西寺郷太 It's a Pops
NONA REEVES西寺郷太が洋楽ヒット曲の仕組みや背景を徹底分析する好評連載
第29回 ワム!「恋のかけひき(Everything She Wants)」【後編】
―― (【前編】からの続き)郷太さんって、ジョージ・マイケルやワム!のことを語っているといつも気がつくとアンドリューの話を熱心にしてますよね。
西寺 確かに(笑)。ただ、それは僕が子供の頃から「天才ウォッチャー」で、アンドリューとジョージのワム!が歴史に残る「天才コンビ」だと思っているのに、全然アンドリューの凄さをわかってもらえないからなんですよ(笑)。ワム!はジョージ・マイケル&アンドリュー・リッジリー、このふたりでないとあれだけの成功は出来なかった。イギリスの白人少年がラップを「ノリ」でこなしてみたり、ギタリストなのに「踊ってるだけ」だったり。
―― 今、グループにダンサーやパフォーマーがいても普通ですけどね。
西寺 彼はめちゃくちゃパイオニアです。シンガーや楽器演奏専任でなくてもグループに強いインパクトをもたらすパートナーの存在がまだ評論家やジャーナリストに理解されなかった時代。イメージとライヴや映像でのヴィジュアル・パフォーマンス担当。ただクレジットを信じれば、初期楽曲でのアンドリューのカッティング、めちゃくちゃ巧いんですよ。「ワム・ラップ!」「ヤング・ガンズ」とかね。
―― 残念ながらそのことを証明するライヴ映像もほとんど残ってないですからね。
西寺 野球で言ったら、バント100発100中決められるやつみたいな感じかもしれません(笑)。アンドリューのカッティングは絶品ですね。その意味で、ワム!の1st『ファンタスティック』までは、少なくともアンドリューの見せ場はあったんですよ。カッティング・ギターが初期ワム!サウンドの軸ですからね。「クラブ・トロピカーナ」にしても。その音が聴こえなくなってきたのが、彼らが思春期に浴びた70年代後半のディスコ、ファンクから60年代モータウン、フィル・スペクターのウォール・オブ・サウンドに影響を受けた2nd『メイク・イット・ビッグ』で。ここにはソロ・アーティストとしてジョージの才能が爆発する「ケアレス・ウィスパー」(アンドリューとの共作)が収められ、1985年の年間全米ナンバーワン・シングルに。そして、さらに全サウンドをジョージひとりで統括し鳴らしたプログラミング・ファンクの金字塔「Everything She Wants」が生まれたわけです。
WHAM! 「Everything She Wants」(1985)
―― 「Everything She Wants」は、本国イギリスでは「ラスト・クリスマス」(’84年)両A面のカップリングでした。
西寺 そうでしたね。ワム!も参加したバンド・エイドの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」が1位を独走したので全英では最高2位でした。でも、アメリカでは『メイク・イット・ビッグ』から3曲連続1位でしたっけ?
―― はい。アメリカでは「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「ケアレス・ウィスパー」に続き’85年5月に1位でした。
西寺 ジョージ本人は数々のインタビューで「<Everything She Wants>はワム!時代の最も誇りに思っている楽曲」と公言してますけど、まさかシングルとして発表するとは、と作った当初は思っていなかったという証言も残していますね。ファーストに入ってた「Nothing Looks The Same In The Light」や、今回『ジャパニーズ・シングル・コレクション』にめでたく収録された「ブルー」のような、位置付けだったんじゃないでしょうか。
―― ほー。
西寺 ジョージの繊細な内面が最も表現されている、パーソナルなダンス・チューン。3曲とも大好きですが。ホテルの中でシンセサイザーを持ち込んで、まず一日かけてバック・トラックだけプログラミングしてみたっていうんですよね。トラックだけ先に作るのは初めてだったそうで。それまでは多分メロディを思いついてから曲を作ってたんじゃないですかね。次の日に朝起きて、メロディ考えてみようって思ったら、不思議とスルスルと出来た、と。ワム!の中でも一番大事にしてたのは間違いないようで、ソロになってからもほとんどこの曲は演奏してますし、『MTVアンプラグド』(’96年)にも入ってました。
―― 「Everything She Wants」は、‘86年6月、ウェンブリー・スタジアムでのワム!解散コンサートの1曲目でしたよね。
西寺 ステージにメンバーが登場するまでのイントロが長くて(笑)。あの時点での自身の最高傑作という位置付けだったのかもしれませんね。アメリカに住んでる友人や知人に聞いても、とにかく「Everything She Wants」は人気あるっていうんですよね。今だに。黒人にも白人にも好かれてて。皮肉なことに、かつてワム!に否定的だったポール・ウェラーの音楽ってアメリカの黒人層にはそれほど受けてないんですよね。
―― 郷太さんがポール・ウェラー発言を根に持っているようで(笑)。
西寺 僕もスタイル・カウンシルは大好きなんですよ(笑)。ただ、やっぱり世代的に日本のミュージシャンの先輩達の多くがポール・ウェラー崇拝者が多くて、ずっとワム!やジョージは「ダサい」ってバカにされてきた少数派の悲しさはあります(笑)。全身ミュージシャンのミック・タルボットと、外で飲み歩いてタブロイドの常連のアンドリューをまともに比べたら、そりゃ楽器演奏者はミックを選ぶのは当然だと思いますし。ジョージの回想によるとバンド・エイドのチャリティ現場で「ワム!ってだせえよな」と実際若いジョージは相当虐められたらしいんですね。
