DJ OSSHY TOKYOの未来に恋してる!
安心・安全・健康的なディスコ・カルチャーを伝達することを使命とするDJ OSSHYのインタビュー連載
第25回 【対談③ マイケル・フォーチュナティ×DJ OSSHY [後編]】
実は、僕たちふたりの組み合わせをパッケージにしてツアーを組んだら、日本中を回れるんじゃないかななんて勝手に考えていたんだ(笑)。ヨーロッパ・ツアーも夢じゃないよね。(マイケル・フォーチュナティ)
光栄です! 一緒に行ってみたいです!! 私はいまだに海外でDJはやったことがないのでそのお話はすごく興味があります。(DJ OSSHY)
── おふたりが共演したイベント『Summer 80s LIVE & DISCO』や「ギヴ・ミー・アップ」の秘話を語っていただいた[前編]に引き続き、[後編]ではディスコの魅力やマイケルさんのニュー・アルバム『ザ・ベスト・オブ・ディスコ・カバーズ』のお話を中心に聞いてみたいと思います。
DJ OSSHY あー、その前に、僕はひとつ気になることがあるんですよ。80年代はディスコやユーロビートの全盛期でしたが、90年代以降になると世界的にいわゆるクラブの時代になって、どんどん細分化した小さいハコが乱立してきます。いわゆるディスコ不遇の時代ですけれども、その頃のマイケルさんはどういう活動をされていたのでしょうか。
マイケル たしかに90年代になると、ユーロビートの全盛期は終わったね。ただ、僕の場合はラッキーなことに、アルバムを作り続けることができたんだ、イタリアとベルギーとフランスではずっとツアーもしていたし、日本でもそうなんだけど僕なりのキャリアを積み重ねることができた。ユーロビートの形を少しずつ変えながら活動していたからね。だから、ヨーロッパでは一定のオーディエンスには愛され続けてこられた。流行に流されるのではなく、ずっと続けてきたからこそ今の自分があると思う。
DJ OSSHY アーティストとDJの違いからアプローチは異なりますが、私も同じような状況でした。私もDJをやめずに続けてきたからこそ、今の自分があると思っています。クラブ時代でいわゆるディスコが下火になって、そして再びディスコ・ミュージック復活と、大きな波があるんですけれども、ディスコのDJをやめないでずっとやってきたからこそ今の自分があるんです。マイケルさんも、継続してきたからこその力があるんですよね。
マイケル はい。続けてきたからこそ、時代がついてきたというか、再び時代が自分のところにぐるっと回ってきたというのは感じるね。だから自分の音楽を誇り高く続けていきたいと思っている。さっき話したように、今フランスやイタリアといったヨーロッパの南のエリアでは80年代のディスコ・ミュージックが再び流行っているので、この動きはもっと広がっていくだろうね。日本は昔からアジアの中で一番流行に火がつくのが早い国だから、ディスコ・カルチャーはさらに広がっていくと信じているよ。
DJ OSSHY そうなってほしいですね。マイケルさんにとってディスコやディスコ・ミュージックの魅力というのはなんですか。
マイケル ディスコ・ミュージックの素晴らしさというと、まずはメロディだと思う。キャッチーなメロディがあって、誰もが歌えるというのがディスコ・ミュージックの魅力だと思う。例えば、3年前のEDMのヒット曲が歌えるかというと、なかなか歌えない。でも80年代ディスコのヒット曲は全部歌えるんだよ。もちろん今のEDMが悪いというわけではないし、ヒップホップなどいろんな音楽があるからひとくくりにはできないけれど、後世に残る曲はそんなにはない。ディスコ音楽が素晴らしいのは、いつまでも残っていることだよ。メロディとリズムの要素がしっかりあって、歌詞もシンプルでみんなが歌えるということ。メロディ、リズム、歌詞の3つの要素があるから、80年代のディスコ・ミュージックは残っていくんだよね。
DJ OSSHY なるほど、あらためてその良さはしっかりと受け継いでディスコ・ミュージックを広めていきたいと思います。
