DJ OSSHY TOKYOの未来に恋してる!

安心・安全・健康的なディスコ・カルチャーを伝達することを使命とするDJ OSSHYのインタビュー連載

第54回 【対談⑯ 林哲司×DJ OSSHY[前編]】
第54回 【対談⑯ 林哲司×DJ OSSHY[前編]】

日本の細かいメロディの運びや繊細さ、コードワークみたいなものに哀愁感があって、それがたぶんアメリカ人には出せない、何かがあるんじゃないかなと。その違いを海外の人達が気付いたんじゃないかなと思うんですよね。(林哲司)



まさにシティポップの本質はそこにあるんじゃないですか。(DJ OSSHY)




DJ OSSHY 対談連載16組目のお客様となります。デビュー50周年を迎えられた林哲司さんにご登場いただき、大変光栄です。6月21日にはCD5枚組のボックスセット『Hayashi Tetsuji Song File』もリリースされました。本日はご自宅から東京の事務所に向かう途中でお寄りいただいたと伺いましたが、現在は二拠点で活動をされているということでしょうか。

林哲司 はい、'86年からですから、もう身体に染みついていますね。コロナ禍でリモート・ワークが広まりましたが、あれ? 自分がやってきたことと変わりないな、と気付いて(笑)。当時は音源をメールで届けられない時代でしたから、よく新幹線で音源を持ってきてもらったり、送ったりしていました。今はもう打ち合わせから音源の受け渡しまで、すべてオンラインでできるようになったので、ずいぶんと便利になったものです。

DJ OSSHY 作曲やアレンジはご自宅の方で集中してやられているんですか?

林哲司 あるときまで自宅と東京の事務所と同じ機材を揃えて、どちらでも作曲、アレンジをできるようにしていたんですが、機材が日進月歩で向上していくので、そのたびに買い替えるのも大変だし、今は自宅で曲を完成させています。ただ、作曲のスケッチに関してはギター1本でもできちゃうんで、今も小さなギターを抱えて行き来していますね。80年代はザ・ビートルズが使っていたことで知られるエピフォン・カジノを使っていました。当時は今みたいに打ち込みで簡単にリズムを加えられなかったから、後ろに置いたラジカセからリズムを鳴らして、ギターを弾いてラフ音源を作ったりしていましたね。ソリッドギターだと音が小さくてフォーク・ソングみたいになるから、セミ・アコースティックだとカッティングがいい感じで、特にブラコン調の曲だと刻みながら歌っていました。慣れるまではリズムを鳴らすラジカセの音量の調整も難しくて。本当にアナログの極致ですけど(笑)。




DJ OSSHY でも、当時はそうするしかないですよね。

林哲司 アナログにはアナログの良さもあったんですよね。例えば、ラフスケッチのような音源を前にして、スタッフでどういうアレンジにしましょうか、アレンジャーは誰にしましょうかと、みんなの考えやアイデアを加えながら進んでいきました。でも、今は技術が進化したおかげでイントロから何から何まで作れるようになると、デモの段階である程度見えてしまうので共有しないまま進んでいってしまうことが多くなった。それまではスタッフと一緒に本当に元になる音源から聴いているから、レコーディングで例えばリズム・セクションが入ったり、スタジオでみんなが曲が進んでいくのを肌で感じていたんです。その喜びみたいなものをスタッフ全員で共有しながら、曲が生まれていった。一緒に曲を作っているという感覚を持っていたわけです。でも、今はその過程を飛ばして、完パケに近いようなデモをほとんど自分ひとりで作って、ディレクターはその音源を受け取った段階で完成形がほぼ見えている状態。直しがある場合もありますが、ほとんどなくて、そのままアレンジャーに渡されて、デモの要素を入れながらアレンジされていくんです。




DJ OSSHY そうした制作スタイルについてはどう思われますか?

