フェンス・オブ・ディフェンス(以下FOD)が結成されたのは1985年。それは今とは全く違う時代だった。
たとえば最近は、大人顔負けの小学生ミュージシャンたちがYOUTUBEをにぎわしていたりする。でも当時は、アマチュアとプロの間に歴然としたスキルの差があった。特に数年後におとずれるバンドブーム以前は、スタジオ・ミュージシャンを頂点にしたスキルのピラミッドがあった。そしてのちにFODとなる3人はまさに、それぞれが売れっ子のスタジオ・ミュージシャン達だったのだ。そんなメンツがバンドを結成するとなれば、テクニックを売りにした方向にいくのが近道だったろう。
ところが彼らは3人とも、スタジオ・ミュージシャン=裏方というイメージを覆す恵まれたルックスの持ち主でもあった。デビュー当時の貴公子然とした全員のビジュアル。あれは現在でもめったにおめにかかれないような揃い様だろう。
最高峰のスキルがある。ルックスも揃っている。もうこれだけで十分だったはずだ。にもかかわらず彼らはもう一味加えてみせた。それが打ち込みの導入だった。
生バンド+打ち込み。日本だったらいま、ようやく普通になってきたスタイルだ。最近は打ち込みのデータから様々な音源やエフェクターまでが入ったノートパソコンが、よくドラマーの傍らとかに置かれている。ところが'80年代後半は、たとえ超大型コンピューターであっても今のノートブックと同じことをやらすのは無理だった。だから初期のFODのステージにはソフトウェアではなく本物のシンセサイザーがズラリと並び、それをコンピュータではなくシーケンサー専用機がコントロールしていた。
けれども。当時のFODのライヴから、彼らの音作りにまつわる苦労を感じた人は皆無だろう。3人はまず自分たちの演奏と歌で圧倒し、それに寄りそうように打ち込みの音も鳴っていたのだから。CDのように完璧なバランスで。
あまりにハイレベルな出発点。今回、20枚目のアルバムを聴かせてもらって、改めて思い出したのがそこだった。30年以上前にあの位置から始まったたからこその新作、だと感じたのだ。
まず俯瞰してみる。大きな丘を次々と超えて行くような堂々とした世界だ。高層ビルの屋上の次は地下道、的にめまぐるしく展開しがちな日本のロック、ポップスとはぜんぜん違う。インターナショナルなテンポ感と言っていい。それを15曲も収めて間延びしないのは、やはり3人のスキルのたまものだろう。
長年「誰よりも大きな音で叩く」ことを自分に課して来た山田ワタル。彼のドラムはオープニングの「祈誓」からすごい存在感で迫ってくる。同時にたとえば「Shadow in the Dark」では4つ打ちのキックとハイハットだけで、「ASAHI」ではシンプルな8ビートのドラムだけで、「天才バガボンド」は路上ライヴのような音にもかかわらず、素晴らしくグルーヴィーなノリを作り出している。
「Shot in the Bomb」ではスライド・ギター、「Shadow in the Dark」や「Into the Fall」ではメタルなリフ、「ASAHI」ではサイケなフレーズ、「Thirsty」ではガレージな雰囲気を、「天才バガボンド」ではカントリー・スタイルをプレイを披露している北島健二。そのどれもが各ジャンルのエキスパートの演奏として聴こえる。これはちょっとありえない表現力だ。
ボーカリストとしての西村麻聡の凄さは「Walk On」1曲だけでもよく分かる。リズムを刻むものが一切ないこの曲は、彼の歌の力だけで聴き手をグイグイ引き込んで5分16秒を完走する。一方でアルバムにはこんなクレジットもある。Mixed by Matt Nishimura。30年以上前から打ち込みを手がけてきた男はついに、これだけの内容を、これほどのレベルで、自分でミックスしてしまった。
もう一度、アルバム全体を俯瞰してみる。2018年にリリースされたアナログLP『HDⅢX』の収録曲をも内包する本作。けれども新曲たちと全くシームレスに溶け合っている。そこには3人の表現力以外にも作品のまとまりを高めているものがある。
たとえばエスニックな要素。それは「祈誓」「Rise up on Fire」「Shot in the Bomb」と冒頭の3曲で顔を出し、8曲目の「ASAHI」のエンディングで登場し、12曲目の「Into the Fall」、14曲目「LOVE, BELIEVE, AGAIN」に至る。
それから映画音楽的なパートの存在。「祈誓」、9曲目「Thirsty」のエンディング、「Into the Fall」、13曲目の「The War」、ラストの「輪廻〜Original Aboriginal」。これらはバンドともテクノとも違う織物のような風合いのサウンドで、作品に広がりを与えていた。エスニックな要素とはまた別の縦糸を形成しながら。
ちなみに最後の曲のタイトルにある「Aboriginal」という言葉はファースト・アルバム『FENCE OF DEFENSE』のオープニング「INTORODUCTION(ab-o-rigi-nal)」でも使われている。だから「輪廻」なのかもしれない。
実際、FODを長く聴いてきた人であればあるほど、本作にデビュー以来の変わらぬ部分をも感じるだろう。「Shot in the Bomb」「Happy Risky Monkey Show」や「天才バガボンド」「Thirsty」いった皮肉と社会性にあふれた歌がある一方で、「Starfall Daydream」や「LOVE, BELIEVE, AGAIN」といった飛び切りの希望の歌があるところに。あるいは“Shadow in the Dark”と歌う最後の部分だけが明るく解決するあのニュアンスに。
ひょっとしたら彼らは、昔とは何も変わらず音楽に接しているのかもしれない。けれども2020年という時代に聴く最新作は、すぐこれをコピーできる人が誰も思い浮かばないほどに巨きい。それはそのまま、誠実に音楽に向きあい続けてここまで来たミュージシャンの大きさでもあるだろう。
表現の内容を見ても、奇を衒うことは何もやっていない。様々なスタイルのロック、映画音楽、エスニック‥どれも音楽の基本的な形だ。でもそれらを最大限の表現力でまぜあわせた結果、誰もマネの出来ない世界になった。『Primitive New Essence』というタイトルは、そんな意味をささやきかけているように聞こえた。
音楽ライター:今津甲