映画「海賊とよばれた男」1210ROADSHOW

サウンドトラック盤  1130RELEASE

佐藤直紀

音楽:佐藤直紀スペシャルインタビュー

『ALWAYS 三丁目の夕日』『永遠の0』、『寄生獣』など多くの山崎貴監督作品のサウンドトラックを手がけてきた音楽家・佐藤直紀。最新作『海賊とよばれた男』でも、目には見えないながらも重要な「出演者」として心に残る存在感を放つ。はやくも名盤と呼び声も高い『海賊とよばれた男』サウンドトラックの制作行程をじっくりと振り返ってもらった。

 

“海賊”のサントラではわかりやすいダイナミックさより、優しさや荒々しい口調の裏に流れる鐵造の純粋さを表現したかった。

佐藤直紀

 

── 佐藤さんは2005年の『ALWAYS 三丁目の夕日』以降、『BALLAD 名もなき恋のうた』(09年)、『永遠の0』(13年)、『寄生獣』シリーズ(14〜15年)など、すべての山崎貴監督作品を音楽で支えてこられました。本作『海賊とよばれた男』のシナリオを読まれた第一印象はいかがでしたか?

佐藤  青年期から90歳代までをたった1人で演じるなんて、岡田准一さんってすごいなと。この映画をご覧になる方とまったく同じ、シンプルな感想です(笑)。もともと僕は、事前にあまり脚本を読み込みません。シナリオの段階でイメージを膨らませすぎると、完成した作品とズレが出てしまうケースも多い。ですから、せいぜい話の流れを頭に入れる程度に留めておきます。監督の伝えたいことは必ず映像に表れる。そこからヒントをもらうのがいちばん間違えないと思うんです。山崎監督とは何度もご一緒していますし、岡田さんは『永遠の0』でも主演されているので、そういう信頼感も当然ありました。

 

── 仕上がった映像をご覧になって、意識されたことはなんでしょう?

佐藤  『海賊とよばれた男』という題名だけを見ると勇壮なイメージが強いですが、山崎監督が描こうとしている世界はむしろ渋くて重厚な、大人向けの大河エンタテイメントじゃないかなと。映像素材を見て、まずそう感じたんですね。もちろんストーリー自体は波瀾万丈なんだけど、物語の主軸はあくまで、大正から昭和の激動期を生き抜いた「国岡鐵造」という起業家の内面をじっくり追うことにある。そう感じさせてくれたのは、やはり俳優陣の力だと思います。特に岡田さんの演じる鐵造は、どんなに破天荒でガツガツした台詞を喋ってもどこかナイーブさを感じさせるというか……“海賊”という異名とは裏腹な、人としての品を感じさせるんですね。今回のサントラではわかりやすいダイナミックさより、むしろそういった優しさや、荒々しい口調の裏に流れる鐵造の純粋さを表現したかった。音楽だけがドラマティックに先走るのではなく、観客の心にいつの間にか染み入るようなものにしたいなと。僕のなかでは今回、それが最大のポイントでした。

 

──サウンドトラックを手掛ける場合、通常どこから作業に着手されますか?

佐藤  基本的には、メインテーマと呼ばれる部分から作りはじめます。本作でいうと、サントラ盤CDの冒頭に入っている「海賊とよばれた男 〜Main Title〜」という楽曲。映画の主題である国岡鐵造の生き方を、いわばトータルで表現したナンバーですね。そうやってまず印象的で耳に残りやすいメロディーを考え、あとはそのモチーフをリズム面やコード面で変化させながら物語のいろんな場所に散りばめていくのがオーソドックスなやり方です。ただ今回は撮影の都合上、劇中で歌われる「国岡商店社歌」だけは先に作っておく必要がありました。この曲だけはクランクイン前に山崎監督から歌詞をもらって、脚本を読んだイメージで曲を付けています。そこは普段と違うところでした。

 

── 最初の段階で、何か注文はありましたか?

