板倉文インタビュー“拡張版”

BUN ITAKURA INTERVIEW extended version

『老人Z』サントラ30th Anniversary Editionブックレットに掲載された音楽担当・板倉文へのインタビューに大量の未使用部分を加えて再構成したロング・ヴァージョンをotonano上で独占公開!

聞き手・文◎田中雄二


大友さんの単行本は全部買って読んでました

── 最初にどのような経緯で依頼があったか、覚えていますか?

板倉 エピックの担当ディレクターだった福岡(智彦)さんから、大友克洋さん原作の『老人Z』ってアニメがあるんだけど、音楽やらない?って誘われまして。単行本は全部買って読んでましたから、もちろん大友さんなら喜んでやらせていただきますと。なんで僕に話が来たのか、そのへんのことは聞かなかったけど(笑)。

── 監督の北久保弘之さんが大のチャクラファンだったんだそうで(チャクラ:板倉文、主題歌「走れ自転車」を歌う小川美潮が在籍していたバンド/1978~1983年)、それで板倉さんを指名したんだと。

板倉 へー。

── 『老人Z』にはソニーが出資してますが、それは映像のほうの話。系列のエピック・ソニーから前年(1990年)、小川美潮さんが再デビューしたことも、北久保監督はご存じなかったんだそう。一般的なタイアップとまったく違ってる。そんな奇跡的なことがあるんだと。

板倉 (笑)。

── アニメのサントラを手掛けるのは、映画『うる星やつら4 ラム・ザ・フォーエバー』(1986年)が最初で、これが2作目になります。

板倉 映画音楽自体、『うる星やつら』が初めての仕事でした。

── キリング・タイムが正式デビューする直前。メンバーもほぼ同じで、まぎれもないキリング・タイムの音になってる。高橋留美子の原作にまったく寄せてないんですよね(笑)。

板倉 いやいやいや。名古屋に行くと必ずライヴに来てくれる近藤さん(近藤由紀夫。後に東京バナナボーイズで音楽家デビュー)って人がいたんです。彼が上京して、キティレコードに入って安全地帯のディレクターになるんですよ。そこから来た仕事でした。

── 一方でCMディレクター、市川準さんの劇場作品『BU・SU』(1987年)で音楽を担当したのをきっかけに、実写映画の仕事が始まる。『老人Z』の前年には『つぐみ』(1990年)のサントラを、キリング・タイムと同じエピックから出しています。

板倉 あまり実写とアニメを分けて考えてなかった。どちらも映画ですから。映画音楽は昔から好きだったんです。小学3年生のとき、母親に映画音楽のレコードを買ってもらったのが、音楽が好きになるきっかけだったんで。ジョン・バリー『野生のエルザ』、フランシス・レイ、バート・バカラックが好きでした。

── 映画音楽は、映像が「主」で音楽が「従」の関係。その枠組みの中で、自らの音楽表現をやるということに意欲はあったんだと。

板倉 エンディングロールにバーッと音楽が流れているとき、映画全体に感じていた感動が、その音楽によって引き出されることってあるでしょう。その瞬間がたまらなかった。映画のテーマ音楽は書いてみたかったですね。

「Happy Circle」はアイヌのお爺さんの声をサンプリングした

── 北久保監督からは一切、音楽について具体的な指示がなかったと聞きました。

板倉 そう。完全にお任せ。好きなところに音楽を付けていいんだと。

── 『老人Z』は制作が遅れたことでも有名で。画がまったくない中で、シナリオと画コンテだけで曲作りをやったということですね。

板倉 市川準監督も割合任せる人だったんです。シナリオ読んで、ここに音楽入れるってマーキングして決めていきました。でも音楽ができて納品に行ったとき、監督から「このシーンに音楽がない」って言われまして。メカが暴走し始めたシーン。僕そこに音楽付けてなかったんです。いらないかと思ってたら、監督に「ここは音楽欲しい」と言われて。

── 間に立つ音楽監督が不在だったんですね。

板倉 いつも使ってるスタジオで録ってたんで、たまたま僕が持ってた別の仕事のマルチトラックがありまして。新潟博(新潟博覧会/1983年/上越新幹線開通記念催事)のお祭りのシーン用に作った、流用できる音源が倉庫にあった。ハメてみたらピッタリ合ったんです。それにちょっと錯乱状態な感じのギターのハウリングを足して。サントラに入ってる「New Type」って曲になってる。

── 最初にできた曲は覚えていますか?

板倉 2曲目(「Z[Accepter]」)ですかね。僕がピアノでジャズっぽいフレーズを弾いて、そこにシンセのダダダダって音やコーラス、青山純のドラムが入ってくる。

── 静かな始まりからスペクタクルな展開まで、『老人Z』の世界観が凝縮されてる。

板倉 いちばん爆発してるところですね。まずそこやっつけないと。映画の中でいちばん大事な部分。そこから手を付けたんだと思う。

── お神楽とか沖縄のカチャーシー風な曲も出てくる、原作の世界観とズラした異色な内容で。ひょっとして大友さんの1つ前の映画『AKIRA』(1988年)の影響があるのかなと?