── ヨーロッパにもOSSHYさんと同じように、ディスコの魅力を世代を超えて伝えようとしているDJはいるんでしょうか。
マイケル うーん、ヨーロッパにはOSSHYさんのようなDJは残念ながらいないかな。ディスコに特化したDJは思い当たらないけれど、僕が知る限りではアーティストとしてデヴィッド・ゲッタが一番近いかもしれない。なぜなら、彼の音楽はすごくメロディがあって、ディスコに通じるものがあるんだ。ボブ・サンクラーのような素晴らしいハウスのDJもいるけれど、デヴィッド・ゲッタは他の誰よりもしっかりとしたメロディを感じるので、僕たちの精神を受け継いでいるのかなと思うよ。そのデヴィッド・ゲッタのキャリアを作ってきたといっても過言ではないソングライターがいるんだけれど、彼は僕の近所に住んでいるんだ。だからデヴィッド・ゲッタがどういう人物かということも話を聞いているし、彼の音楽にはそのソングライターが作ったメロディがあったから世界中でブレイクしたのかもしれないね。
── じゃあ、新しい音楽を作る人の中でマイケルさんの精神を受け継いでいる人はいるけれど、実際に80年代のディスコ・ミュージックをプレイするDJはあまりいないんですね。
マイケル そうなんだ。1万人を集めて80年代の音楽を聴くようなコンサートやイベントが増えてニーズはあるんだけれど、アーティストはいてもDJはあまりいない。とくにOSSHYさんのようないわゆる知名度の高いスターDJは見かけないね。……だからね、OSSHYさんが僕らのツアーに同行してくれたらいいなと思うよ(笑)。プロモーターに売り込めば呼んでくれるかもしれないね。
DJ OSSHY 光栄です! 一緒に行ってみたいです!! 私はいまだに海外でDJはしたことないのでそのお話はすごく興味があります。
マイケル じゃあ、DJが必要だっていう話になったらすぐに連絡するよ。本当だよ。もしできることならば、この間のイベント『Summer 80s LIVE & DISCO』のようなステージをもう一度やりたいんだ。
DJ OSSHY ありがとうございます!私もぜひやりたいですよ。
マイケル 実は、僕たちふたりの組み合わせをパッケージにしてツアーを組んだら、日本中を回れるじゃないかなんて勝手に考えていたんだ(笑)。それが僕の近い夢になったよ。
『Summer 80s LIVE & DISCO』2018年8月24日・グランドハイアット ボールルーム
Photo by Ryota Mori
── 1986年のデビュー当時、ディスコはヨーロッパも同じように盛り上がっていたんですか。
マイケル その当時は、フランスなどのヨーロッパも日本もそんなに変わらなかったかな。どちらもすごく盛り上がっていた。ただ、ディスコの数自体は圧倒的に日本が多かったね。2000年くらいからどんどんディスコはなくなってしまったんだけれど、日本にはディスコはまだたくさんあるのかな?
DJ OSSHY いや、ずいぶん減りましたよ。やはり日本も80年代がもっともディスコが多い時代でしたね。
マイケル だからホテル・ディスコのようなイベントが主流になっているんだね。これからは、ディスコはまた増えていくと思う? それとも形を変えて新たな進化をしていくものなのかな。
DJ OSSHY 現在の状況から考えると、形を変えて新しいディスコ・スタイルがどんどん出来ていくと思います。いわゆる固定のハコではなく「どこでもディスコ」の時代です。DJ機材がコンパクトで持ち運びが可能になって、音響もレンタルですごく安く手配ができる。そうなると会議室でもレストランでもクルーズ船でもゴルフ場でも、「どこでもディスコ」になるんですよ。
マイケル そうやってどこでもDJができるなら、アーティストも必要になってくるよね。そうなったらぜひ自分を呼んでほしいな(笑)。
DJ OSSHY そんなこといったら、めちゃくちゃオファーが来ちゃいますよ(笑)。
Michael Fortunati「Give Me Up」(2018)