佐藤  ほぼなかったです(笑)。たぶん音楽に限らず、山崎監督はいったん仕事するとなると、相手を信頼して仕事を任せてくださる。たとえ監督の想像していたのと違う楽曲を持っていったとしても、頭から否定したりはしないで「なるほど、こういう考え方もあるのか、面白いですね」と受け止めてくれるイメージがあります。周りを本気にさせるのが上手というか、そうするとプロは責任を感じてより一生懸命になりますから(笑)。

 

── そのような山崎監督の流儀は、出会った頃から変わらない?

佐藤  基本は変わらないですね。前回、岡田さんが主演した『永遠の0』のときもそうでした。あの映画のテーマは、実は同じ旋律のモチーフが延々と繰り返される構造になっていて、いわゆるメロディアスな楽曲じゃないんですね。岡田さんの演技に十分な説得力があったので、僕としてはサントラで必要以上に盛り上げたくなかった。それであえてミニマルな作りを選んだんですが、プロデューサー陣からは「もっと感情に訴求する、わかりやすいメロディーがほしい」と猛反対されたんです。でも監督が1人で「いや、佐藤さんがそう言うならこれで行きましょう」とOKを出してくださった。結果的にはプロデューサーの方々にも納得してもらえました。

 

主要モチーフとなるテーマ曲のなかにマイナー・キーとメジャー・キーが両方入っているからいろんな場面に対応しやすい。あくまで結果論ですが(笑)。

佐藤直紀

 

──今回のメインテーマでは、まず最初に少し物憂げな導入部があって、それがだんだん確信に満ちた美しいメロディーへと展開していきます。ゆったりとしたリズムと弦楽器の重厚なアレンジが印象的ですね。

佐藤  マイナー調のイントロからメジャー・コードの本編に移っていくという楽曲構成は、特に意識したものではなくて……。それこそ映像にインスパイアされて、ごく自然に生まれてきました。ただ、計算こそしてなかったんですけど、1つのテーマの中に哀しげな部分と明るい部分を混ぜることで、例えば鐵造の人生の起伏だったり、ぱっと霧が晴れるような効果は出せたかもしれません。あと純粋にテクニック的な面で言いますと、主要モチーフとなるテーマ曲のなかにマイナー・キーとメジャー・キーが両方入っていると、映画の中のいろんな場面に対応しやすかったりする。あくまで結果論ですが(笑)。

 

──たしかにサントラ盤に収録された「記念日」や「覚悟」といった曲では、テーマ曲の旋律が巧みに変奏されています。アレンジ面で意識されたことは何でしょう?

佐藤  重心をなるべく低くすることでしょうか。今回のオーケストレーションでは金管、木管、打楽器などはそれほど多用せず、弦楽器を主体にしてるんです。パーカッションを前面に押し出した「門司の海」のように躍動的な楽曲もありますが、基本的には派手で高らかな響きよりも、むしろ重厚な安定感を出したかった。これも岡田さん演じる鐵造のイメージから来ています。専門的には「積み」という言い方をするんですが、第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスという5パートをうまく組み合わせて、低域の音がしっかり詰まった感じをいかに演出するか。映画全体のテイストにも関わってくる部分なので、そこはつねに意識していました。

 

──とりわけ難しかった楽曲を1つ挙げるとするならば?

佐藤  物語の後半、西欧の石油メジャー企業に妨害された鐵造は、自前のタンカーをイランへと送ります。その危険な決断をくだす重要シーンで流れる「アバダン」という曲は、かなり悩みました。弦楽器メインで奏でられるメロディーはなだらかで起伏が少なく、リズムもゆったりめ。言ってしまえば地味な曲です。全体のクライマックスとなるシーンなので、本来はもっと派手に盛り上げた方がよかったかもしれない。でも、そうすると何か大切なものを損なってしまう気がしたんですね。映画の山場でこういう曲調を使うのには勇気が要りましたが、僕にとっての正解は絶対これだった。初めて曲を持っていった際、監督が「いいですね!」と言ってくださって、ホッとしたのを覚えています。

