京須:今回CDの『荒川十太夫』はとてもいいと思いました。
松之丞::ああ、ありがとうございます。
京須:あれはガンガンやるネタではないですよね。
松之丞:そうですね。
京須:抑えて抑えて、それで訳がわかんなくなるのは駄目だけど、抑えることが大事だと思う。兄弟子になるのかな、山陽くん、彼みたいな人が出て来たのはいいことで、でもその後の動きにがっかりしたんだけど。彼で思ったのは、抑えるところまでまだいってなかった、僕が聴いたネタではね。抑えることが一番大事だとは言いませんけど、もし講談の諸先生方が講談の誇りを持っているんだとしたら、抑えてやってなおインパクトがある芸を目指さなきゃいけないと思う。やっぱり話芸のトップなんですから、歴史的に見れば。先人たちがそういうものを築いてきて僕らの耳に残る講談っていうのは、つまりね、一般市民とは違う、歴史上の超大物が講談師に化身して何かを聞かせているんだと。だからあわてず騒がず、落語家のように「どうか笑ってください、笑いどころなんですよ」とか絶対言わないで、正々堂々と正面切ってやってほしい。
松之丞:なるほど。
京須:当面それは損な道かもしれないけど、10年やったら必ずそれでお客はついてくる。それが『荒川十太夫』では十分に、完全とは言いませんよ、だけど十分に僕はできてると思う。
松之丞:ああ、うれしいなあ。
京須:それからこれは山陽さんとの比較でもあるけど、声のポジションがね、高さ低さ強さ、それがとてもいいんですよ。松鯉師匠もいいけど、もうちょっと高い派手な要素があってもいいかもしれない、声の成分に。でも声については年齢的に今から期待することではない思うから。松之丞さんは、読み口に伸びがありますよ。得点を早く挙げようとしてせせこましくやる人がいて、それが迫力だとお客も思って拍手することがあるけど。わりにゆったりしているのが講談師の名人の卵であると(笑)。
松之丞:卵でもうれしいです。『荒川十太夫』に関してはまだ未熟なところはあるけども、今のこの年代でこれだけやればいいでしょう、とお墨付きはいただけたと言っていいですか(笑)。
京須:そんなあれじゃないけどね(笑)。ただ、講談には日本人の節を曲げず通そうとするがためにこうむる悲劇がありますよね。
松之丞:そうですね。
京須::それは講談の本質だから。その悲壮感というものはあんまり涙ぐんだり歯を食いしばったりしたら、聴いているほうがやになっちゃう。『荒川十太夫』には、それがそこはかとなく漂ってる。そこがとってもよかったですね。
松之丞:できてましたか。ありがとうございます。よかった。僕もこれは「『荒川十太夫』にいろいろ頼るところが出てくるCDだな」と思っていたんですよ(笑)。けっこう若者向けの『金棒お鉄』と『首無し事件』という、比較的明るくて落語とあまり境がないようなネタを選んだんですね。ところがそれでは講談らしくないんじゃないかという意見の人のため、それからやっぱり講談のピシッとしたものを聴きたい人のために、それをすべて『荒川十太夫』に授けたんですよ。それを先生がよかったと言ってくださったのは、僕としても意図として成功したなという気持ちはあります。
京須:『首無し事件』はね、どうなっていくんだろうって思わせるサスペンス味が高いから、今どき向きですね。『金棒お鉄』あれはおもしろいんだけど、講談にはああいうのがあるんですね。
松之丞:そうですね。
京須:あまりにも非現実的とこもあるからね。それが聴く人によっては「なんだよ」って言うのがあるかもしれない。
松之丞:そこは講談でもこんな話があるんだというようなところを、意識的に入れたところもあります。
京須:それは『荒川十太夫』があるからそう言えるわけですよ。
松之丞:そうですね。そういう意味ではこの3席はバランスがよかったっていう。
京須:いいんじゃないですか。それとそんなにいくつかのレコードに入っているって話じゃないから。いいスタートの3演目になったんじゃないですかね。
松之丞:今後十年、真打ちに向けてあと5年くらいあると思いますし、ま、40代50代に向けて、京須先生はいろんな芸人を見てきていると思うので、こうなってほしいとか教えていただけたら。
京須:そうですね、講談に限らずですよね。
松之丞:はい。
京須:講談は一応正面を切る芸ですね。落語はちょっと脇に寄ってもいい芸。落語家は参考にならないけど、境地としては今の小三治さんのような、「うーん、この話はやめましょう」って言うだけで拍手がくるような、そういう境地を目指してほしいけれど、ただそれは講談の骨格には合わないですよね。そこんところを講談ではどうするのかと思う。
松之丞:けっこう道なき道をこれから進んでいくということですかね。