林哲司 一長一短なんですけどね。技術の進化による恩恵も大きいけれど、一緒にいる現場で生まれる想像力みたいなものが欠落してしまうと思うんです。今後、ChatGPTのようなAIがさらに進化していくと、人間の想像力みたいなものが欠如しちゃうんじゃないかなと危惧しています。ディスカッションがなくなってしまうと、作家はまだいいとしても、曲を受ける側のディレクターやプロデューサーはどういうアレンジを施して自分のアーティストに似合う曲にしていこうかというプロセスがなくなってしまう。創造性が高まり過ぎてしまうと、過程で生まれるアイデア、それはその時に使わないかもしれないけれど、別の場面で生きてくるとか、そうしたことがなくなっていきますよね。

DJ OSSHY いきなり料理の完成形に近いものを見せられるようなもので、素材から作っていく喜びがないようで味気ないですね……。

林哲司 レシピなんてなくてもいいという感じですからね。

DJ OSSHY それだと甘いだとか辛いだとか、良いか悪いかという二択になってしまいがちですよね。制作過程で議論したり、アイデアを出し合うことで思いもよらない方向にいって、良い曲が生まれるということもありそうなのに。

林哲司 そうなんですよ。もっと寂しいのは、例えばマンツーマンで、OSSHYさんと僕とでこういう曲作りましょう、こういう80年代のグルーヴのある曲をやりたいよね、みたいな単純な会話から始まって、じゃあアーティストはこの人だから、彼女に向けていい作品作りましょうみたいなところから打ち合わせ始まるじゃないですか。それが今だと僕はOSSHYさんと話すことなく作ってしまって、OSSHYさん、どうですか? という話になる。それでも、まだここはこうしようという話し合いが持たれる場合もあるんですが、今はプロデューサーやディレクターがあちこちからコンペで曲を集めてきて、その中からじゃあこれで行きましょうという流れになってしまうこともある。そうすると集められた曲は当然ボツになっちゃうわけですよ。みんなで詰めながら何かを作り出そうということじゃなくて、出会い頭の自分のイメージにあったという作品で決まってしまうから、ちょっと寂しいなという感じはありますね。

DJ OSSHY 曲が浮かばれないですよね。

林哲司 例えばメロディを見抜く力がプロデューサーにあれば、アレンジのまやかしに惑わされることなくジャッジを誤らないんですが、デモの段階のアレンジが素晴らしい作家がピックアップされる可能性も出てきちゃうんですよね。だからこちらもデモを一生懸命作らないといけない。そうすると、デモ段階なのに飾る必要が出てきて、どんどんアレンジのディテールを詰めていってしまう。




DJ OSSHY ばっちりメイクした姿を見せて、素顔がわからないという状態ですね。本質を見極める力がなくなっているのは心配なことでもあります。

林哲司 だから今、シティポップや80年代の音楽に耳目が集まっている理由のひとつは、現在失われているメロディアスな部分がしっかりあって、楽曲の作り方がABCであるところだと思うんです。今の曲はいい悪いは別として、例えばひとつのパーツがあったら、そのパーツのループによって曲が完成することもある。でも、昔はAとBのつながりを考えたり、AからCに至るまでどういうプロセスをたどるとメロディやコードが最終的にそこにたどりつくのかを考えて曲が作られていた時代でした。サウンドも、そのメロディを反映させるような工夫が織り込まれていましたし。

DJ OSSHY 起承転結がしっかり組み立てられた楽曲作りになっていたからこそ、ドラマチックでダイナミックな魅力があったと思うんですが、実はDJにとってはそれが難しいところでもあるんですよね。70年代、80年代の曲は曲運びがしっかりしているので、途中で繋ぐのが難しい曲ばかりなんですよ。今の曲は金太郎飴的な作りになっていて、どこで切ってもいいので繋ぎやすいんです。

林哲司 ああ、それはわかる!

DJ OSSHY じゃあブレイクで繋ぐか、という問題でもない。DJはブレイクで繋ぐのがパターンで、それで12インチ・シングルが作られたという歴史があるんですが、アルバムカットの1曲やシングル曲は切りづらいんですよね。

林哲司 ものすごくわかる! なるほどね。




DJ OSSHY だから、曲を作られた方は本当に丹精込めていたんだろうなといつも思っていました。今の曲はもうABABしかないようなパターンで、イントロもなかったり、楽曲の尺は2分半とかだったりする。

林哲司 イントロがないというのは、趣味として音楽を楽しむということではなくなってきていることの表れでもあると思うんです。。映画も予告編みたいに編集されたものを観る人が多くなって、ショートカットして情報に付いていくという心理になってしまっている。時代に遅れないという心理が今の人たちにあるのと、仲間と話題を共有するというひとつのネット発の風潮があるからだと思うんですけどね。2時間の映画の中で起承転結があって、その中のドラマを楽しむというより、むしろ情報を得るというコンセプトで、2時間かけて1本の映画を楽しむより、タイパという観点で上映中の映画の知識を求めてしまう。だから鑑賞じゃないんですよ。