 

──「ユキ」という曲には、ハープが使われています。これは綾瀬はるかさんが演じた、鐵造の最初の奥さんのテーマ曲ですね。

佐藤  はい。この曲ではめずらしく山崎監督からリクエストがありまして。「ユキという女性を象徴する楽器を、何か1つ入れてください」と言われました。今回のサウンドトラックでハープを用いたのは、ここだけです。ちなみに綾瀬さんとは今年は3本のドラマ・映画でご一緒する機会がありまして……。NHK「精霊の守り人」シリーズと本作、あとは来年公開の『本能寺ホテル』ですが、同じ女優さんが演じているとはとても思えないくらい、別人のように顔付きが違っている。改めてすごいなと思いました。

 

──ちなみに、各シーンのどの部分にどういうタイミングで楽曲を被せるかというのは、最初に監督から指示されるんでしょうか?

佐藤  監督によっていろんなやり方がありますが、山崎さんの作品ではいわゆる音楽エディターさんにも入ってもらって、一緒に完パケ映像をチェックしながら3人で話し合って決めるケースが多いですね。映画は基本、1秒あたり24フレームとか30フレームで撮影されています。編集さんは各シーンを1フレーム単位で細かくつないでいくわけですが、僕らはそれが完全にフィックスした「ピクチャー・ロック」という完パケ映像をもとに、音楽をどこに入れるかを、やはりフレーム単位で細かく調性しています。

 

── 映像と完璧にシンクロさせるとなると、演奏する側も大変ですね。

佐藤  そうですね。サントラのレコーディングでは、タイミングを完璧に合わせるため楽団員はみんなクリックという電子音を聞きながら演奏するんですが、正確なだけじゃなくそこに感情も乗っけなきゃいけないですから。毎回、頭が下がります(笑)。

 

ラストシーンで、オーケストラの演奏がついた「国岡商店社歌」完全バージョンを流す。言ってみれば最後の最後まで正体をさらさない作戦ですね(笑)。

佐藤直紀

── 劇中で重要な役割を果たす「国岡商店社歌」について教えてください。作詞は山崎監督。主人公の鐵造だけでなく彼の仲間、さらには日本という国そのものの“青春”を象徴するような歌ですね。これはどんなイメージで作られたんですか?

佐藤  さりげないけれど親しみやすく、歌っている人を励まして聴く人の心を打つメロディー。映画を観終わった後、思わず口ずさみたくなる“いい歌”を作りたいという気持ちが、まずありました。それにはエモーショナルなメロディー・ラインだったり、ドラマティックなコード進行が必要になるわけですが……現実の社歌というのは、やっぱり堅苦しかったり四角四面だったりするんですね。メロディアスで自発的に歌いたくなる社歌というのは、そう多くない(笑)。だからといって無理やり今っぽくすると、今度は映画の中で社歌に聞こえなくなってしまう。そのバランスを取るのに苦労しました。

 

── そのジレンマはどのように解決を?

佐藤  “いい歌”を作るためには、結局、いわゆる社歌っぽくないメロディーやコード進行を使うしかありません。今回の「国岡商店社歌」もそう。ストーリー設定上は大正期に作られたはずですが、実は細かい工夫がたくさん入ってまして……。その時代にはまずありえない曲調なんですね。ただ映画内では、そういった洗練された雰囲気が観る人にバレないよう注意した。具体的には、鐵造や部下たちが社歌を歌うシーンでは、必ず上から別の楽曲を被すことによって、いい曲の印象をすべて相殺しているんです。そしてラストシーンで、オーケストラの演奏がついた完全バージョンを流す。言ってみれば最後の最後まで正体をさらさない作戦ですね(笑)。映画を成立させるためにどうしても必要だった、最小限のウソと言えるかもしれません。実際に映画を観ると、劇中では社歌に聞こえているものが最後にはしかるべき“歌”として響いているように思えて……そこはホッとしました。

 