―― それはきつい。
西寺 1951年生まれのスティングとジョージは12歳も違いますし、1958年生まれのサイモン・ル・ボンやポール・ウェラーとも5才差。ちなみにプリンス、マドンナ、マイケル・ジャクソンもサイモン・ル・ボンやポール・ウェラーと同い年ですね。世代が違うしパンク精神をどう捉えたかで政治的なスタンスも違う。若くして成功している嫉妬もあったと思いますが、何よりジョージとアンドリューのユーモアセンスが理解されづらかったんだと思います……。
―― なるほど。
西寺 '84年の秋にはまだ差はさほどなかったので。ワム!やジョージがアメリカで大爆発するのは'85年で、黒人音楽最高って愛していたイギリスの先輩ミュージシャンよりジョージの音楽のほうが結局ストレートにスモーキー・ロビンソンや、モータウン・レビューでも褒められるという結果につながっていく。ジョージが「信じられないほど歌がうまい」ということで、そのリスペクトの素直さも含めて黒人社会にも響いたんですよね。ジョージ・マイケルをバカにしたイギリスのソウル好きのミュージシャン達は3年後の『FAITH』の大成功で悔しかったと思いますよ。結局、自分らの尊敬してるアレサ・フランクリンとデュエットを成功させ、アメリカで売り上げのみならず、グラミー最優秀アルバム賞まで獲得するわけですから。そのアメリカでの大成功の最大のきっかけは、やっぱり「Everything She Wants」と「ケアレス・ウィスパー」。多くの黒人ファンの琴線にも触れたっていう。
- NONA REEVES
『“Choice Ⅲ” by NONA REEVES』
2014年
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―― 郷太さんもカヴァーしましたか?
西寺 カヴァーさせてもらいました! 2014年に発表したノーナの洋楽カヴァー・シリーズ“Choice”第3弾アルバムは全曲ワム!をやりました。「Everything She Wants」もカヴァーしましたけど、ジョージ・マイケルのワム!の曲って、全部ピッチをちょっと上げてるんですよ。当時、カセットテープのリール回転をちょっと遅くして録って。遅くすると、テンポとキーがちょっと落ちるじゃないですか。テープ速度を落として歌って再生の時に速度を戻すと声がメタリックにキラッとするんですよ。若くなるっていうか。その当時の流行だったんですね。マイケル・ジャクソンもやってます。なんとなく人工的な響きになるんですよね。それが80年代ぽくもある。松任谷由実さんもその手法を取り入れているんじゃないでしょうか。70年代のくすんだ温かみのある感じではなく、シャキーっとした明るさ。もちろん、良し悪しありますが。
―― 同じキーで歌い続けなければいけませんしね。
西寺 「フリーダム」とかもそうです。ただカヴァーする時、キーをジョージと同じまんまで歌わないと負けだって思ったんですが苦しかったですね(笑)。“Choice”では全部で9曲ワム!をカヴァーしていますが、「Everything She Wants」を歌ってみてやっぱり自分はこの曲が大好きだということを再確認しましたね。人生モスト・フェイヴァリットを選べって言われたら迷わず筆頭にあげたい曲ですね。
―― 楽曲として魅力が多い?
西寺 今でも発見が多いですね、ワム!は。この前の『ラスト・クリスマス』のライナーを受けた時に「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」について、あらためて何回も聞き直して。その時に、あ、そうだったのかと思ったのが……子供の頃に無邪気に聴きすぎてドラムが打ち込みなのか生なのかってあんまり考えてなかったんですよ。ビデオやライヴとかのイメージもあるので。でもよくよく聴いたら、そうか打ち込みなんだ、と。実際にジョージは「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」を作ったあと、当然のようにドラマーをスタジオに呼んだんだけど、その日ドラマーが約束してた時間に遅刻したらしくて。それで、プリンスとかも使ってたリンドラムのサウンドで打ち込んだらいいじゃないかとなった、と。それがリバイバルだけど新しい響きとなったというわけで。
WHAM! 「Wake Me Up Before You Go-Go」 Official Video(1984)
―― あ、なるほど。「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「Everything She Wants」は飛び切り黒いのに、潔いぐらいの爽やかさと洗練された軽さを感じたのは打ち込みの仕業ということなのか。
西寺 やっぱりそう聴こえるのはプログラミング・サウンド、特にドラムを生で録音しないことによって得られる「空気感」の少なさですよね。結局、ドラムを生で録っちゃうと、複数のマイクを立てて、スタジオの空間で鳴っている音を録るっていうルールでしかないから、生でドラムのリズムを録れば録るほど空気感が含まれる。それが悪いというわけじゃなくて、当時の価値観で言えば、無音に近い方が新しく思えたんですよね。今でこそ空間音をわざわざ最後に無駄に入れるっていうテクニックもあるぐらいですけどね。どうでもいい環境ノイズを足すとむしろ音楽がよく聴こえるという研究結果もあるとか。ちなみにラスト・アルバム『エッジ・オブ・ヘヴン』に至るまでの道に関して言えば、シングル「アイム・ユア・マン」が彼らの最高傑作で、タイトル・トラック「エッジ・オブ・ヘヴン」はまさにワム!の生前葬ですよ。
―― 生前葬?
