落語 みちの駅

第百回 「第189回朝日名人会」
 5月18日PM2:00から第189回朝日名人会。終演は17時15分。柳家わさび「反対俥」、桃月庵白酒「強情灸」、柳亭市馬「付き馬」。後半は柳家花緑「粗忽の使者」、柳家さん喬「たちきり」。

 わさびさんはまず冒頭で危うく遅刻しそうになったと語りだし、死にもの狂いで駆け付け、どうやらスリリングに間に合ったと報告。ついさっきまでのナマナマしいルポを語って客席を一気に自分個人の世界に誘い、同時に正反対なタイプの人力車夫に翻弄される噺の乗客の世界へも引き込んでいきました。それると噺が浮いてしまいかねない「反対俥」へのしたたかな対応と見ました。どこまでが真実かは問いますまい。いい真打になれるひとですね。

 続いて「強情灸」、一つ置いて「粗忽の使者」とは、少しアクション噺過多でしたかね。ちょっと反省。「付き馬」「たちきり」の二席とははっきりメリハリがついたという効果もあったかと思うのですが……。

「強情灸」はむろん古今亭系統の演出。この自爆に等しい灸の話は、いつも思うことですけれど、ヤセ型の演者では痛々しく見える要素があります。白酒さんなら気遣いなく楽しめます。花緑さんの「粗忽の使者」は職人・留公の快活で歯切れの良いキャラクターに絞って楽しませてくれました。この噺の主人公は百パーセントこの男で、粗忽な使者はせいぜい小道具の役どころにすぎません。

 市馬さんの「付き馬」はオーソドックスな演じ方でしたが、ひとことが耳に残りました。

 湯豆腐で朝飯を食べようと店へ入ったペテン男は店の仲居さんにまるでなじみ客のように話しかけ、仲居さんがキョトンとする。これは結末へのさりげない伏線で、他の演者ではあまり聴いたことがありません。

 柳家さん喬さんの「たちきり」は丁寧で節度のある演じ方。ちょうど三七日にあたることと、そのために芸者仲間がやってくる場面とで泣かせるような野暮は避けて演じてくれました。




第百回 「第189回朝日名人会」
柳家わさび「反対俥」


第百回 「第189回朝日名人会」
桃月庵白酒「強情灸」


第百回 「第189回朝日名人会」
柳亭市馬「付き馬」


第百回 「第189回朝日名人会」
柳家花緑「粗忽の使者」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。