── 本サントラ盤に収録されたフルオケ付きの「国岡商店社歌」のレコーディングには、キャストの方々も合唱で参加されているとか。

佐藤  はい。岡田准一さんやピエール瀧さんを筆頭に、若手も入れて20名以上いらっしゃったんじゃないかな…。それだけの俳優さんたちがスタジオにずらりと並ぶのは壮観でした。私も立ち会わせていただきましたが、ただその場にいただけで。合唱指導などは一切していません(笑)。こういうのは音程やリズムの正確さより、やっぱり気持ちで歌うことが大切だと思うんです。実際、物語を生きた役者さんの呼吸で歌ってもらったことが、いい結果になっていると思います。

 

──最後に、作曲家として『海賊とよばれた男』の音楽を手掛けてよかったことを、1つ挙げていただけますか?

佐藤  やっぱり、新しい挑戦ができたことかな。山崎監督が作っているのはおそらく、子供からご年配の方までみんなが楽しめる王道エンタテイメントで、そこは僕も同じなんですね。でも同時に監督は、どんな作品でも必ず何かチャレンジをさせてくださる。例えば今回のサウンドトラックでいうと、鐵造という男の持っている重厚さは表現しつつ、楽曲自体はストイックで抑制されたものも多いんですね。正直、普通ならもっと派手でわかりやすい音楽を求められがちだと思う。もしかすると「壮大なスケールの大河エンタテイメントにしては、やけに地味なサントラだな」と感じる方もいるかもしれません(笑)。だけどこの映画については、ギリギリのところで踏みとどまった方が物語の内容を正しく伝え、俳優さんたちの演技も逆に引き立つという確信が、僕の中にはあった。山崎さんもそれを受け止めてくれました。なかなかできることではないと思うし、僕にとっては今後音楽を作っていくうえで、大きな自信になった気がします。

インタビュー・文/大谷隆之

佐藤直紀

<音楽:佐藤直紀>

1970年5月2日生まれ、千葉県出身。

1993年、東京音楽大学作曲科を卒業後、映画、TVドラマ、CMなど、様々な音楽分野で幅広く活躍する。

『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年/山崎貴監督)では、第29回日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞。

主な映画作品は『海猿』シリーズ(2004年・2005年・2010年・2012年/羽住英一郎監督)、『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズ(2005年・2007年・2012年/山崎貴監督)、『るろうに剣心』シリーズ(2012年・2014年/大友啓史監督)、『STAND BY MEドラえもん』(2014年/山崎貴監督・八木竜一監督)、『ルドルフとイッパイアッテナ』(2016年/湯山邦彦監督)など多数。

「海賊とよばれた男」オリジナル・サウンドトラック

劇中歌「国岡商店社歌」(岡田准一 他 キャストが合唱に参加)収録

映画「永遠の」に引き続き、この壮大なる大河エンタテイメントに寄り添い、
感動を更に盛り上げるのに一役買っているのは、佐藤直紀による重厚でドラマティックな音楽。
感動をふたたび、このサウンドトラック盤で体感してください。

海賊と呼ばれた男
品番:MHCL-2654  価格:¥2,500+税
音楽:佐藤直紀
全17曲収録
ご購入はこちらから
Sony Music Shop
↓配信はこちら↓
※配信には国岡商店社歌は収録されておりません。

国岡商店社歌

作詞:山崎 貴 作曲・編曲:佐藤直紀

 

荒波乗り越えて 船をこぎ出せば

そこは同胞はらから集う 希望の地

 

常にその心に 荒ぶる波を

いにしえの海人うみびとの 生きざま

 

襲いかかる苦難に 流されても 再びが昇れば

我ら立ち上がる たとえ一歩でも 前に進め

 

信じる同胞はらからと 海へこぎ出せば

そこは心帰る 懐かしの地

 

荒波に藻掻もがけよ 心の海で

きっと切り開ける 明日へと


藤圭子劇場 DYLAN REVISIDED あぶでか 志ん朝東宝