落語 みちの駅

第百十回 「第204回朝日名人会のリポート」
 11月21日14時、マリオン朝日ホールにて開演。二ツ目・三遊亭わん丈「近江八景」に拍手。古めかしくてやりにくく、ウケない噺でもこうやればリニューアルするというお手本の高座でした。これは新作・自作の落語を演じるよりずっと才気と力が必要なことです。

 この春に真打になった立川志の春「茶の湯」。落語協会系の若手に耳慣れた客にはむしろ新鮮だったのでは。この噺特有のケレンに溺れず正面から噺と取り組んだ姿勢は立派でした。落ち着いた声柄なので多彩な演目に挑んでほしいと思います。

 金時改メ五代目三遊亭金馬「中村仲蔵」は五代目のスタートにふさわしい名人芸開花の一席。これまで中庸を得すぎて、と言うべきか、もうひとつ決め手を打たないことが多かった五代目ですが、だいぶ登場人物各々の「腹」が出来てきてメリハリもあり、登場人物が個性的に動き始めたのです。サゲは五街道雲助型。直伝を受けたのだそうです。

 その雲助門下の隅田川馬石「火焔太鼓」。近年自身の新しい世界を模索しているのは結構なことで、柔らかな口調に似合わないオーバーアクションが不思議な効果を生み出していました。浮世離れした人物群像もおもしろく、ウケてはいましたが、隅田川馬石はどういう方向をめざしているのか、少しわかりにくい面もあります。フィクションを演じる本人がフィクションの芸人にならないように要注意。

 立川志の輔「バールのようなもの」。コロナ対応でどこか手放しでは楽しめない客席事情を考えて、あえてこの噺をお願いしました。こういう時期だからこその笑いというものはたしかにあって、世相を語りこの国を語りながら現代根問い噺の超名作でたっぷり笑わせてくれました。年が明ければ、良いことがありそうです。




第百十回 「第204回朝日名人会のリポート」
三遊亭わん丈「近江八景」


第百十回 「第204回朝日名人会のリポート」
立川志の春「茶の湯」


第百十回 「第204回朝日名人会のリポート」
金時改メ五代目三遊亭金馬「中村仲蔵」


第百十回 「第204回朝日名人会のリポート」
隅田川馬石「火焔太鼓」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。