェクトは今後も続けていくのですね。
榎本 やっぱり諸先輩方が残してきた作品はもはや財産ですから。楽曲や映像は眠らせて置いたら意味がないんです。いっぱい発掘して、今の人たちに向けていろんな新しい形にして発信していくというのは大変だけど楽しいですよ。私がやらなきゃって言うのはおこがましいかもしれませんが、先ほどお話ししたように音楽業界以外の方と接することが多かった経験を活かしてカタチに拘らない企画で幅広い作品創りを心掛けていきたいですね。
能勢 『NATURE Relaxin’Sounds~心の休日~』に携わったことで、演奏や歌唱の音楽では得られない素晴らしい体験となりました。「いいね、キレイだね」って短い感想がこんなに嬉しいと思えたことも新鮮でした。
―― 今後もおふたりのタッグは続いていく感じですか?
榎本 別に意図的にタッグを組んでいるわけではないのですが(笑)、仕事に対する価値観は近いのかもしれません。そういえばすでにまた動きはじめているプロジェクトもありますよね、能勢さん。
能勢 はい! まもなくタータンハリケーン再上陸です。
インタビュー・文/安川達也
榎本洋子(えのもと・ようこ)
株式会社ソニー・ミュージックダイレクト
マーケティンググループ 企画営業部 チーフ
●Sony Musicに新卒で入社以来、グループ内カンパニーで広報・IR、エコソリューションのマーケティングから、オフィスワーカーに向けたヘルスケア関連のマーケティングに関わる。
一方、ウエディングプロデューサーの資格を活かし、ウエディングコンピレーションCD企画にも携わる。
自治体や企業とコラボレーションした自転車やウォーキングなどスポーツイベント立ち上げ主催事務局運営に関わり、現職。プライベートでは韓国のエンタメに詳しく、ホットヨガにもはまっている。
能勢秀昭(のせ・ひであき)
株式会社ソニー・ミュージックダイレクト
ストラテジック制作グループ 制作2部 ディレクター
●1989年㈱ディスクポート西武(㈱WAVE)入社。 ウェイヴ池袋店、渋谷店のジャズ・バイヤー、クアトロ店の立ち上げの後、㈱BMGビクターに転職。国内盤/輸入盤営業職を経て、クラシック/ジャズの宣伝を担当。その後はAOM制作部で『西城秀樹 THE STAGE OF LEGEND』(DVD BOX)を、洋楽コンピレーション/カタログのディレクターとして『FINE』シリーズ(REGGAE/FRENCH/JAZZ)、『RCA LATIN』 紙ジャケ、『COSMIC JAZZ FUNK』 紙ジャケなどをリリース。 2005年より特販/通販の制作担当となり、2009年SONY MUSICとBMG JAPANの合併後から現職。
プライベートではサッカー観戦&プレイ。サックスほか数種類の楽器演奏が趣味。