西寺 あ、これは『ジャパニーズ・シングル・コレクション』のライナーには書いてないんでいま浮かんだ言葉です(笑)。つまり、もうすぐ自分たち(ワム!)は死にます、余命あと半年を宣言した以上はそ死ぬ前にやっときたいことを全部やらないと!っていうのが「エッジ・オブ・ヘヴン」。ここ一年、嵐も“REBORN”をテーマに掲げて、昔の曲を今の解釈でリリースしてきましたけど。ジョージはアンドリューと組んだワム!の魅力はなんなのかを考え、その“ワム!的なるもの”の答えを「エッジ・オブ・ヘヴン」というポップ・ソングのなかに封印したと思います。
WHAM! 「I’m Your Man」Official Video(1985)
WHAM!「THE EDGE OF HEAVEN」Official Video(1986)
―― 僕は当時、めちゃくちゃポップなだけに余計にこれで終わりなんだという一抹の寂しさを覚えました。
西寺 集大成感を放ってましたからね。ちなみに、「アイム・ユア・マン」のドラムは打ち込みで、ベースは生にも聞こえるし、シンセベース的にも聞こえるんですけど、ちょっと不思議なベース。「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」にあったダンス・ポップな雰囲気を踏襲しつつ、「Everything She Wants」路線もしっかり引き継いでて。つまりその、クオンタイズされたマシン・ビートで再現した80年代のモータウン。曲作りもめちゃくちゃ、工夫に富んでいて。「Everything She Wants」がソロ・デビュー後に繋がるこの時点でのジョージ・マイケル的音世界の最高峰であるならば、「アイム・ユア・マン」はワム!でしか出来ないダンス・ポップの頂点、全力疾走の真空パックですね。「エッジ・オブ・ヘヴン」はアンコール的な。陸上選手が勝った後、旗を持ってトラックを一周するウィニング・ランみたいな余裕が感じられます。
―― ワム!解散から翌’87年にはジョージ・マイケルはワム!の成功をたった1枚で凌駕するかのようなアルバム『フェイス』を発表します。
西寺 ですね。そのほんの数年前まではデュラン・デュランやカルチャー・クラブやポリス、スタイル・カウンシル、ブロウ・モンキーズもそうですが、生ドラムのサウンドが英国ミュージシャンの主流だったんですよね。でもジョージはいち早くマシーンのリズムに切り替えた。ワム!時代にジョージがひとりでシンセサイザーで作った「Everything She Wants」が全米ナンバーワンヒットになったこと、アメリカの黒人層にも愛されたことが彼の確信となり、後のワム!解散へと繋がる。それからシンセサイザーやシーケンサーなどを統合した電子楽器のシンクラヴィアの登場ですね。
―― 高額過ぎてお金持ちの一流アーティストしか導入できない逸品といわれた最強マシーン。
西寺 彼にはワム!での大成功がありましたから。それによって、彼の超完璧主義な性格がさらに極まり、各楽器のセッション・ミュージシャンの手癖を完全に排除することができた。それが彼の信念でありFAITHなわけです。アルバム『フェイス』の先行シングルがその鍵となるのですが……よかったらこの連載の第1回目ジョージ・マイケル「アイ・ウォント・ユア・セックス」をご覧ください! 無限ループが楽しめます(笑)!![終わり]
聞き手/安川達也(otonano編集部)
- WHAM!
「Everything She Wants」
Release:3 December ,1984(UK)
Recorded:Paris/London 1984
Label:Columbia
Songwriter:George Michael
Producer:George Michael
Lead and Backing Vocals, All Keyboards:George Michael
ワム!の2ndアルバム『メイク・イット・ビッグ』からの3rdシングルで、本国イギリスでは「ラスト・クリスマス」の両A面シングルとして発売され’84年12月15日付け全英チャート最高2位(年間6位)を記録(1位はワム!も参加したバンド・エイドの「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」)。アメリカでは「ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ」「ケアレス・ウィスパー」に続き’85年5月25日付けで全米1位(年間25位)を記録した。1枚のアルバムから3曲が全米チャートのトップを飾るのは、ビー・ジーズの『サタデー・ナイト・フィーヴァー』以来7年ぶり、80年代に入ってからは初の快挙だった。日本発売されたシングル盤(写真)には、カップリングの「消えゆく想い」に日本ファンへのメッセージ音声がプラスされていたことで話題となった。