須藤薫の当時の担当プロデューサーからコメントを頂きました。
僕が須藤薫ちゃんに初めて会ったのは、彼女がデビューする一年前のソニースタジオでした。
知り合いのスタッフから歌の上手な女の子がいるので一度聞いてほしいと言われて会うことになりました。
彼女がカラオケを持参してきて歌ったのがロバータ・フラッグの名曲「フィール・ライク・メイキング・ラブ」でした。
何小節か聴いただけで、彼女の透き通った声には驚かされました。
後にも先にも、オーディションでここまで感動した事はありませんし、大袈裟かもしれませんが、そのままCDにしてもいいくらいでした。
その後、契約をしてデビュー作品を制作することになりましたが、当時は邦楽ではあまりいなかった、本格的な大人のポップスシンガーに育てようと思っていました。
いろいろな作家に依頼しましたが、これといった曲ができずにいたところ、ユーミン作詞、筒美京平さん作曲の「やさしい都会」という曲に出会いました。
カバーではあるが、この素晴らしい曲なら彼女のデビュー作にふさわしいと思い選ぶことにしました。
ただ当時はアイドル全盛時でもありシングルヒットを出すことがスターへの道で、苦戦を強いられました。
そこで急遽アルバムを出す時に路線を変えてみようと思いました。
実はほかのシンガーで出す予定で温めていた企画を、薫ちゃんでやることにしました。
それが60年代ポップスをベースにしたポップンロールです。
(ポップスとロックンロールを融合したアメリカンポップスと言う意味で命名)
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もともと彼女の音色がアメリカンポップスに合っていると思っていた事と僕自身がそのジャンルに精通していたこともありました。
ただ当初、本人は全く納得してくれませんでした。
本格的なポップスを歌いたがっていたのでギャップを感じたのでしょう。
渋谷から赤坂に向かって青山通りを歩きながら説得したのを今も懐かしく思い出します。
その後、我々にとって記念すべき出会いがありました。
杉真理さんです。
ソニーの宣伝スタッフが大学の後輩だと紹介してくれました。
アーティストとして彼自身の売り込みだったのですが、曲を聞かせてもらっているうちに、彼のポップさが正に求めているものですぐに須藤薫のメイン作家として参加してもらう事にしました。
そして初アルバムの「CHEF'S SPECIAL」が無事ににリリースされました。
薫ちゃんの歌と杉さんの曲のマッチングは想像以上でした。
これは余談ですが、二人を恋人同士にしてグループにしてしまおうかと真剣に思ったくらいです。
このアルバムは、杉さん以外にも大瀧詠一さんやアレンジでは松任谷正隆さんが参加してくれましたが、大瀧さんが提供してくれた「あなただけ I LOVE YOU」の録音は後の「LONG VACATION」の布石となりました。
また松任谷さんが薫ちゃんの声を気に入ってくれて、ユーミンの「SURF & SNOW」のバックコーラスを全て独りで多重録音するきっかけにもなりました。
シングルヒットが無いアーティストのアルバムは見向きもされない時代に、「CHEF'S SPECIAL」は須藤薫によって新しいポップスの歴史を作り、コアな業界人にも評価を受けました。
そしてその後の彼女の活躍は皆さんも知るところだと思います。
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今回発売されるライブアルバムは、芝 郵便貯金ホールで録音された1st「CHEF'S SPECIAL」、2nd「PARADISE TOUR」の曲を中心にしたものでステージの総監督は、ユーミンのステージ演出を手がけた伊集院静氏によるものです。
須藤薫さんとの音楽制作は、僕の青春そのものでした。
ご冥福を心よりお祈り致します。
川端 薫(元・須藤 薫プロデューサー)