落語 みちの駅

第百十二回 「朝日名人会四高座制がスタート」
 1月16日14時から第206回朝日名人会。開口一番はこの日が前座として最後の出番となる、つまり二ツ目昇進目前の三遊亭勝つをさん「やかん」。根問いものの噺の基本的な、そして古典的なQ&Aの呼吸とスタイルが整っていて、これからが楽しみ。ギャグ風のトークでごまかす若手ではない、頼もしい新人です。二ツ目昇進を機に師匠歌奴の前名「歌彦」になるそうです。

 さて、引き続きコロナ禍から脱出できない寄席演芸業界。朝日名人会も昨年前半の休演のあと、観客5割システムで5回連続の開催となりました。客席、ロビーの景色は少し淋しいけれど、慣れとは不思議なもので、あまり詰まった状態よりは清潔感?があるように思います。まあ、これもよし――か。

 そして今回から四演者四高座制に踏み切りました。ただしたっぷりやって頂いて、決して省エネ・節約の会にはしないこと。ここが肝心でしょう。

 その試み第一回の今回は春風亭正太郎「堪忍袋」、桂文治「藁人形」、金原亭馬生「二番煎じ」、柳家権太楼「藪入り」。一席減らしましたが、いつもより10分から15分早いPM17時終演でした。中入りも5分延ばしましたから、スリムにして充実という目標はぴったり実現したつもりです。

 前にも申し上げましたが、ホール落語の初期・隆盛期は七人七高座が普通でした。私にとって文楽・志ん生・圓生の時代は七席の長丁場と背中合わせ。それが1980年代にようやく5席制に定着したのですが、生活感覚からすれば、それも高度成長期型の肥満公演に思われます。

 さて、結果はうまくいきました。まもなく「春風亭柳枝師匠」となる正太郎さんは明るく大きな古典の語り口にしっかり現代の夫婦の姿を映し、文治さんは本人のキャラクターとは少し裏腹感のある暗い噺で新境地を示し、馬生さんは老練な語り口で落語には意外いと珍しい旦那グループの織りなすツボにまったりはまっていました。音曲調の「火の用心」も馬生さんならではでした。

 権太楼さんの「藪入り」はちょうどその日(1月16日)に実現しました。この日付をキャッチするのは、第三土曜日にとっては何年かに一度しかできません。

 40分超の長演でこの噺の性根を深堀りしてくれました。親が子に謝ることもある――というのが柳家権太楼師匠の「藪入り」の人間ドラマ。

 この噺の往年の名演、三代目三遊亭金馬では、そんな場面は皆無。藪入りの風習は廃れましたが、落語「藪入り」は柳家権太楼師匠によって健在です。





第百十二回 「朝日名人会四高座制がスタート」
春風亭正太郎「堪忍袋」


第百十二回 「朝日名人会四高座制がスタート」
桂文治「藁人形」


第百十二回 「朝日名人会四高座制がスタート」
金原亭馬生「二番煎じ」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。