DJ OSSHY 完全に情報収集ですよね。楽しむという行為じゃない。

林哲司 僕らもフランス映画を観て、理屈っぽいところがあると、ちょっとかったるいなと感じることもある。例えば小津安二郎の映画がおもしろかったという情報に接して、自分もちょっと勉強してみようかなと思って、あの時代の小津映画を観てみたら今とはテンポ感が全然違うので、もどかしさを感じるときもある。そのズレみたいなものが、僕らの感性と今の人たちの感性の間にあるじゃないかなと思ったりもするんです。

DJ OSSHY 一方で、林さんの代表曲のひとつである松原みきさんの「真夜中のドア~stay with me」のように、今の人たちに思いもよらない形で再評価されるというおもしろい現象も出てきています。


「真夜中のドア~Stay With Me」
松原みき
1979年11月5日発売
作詞:三浦徳子
作曲・編曲:林哲司
収録アルバム『POCKET PARK』
再生はこちら


林哲司 80年代の洋楽、特にアメリカの音楽の素晴らしさを、ミュージシャンからクリエイターからみんなが享受した時代だったんですよね。自分たちが作るものにそれを反映していったわけですけど、その本家本元を聴かずにシティポップが聴かれるようになったのは、何なんだろうとずっと不思議でした。結果的に世界の方たちが日本発の音楽を聴いているということは、たぶんアメリカのカラッとした部分と日本のウェットな部分の差じゃないかなと思っているんですよ。自分でも記憶があるんですけど、80年代に海外のレコーディングが流行って、LAあたりで頻繁にレコーディングされた時代があったんです。その時に現地の日本人から話を聞くと、日本人はとても器用でアメリカ的な音楽を作っていてすごくいい、はっきり言ってアメリカの作曲家のメロディよりも日本のメロディの方がいいんだよねということを聞いたことあったんですよ。日本の細かいメロディの運びや繊細さ、コードワークみたいなものに哀愁感があって、それがたぶんアメリカ人には出せない、何かがあるんじゃないかなと。その違いを海外の人達が気付いたんじゃないかなと思うんですよね。

DJ OSSHY まさにシティポップの本質はそこにあるんじゃないですか。

林哲司 もうひとつは、持論なんですけど、アメリカ至上主義じゃなくなってきたこともあると思っているんですよね。文化もそうだし、政治の世界でも混迷している今のアメリカの現状を考えた時に、アメリカがリードしてきた部分というものに対する反発だとか、あるいは他の文化の香りみたいなものを世界の人たちがインターネットの時代で、かつて輸入されてきたアメリカ文化だけではない良さみたいなことを熟知できるようになった。音楽においてもアメリカのチャートが世界を席巻してるかというと、ベースにはなっているけど、昔ほどではないなという感じもする。それぞれの国で自分たちの文化圏でしか通用しなかった音楽が、今は誰でも世界に向けて発信できる時代になった。今、日本の音楽がシティポップというカテゴリーで受けているように感じますけど、そこに至るまでの文化の流れ、日本のアニメやゲームが世界をリードして受け入れらてきたということが大きい。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の大ヒットもそうですし。そういう経過があって、音楽もそういうタームに入ったんじゃないかなという気がしています。「真夜中のドア」はその時代の代表曲になった感じはありますが、「真夜中のドア」だけが優れていたという感覚は自分にはないんですよね。


林哲司
『Hayashi Tetsuji Song File』
CD5枚組 +ブックレット
2023年6月21日発売


DJ OSSHY YouTubeか何かで初めて日本の音楽カルチャーのすばらしさやクオリティの高さに触れて、日本のシティポップという音楽は全部いいじゃないかと気付いて、どんどん深掘りしていき、今の世界的なブームに発展していったんじゃないでしょうか。「真夜中のドア」はそうしたネット産業革命の時代の象徴でもありますよね。おそらくかなりコアな音楽ファンは、作曲:林哲司というクレジットを見ただけで買ったり、聴いていたりしてそうです。

林哲司 それは僕らが80年代にデイヴィッド・フォスターやジェイ・グレイドンのクレジットを目にして輸入レコード店で買っていたのと同じ感覚ですよね(笑)。

DJ OSSHY いや、まさに。ディスコDJ的には、'79年リリースだったら全部買いという時代でしたね(笑)。'79年のソウル、ディスコ系はほぼレーベル買いでした。

[後編]に続く

対談進行・文/油納将志 写真/島田香



●林哲司(はやし・てつじ)

