松武秀樹×浅倉大介
浅倉 またまた青春時代の曲ですが、あらためて聴き直してみたら本当にすごいですね。バンド・サウンドと打ち込みのサウンドのバランスが絶妙で、とんがってはいるんだけれど、耳馴染みがいい音色が入っている。
松武 土屋(昌巳)くんはハンダ付けまで自分でしてしまうほどの機材好きなんですよ。ハンダの種類もいくつも持っていて、こっちのハンダの方が音がいいんですよって教えてもらったこともある。そういう人なんです。この曲は時間がかかりましたね。これも六本木のソニースタジオでレコーディングしました。
浅倉 このディスク4は小中学校時代に聴きまくった曲がいっぱいで、「すみれSeptember Love」のほかには、EPOさんの「DOWN TOWN」も大好きでした。この曲はシンセの音がたくさん入っているイメージがあったんですけど、意外と生の音が多いんですよね。
松武 この曲は色んなヴァージョンがあるんですが、『ロジック・クロニクル』に入れたのはシンプルなヴァージョンですね。
浅倉 イントロのシーケンスの主張がまたカッコいい。歌が始まると止まってしまうんですが、ずっと鳴っていてほしかった(笑)。それまでの歌謡曲とは違う、とんがった印象を抱いた鮮烈な曲ですね。あとびっくりしたのが、吉川晃司さんの「モニカ」。こんなにテクノな曲だったんですね。バンド・サウンドの印象があったんですが、オリジナルを聴くと松武さんが「MC-4」が打ち込みをしている姿が頭に浮かびましたね(笑)。
松武 これも「LM-2」と、ぼくが作った「オレンジ」というサンプラーを使って作りました。生演奏はギターとサックスくらいだったとおぼえています。
浅倉 あとぼくとしては、TM NETWORKの「Come on Let's Dance」もはずせません。TM NETWORKってシンセで作り込んだ音というイメージがありますが、よく聴くとドラムもベースも生演奏なんですよね。この『ロジック・クロニクル』であらためて聴き直して、そのサウンドのバランスや演奏のすごさにあらためて感じ入りました。
浅倉 ディスク5はもう究極の松武さんワールドですね(笑)。何がびっくりしたって、冒頭の「驚異の世界」(72〜82年まで日本テレビ系で放送されていたドキュメンタリー番組)は子どもの頃に親にこれはいい番組だからって薦められて、よく観ていたんですよ。はっきりとメロディもおぼえていて、聴いた瞬間に映像が浮かび上がりました。そして、失礼ながらこの曲のシンセが松武さんだったということも初めて知りました。
松武 今だから言えますけど、実はまだシンセの音をしっかり作れない時の作品なんですよ。ヴァイオリンのような音を作ろうと思っても、ちゃんと表現しきれなかった。『ロジック・クロニクル』にオープニングとエンディングが入ってますが、当時日にちを違えてレコーディングしたんです。そうすると、どれひとつ取っても同じ音が鳴ってない(笑)。アナログ・シンセだったから、作れないんですよ。でも、これはこれで当時としてはよく出来たかなと思っているんですよね。
浅倉 そこがアナログ・シンセのいいところでもあり、大変なところでもありですよね。今の音良かったなと思っても、二度と出せない。録っておけば良かった……ってこと、何度もあります。あと、犬がメロディを歌い出すところなんかは、松武さんの遊び心が全開ですね。
松武 テープを編集して……
浅倉 え! サンプリングじゃないんですか?
