落語 みちの駅

第百二回 「第191回朝日名人会」
 7月20日(土)、第191回朝日名人会の報告です。三遊亭歌太郎「転宅」、桂三木助「崇徳院」、柳家三三「笠碁」、古今亭志ん輔「駒長」、柳家喬太郎「孫、帰る(山崎雛子作)」。

 いわゆる中トリとトリにやや大き目のネタを託し、先輩の志ん輔さんに中入り後のクイツキ役を預けた――、という意図をわかっていただけるでしょうか。プログラミングの手法はさまざまありますが、時折り裏返しのコントラストに遊ぶ必要があります。お客の耳がマンネリにならないよう、演者もマンネリの取り組みをしないよう――。

 ただし、そんな中トリとトリが読みすぎて斜めに構えたりしないようなネタを仕込むように――。

 というといかにもウマい話ですが、そんな仕込みが外れたなら、どうにもドタバタの会になりかねません。

 まずは歌太郎さんと三木助さんには淡々と持ち場をこなしてもらう。かつてこの会の前座で太鼓を叩いていたこともある歌太郎さんは骨太でうまみのある人で「転宅」も若手とは思えないさばき方でした。前途有望。

 三木助さんは五代目襲名後初の朝日名人会出演です。祖父・三代目がよくやっていた「崇徳院」は私にとっては「芝浜」以上に「三木助」を感じる演目なのです。地をもう少し踏みしめて語るようになれば、小林家の「三木助」の風味が出てくるでしょう。楽しみです。

 私は十代目柳家小三治さんで「笠碁」を聴いた記憶がないのですが、三三さんによれば、「三人ばなし」の会で一度だけやったことがあったそうです。もしも小三治が「笠碁」をやったなら、こんなふうになったのかな……と想像させてくれる高座でした。そんな想像をしたくなる「笠碁」と言ったほうがいいかもしれません。

 志ん輔さんはこの日の会の意図を前口上にして珍しいお家芸「駒長」を闊達に演じてくれました。荒削りなプロセスにとどめておいたほうが楽しめるこの噺の貴重な後継者です。結果として、「笠碁」「孫、帰る」とのコントラストが鮮明になりました。

 短い噺の終盤に突如ドラマが起こる。「孫、帰る」には落語作品には珍しい夕暮れの世界があります。絵画的である以上に心理的な、いや精神的な寂寞の世界です。これは誰にでもやれる噺ではありません。

 この噺を初めて聴いた客も多かったようでアンケートにはその感動の声が少なからずあったようです。

 後半三席のコントラストが想定以上にうまくいって、私自身はお客のそれとは別種の、もちろん演者の思いとも別の、いささかの満足感があります。




第百二回 「第191回朝日名人会」
三遊亭歌太郎「転宅」


第百二回 「第191回朝日名人会」
桂三木助「崇徳院」


第百二回 「第191回朝日名人会」
柳家三三「笠碁」


第百二回 「第191回朝日名人会」
古今亭志ん輔「駒長」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。