京須:うん、そうだと思いますよ。講談の形はいろいろ先人が残していますし、教わればそれを形として食べて飲んで栄養にしてしまえばいいわけで。自分がその形にとらわれてしまうと、小三治さん的なね、一人の平凡なじいさんが人前でぶつぶつ言っているのが、500人なら500人を引き付けていくというあの境地にはなかなかね。講談では難しいんですけど、それは落語でそれができた人がいるわけですから。それは結局、結論のない道かもしれないんですけど、やっぱりやめたほうがいいってなるかもしれないけど、もうちょっと年齢がたってから実験してみたらどうですか。自分の存在そのものと、それから日常的な言葉である程度お客を引き付けられるという。それはもちろん小三治さんのような題材で話す必要はないんです。今日やる演目の下調べでこのあいだ甲州に行きましたとか、大阪に行ってこういう人に会ったとか、秀吉なら秀吉に人物像を織り込むこともできるし。よもやま話でいいんですけど、少しずつ実験していって。
松之丞:確かに正面切ったマクラとかを年取ったらしていったほうがいいかもしれない。今だったら、僕はどうでもいいようなマクラをしゃべってお客さんに喜んでいただいて本編にいくという、かなりマクラとネタで違うことやってるんですけど。年齢がいくに従って、そのネタの教科書のような、そのネタが生きるマクラを模索しなきゃいけないと思います。正面切るようなマクラも正面切るようなネタもしていかなきゃいけなんだろうな、立場的にも。ちょっとわかりますね。
京須:正面切るようなマクラなんだけど、それをデフォルメしてしまって日常的なことに一度落としてしゃべるというのはどうでしょうかね。あの、噺家のマクラにはそういう役割があると思うんですよ。明治時代の噺家はなかなか話さなかったと、お湯を飲んだりいろんなことをして。客席が静まってから、え〜、小さい声で話だしてだんだん大きくなって気がつけば引き込まれていた。それが名人の理想だと言われた。だけど講談がそういうやり方を取っていけないということはなくて、少なくても導入部のマクラみたいなこところはそういう実験はなさったらどうかと。講談は正面を切る芸と私は言ったけど、今のお客は明治の人と違って正面切られると反れることがある。
松之丞:そうです
京須:ね。そういうところで客をつかんでおいて、「さて」とピシッと入れてから、正面切るとか。それはね、おそらく10年20年かけて試行錯誤しながらのプロジェクトだと思いますね
松之丞:最後に言います。これどれくらい売れたらいいと思いますか。
京須:10年先とか考えても意味ないからね。この1年で2500〜3000。
松之丞:3000枚。わかりました。現実的にそう言っていただけると、それに向かって到達すると、目標達成になるから。
京須:2500〜3000って言ったけど、3年たって、神田松之丞の芸と魅力が同じ大きさにとどまっていたら、第2弾は1500になっちゃうと思うんですよ。だから、その数字を保つのも大変。上げるのはもっと大変だけど。
松之丞:なるほど。2年前にDVDは出しているんですけど。
京須:話芸というのは根本的にそれほど映像向きではないと思う。『こんにゃく問答』みたいな手振り身振りのある噺は別としてね。よく志の輔さんとかも言うけど、「落語っていうのはお客さまの頭の中に想像を生む。私どもはそのお手伝いをしているだけですよ」って。それはそうかもしれません。テレビやDVDで見るとわかるんだけど、花魁(おいらん)をやっても写っているのは男なんですよ。そうすると頭の中に想像が結ばれないの。で、CDだと完全にどんな想像でも頭の中に浮かぶことができる。じゃ実演(ライブ)はどうなのってなるけど、あの5メートルや10メートルのあの距離に僕は意味があると思う。じっと見つめているわけじゃないでしょ。程のいいところで見ながら、おもに聴いているんだと思うんですよ。でもやっぱり、自分を宣伝するためにはDVDはなくちゃならないから。で、本命はCDだと思いますね。
松之丞:テレビ世代ですから、自分の頭で想像するものがなかったんですよ、身の回りに。それで大学時代にラジオやCDで話芸を聴いてインパクトを受けたし、話芸で想像するのを学びました。そういう意味でいうと今回初めてCDを出させていただいたのはうれしくて、これがどう評価されるのかすごく楽しみです。とりあえず京須先生が『荒川十太夫』は「まあ聴ける」と言ったんで、それは前面に出していきますよ。お墨付きをいただいたってことで(笑)。
京須:泉岳寺の門前で出会ってひと言あって、門の中に入って行く。あのあたりで私は、はっきり申し上げるけど、泉岳寺の門前のその頃とおぼしき風景が見えました。
松之丞:いやぁうれしいな、ありがとうございます、素敵な言葉をいただいて。これが売れて第2弾、第3弾と続いたら、また教えてください。
京須:たとえ売れなくても出すべきですね。ぼくは経営者じゃないから断言できないけど、それぐらいの心意気がないと駄目ですよ。芸能関係の仕事っていうのはね、すぐ引っ込んじゃったら駄目なんですよね。
2017年6月21日SME六番町ビルにて
構成:入江弘子
京須偕充(きょうすともみつ)
1942年東京神田生まれ。慶應義塾大学卒業。ソニーミュージックのプロデューサーとして六代目三遊亭圓生「圓生百席」や古今亭志ん朝、柳家小三治など数々の落語レコード、CDの録音制作を行う。「朝日名人会」プロデューサー。「TBS落語研究会」レギュラー解説者。著書「圓生の録音室」(中公文庫)、「落語家昭和の名人くらべ」(文藝春秋)、「落語名作200席上下」(角川ソフィア文庫)など。