板倉 それはないですね。『AKIRA』はモジュール方式とかで音楽作ってたんですよね。合理的なやり方で。『老人Z』はそういうやり方だと通じないなと思って。シーンに応じて曲を書いていくべきだと。市川準監督の映画でもバンク(ストック楽曲を後から当てはめていく)はほとんど使わないんです。

── いわゆるライトモチーフ(メロディーの変奏)を使わない、ということですね。

板倉 僕の場合はほとんど、その都度書いちゃいますね。

── 昔の、ラッシュ映像見ながら指揮棒振って録音してた時代の、贅沢な作り方。

板倉 ここでもストリングス(「Ornament Love」)は指揮棒振ってますから。

── 前年の『つぐみ』から本格的なオーケストレーションが使われるようになりますよね。

板倉 正式には勉強してないんです。合歓の郷(ヤマハ音楽院)の学生時代に、放課後にアレンジ教室を受講してたぐらいで。(アントニオ・カルロス・)ジョビンの曲をやってるときのクラウス・オガーマンの弦編曲とか聞いて、どういうふうにやってるのかって研究はしてました。編曲法はさておき、理論は面白いと思ってました。

── 沖縄民謡のほう(「Happy Circle」)は、ちょっと前にプロデュースされた喜納友子さんのアルバム(喜納昌吉&チャンプルーズ「花~すべての人の心に花を~」のオリジナルシンガー。『楽しき朝』/1991年)を彷彿とさせるものがありました。

板倉 続けてやってましたからね。その影響はあったかも知れない(笑)。でもあんまり意識してなかったな。リズムは確かに沖縄っぽいけど。老人の声はアイヌの民謡を歌ってる人の声をサンプリングしてる。キーボードのBAnaNA-UGに「老人の声の素材ない?」って聞いたら、たまたまアイヌのお爺さんの音源があって、その素材集を使ってる。

── キリング・タイムが小休止して、小川美潮さんのバックバンドEUROPAが結成。メンバーはキリング・タイムとほぼ同じですがキーボードが清水一登さんからBAnaNAさんに代わる。喜納友子でもいっしょにやっていて。音も清水さんの有機的なサウンドから、打ち込み主体に変わってる。

板倉 実はそうでもない。意外に手弾きが入ってる。Ma*Toの曲(「Impressions of a MOMENTO」)とかフランク・ザッパみたいだし。即興で弾いたピアノ曲があって、それを繋ぎ合わせたりして作った。ジョー・ザヴィヌル(ウェザー・リポート)とかもそうでしょ。「バードランド」も元は即興曲だから。

── 栗山昭彦さんという方の曲(「Spring」)が1曲入っています。JASRACにも登録曲が1曲しかない方なんですが。

板倉 当時僕のアシスタントをずっとやっててくれた人。キーボードの人なんだけど、ちょっとチャンスをあげようと思って。僕のテイストに合わせて書いてくれたんですね。

マスタリング現場でロボットボイスをダビング

── サウンドトラック盤には、大友克洋さん、江口寿史さん、北久保監督、主演声優の横山智佐さんの声がサンプリングで入っています。あれはどういう経緯で?

板倉 池袋で映画の試写会やったんですけど。そのときの音(登壇者の声)を録っておいて曲間に入れるようと思ったんですよ。

── 板倉さんのアイデアだったと。

板倉 そう。あと、コンピュータ音声で、曲の解説をしてるDJがいるでしょ。

── サントラだけに入ってるロボット音声ですね。Mac用の「ELIZA(エライザ)」って人工知能があって、MacinTalk(MacOS標準搭載の人声合成プログラム)を喋らせてる。

板倉 そのまま入れるとサラっとしちゃうんで、ハーモナイザーでオクターブを上げて、半速で録って再生してる。それでのろのろって変な音になって。

── 老人っぽいロボットボイスになってますね。

板倉 マスタリングの現場で僕がこういうことをやりたいとディレクターに言ったら、Macにそういうソフトありますよと言うんで、それで打ち込んでダビングしてもらいました。普通マスタリングって、音質とか曲間を決めるもんなんだけど(笑)。エンジニアも喜んでやってくれた。

── こうして『老人Z』はアニメ音楽史上、類を見ないアヴァンギャルドなサウンドトラック盤になりました。

板倉 やりたいこと全部やってみた的な。僕はソロアルバムは出してないんだけど、映画音楽は自分にとってのソロアルバムみたいなもので。アッパーストラクチャートライアドって音楽用語あるんですけど、それを多用したアルバムを一回作りたいなと思ってたんで。

── いわゆる分数コード。

板倉 そう。ベースのノートの上に別のコードが乗っかってる。

── 『老人Z』の音楽は、いうなればソロアルバム並みに、好き勝手やった結果なんだと。

板倉 そうです。暴れる場所(笑)。昨日久々に聴いてみたんですけど、古さは全然感じなかったですね。やりたいことやれてよかった。スッキリしたなあと。

── エピック時代の板倉文作品の中で、もっともハッチャけた作品になってますから。

板倉 大友さんに触発された結果ですね。それが大きいと思う。

(2021年2月11日 Zoomによる取材)

板倉文 (いたくら・ぶん)

1957年島根県生まれ。プロデューサー、コンポーザー、ギタリスト。1978年、小川美潮らと“チャクラ”結成、80年「福の種」でデビュー。解散後はバンド“キリング・タイム”、CM音楽、映画音楽(『うる星やつら4』『BU・SU』『つぐみ』)等の分野で活躍。2020年、小川美潮との久々のコラボレーションで7inchシングル「Stardust」をリリース。

老人Z サウンドトラック 30th Anniversary Vinyl
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