1973年シンガーソングライターとしてデビュー。以後作曲家としての活動を中心に作品を発表。竹内まりや「SEPTEMBER」、松原みき「真夜中のドア〜Stay With Me」、上田正樹「悲しい色やね」、杏里「悲しみがとまらない」、中森明菜「北ウイング」、杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語-NEVER ENDING SUMMER-」など全シングル、菊池桃子「卒業-GRADUATION-」など全曲、稲垣潤一「思い出のビーチクラブ」など、1500曲余りの発表作品は、今日のシティポップ・ブームの原点的作品となる。 また、映画音楽、TVドラマ音楽、テーマ音楽、イベント音楽の分野においても多数の作品を提供。ヒット曲をはじめ発表作品を披露するSONG FILE LIVEなど、積極的なライブ活動も行っている。

林哲司 オフィシャルサイト

【関連イベント】
林哲司50周年記念SPイベント
『歌が生まれる瞬間(とき)』 ~Talk&Live~
会場:赤坂レッドシアター


●6/30(金)
出演:林哲司
ゲスト:萩田光雄(作曲家・編曲家)、船山基紀(作曲家・編曲家)
ゲストMC:半田健人

●7/1(土)
出演:林哲司
ゲスト:売野雅勇(作詞家)
ゲストシンガー:大和邦久、富岡美保、一穂

●7/2(日)
出演:林哲司
ゲスト:松井五郎(作詞家)
ゲストシンガー:藤澤ノリマサ、松城ゆきの、一穂

イベント詳細は林哲司 オフィシャルサイトにて



DJ OSSHY オフィシャルファンクラブ


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DJ OSSHY 出演スケジュール

2023.07.07《EVENT》 【東京都・銀座】DJ OSSHY DISCO R&B Night @ 銀座DisGOONieS <主催イベント>
2023.07.09《EVENT》 【愛知県・名古屋】Flashback Dancebeat Vol.6
2023.07.16《EVENT》 【京都府・祇園】surfer disco 祇園祭SP @ マハラジャ祇園
2023.07.21《EVENT》 【東京都・渋谷区】DJ OSSHY&DJ AKIRA Presents 「Boogie Nights」<主催イベント>
2023.07.30《EVENT》 【東京都・六本木】サンデーディスコ @ マハラジャ六本木 <主催イベント>

▲諸事情によりイベントは変更になることもございます。 詳しくはDJ OSSHY公式サイト(www.osshy.com) をご参考ください。

プロフィール

DJ OSSHY
DJ OSSHY (公式サイト www.osshy.com)
7月22日「ディスコの日」制定者。80′s ディスコ伝道師。
MCとミキシングを両方こなす、DISCO DJのスペシャリスト。
安心・安全・健康的でクリーンなディスコの魅力を全国に伝えている。
テレビ司会者の第一人者「押阪 忍」の長男。

親子で楽しめる「ファミリーディスコ」、高齢者向け「シルバーディスコ」など、 世代を超えて楽しめるイベントを開催。
東京スカイツリー、東京タワー、羽田空港、大型客船シンフォニー、 小金井カントリー倶楽部などでのディスコイベントのメインDJを務め、郷ひろみ、鈴木雅之、角松敏生との共演イベントも大きな話題を呼んだ。
売野雅勇 作詞活動35周年記念コンサートでは、総合司会を務めた。

民放テレビ初のディスコTV番組「DISCO TRAIN」(TOKYO-MX)を始めとした、ディスコ放送番組DJのパイオニアでもある。

【レギュラー番組】

●「DJ OSSHY DISCO TV」(BSフジ)毎月第1・第3月曜日 24:00~24:25
●「DJ OSSHY × まつきりな 推しナイト!」(BSフジ)アーカイブ配信中!
●「Family Disco」(JFN系列)全国FMラジオ放送
●「RADIO DISCO」(InterFM897)毎週土曜日15:00~17:45
●「横浜DiscoTrain」(FMヨコハマ)毎週日曜日15:20~15:30

他、2018年6月4日 テレビ朝日「徹子の部屋」など様々な番組に出演。

2021年9月22日には最新mix CD『 SURF DISCO 2 -NO SURF, NO LIFE.- mixed by DJ OSSHY 』をリリース。
2016年10月には、初の書き下ろし・エッセイ『ディスコの力』(PHP出版)を出版した。

今、日本で一番集客力のある、ディスコ世代に支持されているDJタレント。

DJ OSSHY公式サイト
www.osshy.com

公式ファンクラブサイト
osshyfan.com

公式オンラインショップ
djosshy.theshop.jp

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