カントリーの殿堂博物館は2018年5月25日より『Outlaws & Armadillos: Country's Roaring '70』と題した大規模な展示会を約3年間に渡って開催します。テネシー州ナッシュビルとテキサス州オースティンとの文化的で芸術的な交流の時代を掘り下げたこの展示会では、コンサート、パネル・ディスカッション、ドキュメンタリー映像上映などの実施を予定。
このイベントに連動して企画されたのがこのCD2枚組で、タイトルにあるアウトローとは、商業的で保守的なカントリーとは一線を画す活動の事で、アルマジロは、一世を風靡したオースティンのライヴハウスの名称になります。70年代は、ナッシュビルとオースティンのアーティスト達の交流により従来のカントリーの枠を超えようとする新しい潮流が生まれた時代。アウトロー・カントリーを代表するビッグネームからオースティンをベースに活躍するアーティストに至るまで、レーベルを超えて重要曲を全36曲収録。封入の32Pブックレットには当展示会制作者による詳細な楽曲解説が収められます。
尚、アルバム・ジャケットのイラストはオースティンのアルマジロ・ワールド・ヘッドクォーターズのポスターも手がけたイラストレーターのジム・フランクリンによる書き下ろしになります。
■ピーター・クーパーによるCD解説の序文から
テキサスとテネシーにおけるカントリー・ミュージックの70年代、それはクリエイター達の才気が一気に花開いた時代だった。芸術とどんちゃん騒ぎ、ウィスキーとポエトリーは立ち交じり、ナッシュビルならヒルビリー・セントラル、オースティンならアルマジロ・ワールド・ヘッドクォーターズで、目をギラギラと輝かせた強者達がひしめき、しのぎを削り合った。
ウェイロン・ジェニングス(中央)とウィリー・ネルソン(右)と両氏のマネージャー、ニール・レシェン(左)
その役者たちは、たとえば8本指のホンキートンク吟遊詩人ビリー・ジョー・シェイヴァーであり、“ミステリアス・ラインストーン・カウボーイ”の異名をとるデヴィッド・アラン・コーであり、”テキサスのジューイッシュ・ボーイ” ことキンキー・フリードマンであり、カウボーイと名乗りながら実は馬が苦手で履きやすい靴を愛用していたジャック・クレメントであり、野心家の無法者ウェイロン・ジェニングスであり、三つ編みのブッダ、ウィリー・ネルソンだった。彼らが中心となり、交錯する文化はカントリー・ミュージック界きっての名作と呼ぶに相応しいレコードを数多く生み出した。
1972年、ビリー・ジョー・シェイヴァー(左)とクリストファー・クロス(右)
「アルマジロがいる故郷に帰りたい」と代表曲「ロンドン・ホームシック・ブルース」で歌ったのはゲイリー・P・ナンだ。ナンが帰りたいと歌っていたのは、当然テキサス。レッドネックとヒッピー、昔ながらの伝統と流行のサイケデリック。それらすべてが同居する自由なシーンを誇るテキサスの象徴とも言えたのが、体半分が固い甲羅で包まれた不細工なフクロウネズミ、つまりアルマジロだ。
「アルマジロもヒッピーもどこか似てる。どちらも疎まれ、虐げられたという点で」と語るのは、そんなアルマジロの名を配したライヴ会場をオースティンで経営していたエディ・ウィルソンだ。「アルマジロは日中ずっと寝て過ごし、夜になると活動する。単独ではなく仲間と暮らす。人間は “あいつらは臭い、醜い、いつも地面に鼻を突っ込んで草地を荒らす”と嫌うが、そりゃ人間の被害妄想。そんな彼らには誰にも負けない強みがあった。どんだけやられても跳ね返し、生き延びる力だ」
同様に音楽も生き延びた。カントリー・ミュージック殿堂博物館では、音楽とその功労者達を讃え、『Outlaws & Armadillos: Country's Roaring ‘70s』展を開催する。
『Outlaws & Armadillos: Country's Roaring ‘70s』 official site