松武 例えばテンポが120ならば、1秒間に38cm動くわけですから半拍だったら、この長さというようにテープを切って編集しました。犬って、ウゥワンって鳴くじゃないですか。「ワン」のところで頭を合わせないとリズムにならなくて、全部遅れていってしまう。ちゃんと計算して切って貼ってしながら作ったんです。
浅倉 てっきりサンプラーの試作機か何かが出来たから、動物の声を使ったんだと思いました。甘かったですね(笑)。
松武 手作業でしたね、当時は。音源はレコードで、まずその中で理想的な鳴き声を探したんです。その鳴き声の周波数を調べて、その付近の音もとりあえずテープに録音して2チャンネルの可変速テープレコーダーを持っていたのでピッチで調整しながら、うまく合わせていきました。気が遠くなるような作業でしたね(笑)。やっぱりね、テクノは忍耐なんですよ。
浅倉 今までもそう思っていましたが、そのお話を伺って松武さんがよく言われる「テクノは忍耐」という言葉の重みが違ってきましたね。
松武 でも、もう二度とやりたくないですけどね(笑)。サンプラーが出現した時に、そんな涙ぐましい作業が本当に簡単にできるようになって拍子抜けしました。
浅倉 あと気になったのが14曲目の「光る東芝の歌(オーディション)」。このオーディションって何ですか? テレビで流れていたのはよくおぼえていますが。
松武 なんか時代とそぐわないなと思って、カッコよく変えてやる! と意気込んで東芝に持ち込んだんですよ。そのときの音源です。結果は、みごとにボツりました(笑)。斬新なアレンジで自信作だったんですけどね。
浅倉 そして、このボックス・セットのラストを飾るのは「ワープ航法Part 1(連続上昇音)」。またしても無限音階(笑)。今度は階段がないヴァージョンですね。
松武 そう、ワープで始まって、ワープで終わるのがいいかなと思って。
浅倉 あと、これを入れてほしかったというのが松田聖子さんの「星空のドライブ」。『ロジック・クロニクル』には「天使のウィンク」が入ってますが、すごく思い入れのある1曲なんですよね。自分の中でポップスへの印象が変わりました。ドラムにかかっているエフェクトが尋常じゃない。
松武 大村雅朗さんのアレンジですね。「星空のドライブ」もオレンジを使って作りました。松田聖子さんのレコーディングって、実験の場所でもあったんですよ。「SWEET MEMORIES」のイントロなんて最たる例。
浅倉 あのイントロの音色は世の中になかったですもんね。
松武 逆回転の音で始まるというね(笑)。プロフェット5で録ったテープを逆さまにひっくり返しました。
浅倉 そんな松武さんのアナログ時代の実験のおもしろさから、ぼくはずいぶんヒントをもらっているんです。これをこうしたらおもしろくなるかなという発想にも刺激を受けて。音楽に対する遊び心と根性と覚悟。ロックってひずんだギター・サウンドというのが一般的にイメージですけれど、松武さんのお話を伺っているとシンセサイザーの中に生きているロック魂を感じます。聞いた後は、もっともっと冒険しちゃっていいんだ、という気分にもなるんです。
松武 ギターや生楽器は音の表情の付け方は瞬時にできますが、シンセはヴォリュームを絞るとかだけではできない。絞ったらフィルターも閉じないといけないとか、色んなものを同時にやらないといけなかったから表現の仕方がそれほど豊富ではなかったと思うんですよ。だから、時間もかかってしまったし、時間をかけないといけなかった。そこができるか、できないかで音色作りにおける技術の差が出るんじゃないかなと思っていたんですよね。MIDIが出てからは強く弾けばそういう音になりましたが、シンセの黎明期は音を出すのはスイッチだから、大きく設定していればそのまま大きく出てしまう。強弱の表現が付けられなかった。色々な表現方法ができるようになったのも冨田先生から学んだことが大きいですね。デジタルとアナログという言葉が楽器にはありますが、どちらが優れているかを語る時代は終わったと思っているんです。でも、技術はデジタルを使わないと進化していかないし、不都合なことが多く発生する。8チャンネルしかないレコーダーで悪戦苦闘しながら創意工夫していたような時代のシンセの音を聴いていただいて、何かを学び、感じ取っていただけるとうれしいですね。
(対談収録:2017年1月26日)
文/油納将志
松武秀樹 HIDEKI MATSUTAKE
1951年生まれ。’71年より冨田勲のアシスタントとしてモーグ・シンセサイザーによる音楽制作を始める。’78~82年、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)にプログラマーとして参加してレコーディングや世界ツアーに帯同、“YMO第4の男”の異名を取る。ジャンルを超えた多くのアーティストの録音に関わりながら、’81年より自身のユニット「ロジック・システム」を始動し、アルバムの海外発売も実現。現在、一般社団法人日本シンセサイザープロフェッショナルアーツ代表理事。最新著書『松武秀樹とシンセサイザー~Moog Ⅲcとともに歩んだ音楽人生』(DU BOOKS/2015)
.
浅倉大介 DAISUKE ASAKURA
1991年デビュー。ソロ・アーティストとして、またaccess、Iceman等のユニットとしても活動。コンピュータ、シンセサイザーを自由に使いこなし、特にデジタルメディアへの積極的かつ斬新なアプローチが高い評価を受けている。中森明菜、T.M.Revolutionなどの作曲・編曲、プロデュース活動も多岐にわたり、デジタルサウンド・クリエイター、キーボーディストとして柔軟な活動を展開している。ソロ活動25周年の2016年は記念ベストアルバムを発表。2017年4月からはaccess 25th Anniversary ELECTRIC NIGHT 2017を行う予定。
オフィシャルウェブサイト
絶賛発売中『THE BEST WORKS OF DAISUKE ASAKURA quarter point』
.