マイケル でも、絶対に日本もディスコ・シーンはもっと大きくなっていくと思うんだ。前回も言ったように、フランスでたったひとりのプロモーターがやり始めた小さなイベントが、今ではサーカス小屋を借りて1万人くらい集めてディスコにするようなこともあるほど成長している。日本でも同じように、いろんなところをディスコにしていけば、時代の雰囲気もハッピーになるんじゃないかな。
DJ OSSHY 本当にそうですよね。ワン・ナイト・ディスコみたいなものが日本中のいたるところで行われるようになりました。海外も一緒なんですね。
マイケル どんどんそうなると思うよ。何度でも日本に来たいから、OSSHYさんが盛り上げてね(笑)。
マイケル・フォーチュナティ
『ザ・ベスト・オブ・ディスコ・カバーズ』
DJ OSSHY はい、頑張ります! でもその前に、マイケルさんのニュー・アルバムをしっかりプロモーションしないと(笑)。今回の新作アルバム『ザ・ベスト・オブ・ディスコ・カバーズ』のことを伺いたいんですけれど、マイケルさんにとってカヴァー・アルバムは初めてなんじゃないですか。これまでに他のアーティストの楽曲を歌ったのを、僕は聴いたことがないんです。
マイケル その通りだよ。今までは、基本的に弟のマリオが作曲した楽曲に、僕が歌詞を乗せてその曲をずっと歌ってきたからね。でも、今回僕を担当してくれたレコード会社のスタッフが、80年代のディスコやユーロビートの良さを伝えたいということで、「ヴィレッジ・ピープルやデッド・オア・アライヴなどの名曲を、僕なりに歌ってみたら、違う世代がついてくるはずだよ」と説得されたんだ。こういったことはこれまでやったことがなかったから、正直いうとちょっと不安だったんだけど、歌ってみたらどれも名曲ばかりで楽しかった。
Michael Fortunati「Turn Around And Count 2 Ten」(2018)
DJ OSSHY たしかに名曲ですけれども、みんなマイケルさんの当時のライバルじゃないですか(笑)。そこに抵抗はなかったのでしょうか。
マイケル もちろん、少しは思ったよ(笑)。ライバルを宣伝しちゃうんじゃないかってね。でも、これらの名曲をもう一回僕の歌い方で歌うことによって、日本の若い人たちに「ユーロビートってこんなに名曲ばかりだったんだ」っていうことをもっと知ってもらいたいという気持ちの方が強かった。だから、ちっちゃいことをいわずに、カヴァーをさせてもらったよ(笑)。
DJ OSSHY さすがは“ユーロビートの帝王”ですね。懐が深い(笑)。
マイケル (笑)今回『ザ・ベスト・オブ・ディスコ・カバーズ』を発表したことで、日本に来ることができたからとても嬉しいよ。まずはこのアルバムをきっちりプロモーションして聴いてもらい、次回は今の僕なりのやり方で、新しいユーロビートを作りたいと考えている。
DJ OSSHY というと、全曲新曲のオリジナル・アルバムということですか。
マイケル 実は、その新作の作業はすでに始まっているんだ。音源ができたらOSSHYさんに送ってもいいかな。
DJ OSSHY もちろんですよ! 早く聴きたいです。
マイケル いち早く聴いてもらって、プロDJとしての意見を聞きたいんだ。
DJ OSSHY 先行で聴かせてもらえるなんてDJ冥利につきます。とても楽しみです! それにしても、マイケルさんは本当にずっと声も変わらないし元気だし、素晴らしいですね。日頃のトレーニングや健康法で何か秘訣はあるんでしょうか。
マイケル 何もしてないよ(笑)。ひとつやっていると言えるのは、水泳かな。
DJ OSSHY 水泳! なるほど。どのくらいの頻度で泳いでいるんですか。
マイケル 1週間に2回は泳いでいるかな。腰に一番良いのが水泳なんだよ。
DJ OSSHY たしかに、一番いい全身運動は水泳だといわれていますよね。私も水泳を始めてみようかな(笑)。
マイケル それ以外のスポーツは何もやらないし、ステージに上がればすごくアドレナリンが出るので、それが健康法かもしれないね。僕のオーディエンスは、僕が元気であるから好きでいてくれていると思うし、僕が元気にステージに立てなくなったらダメだと思うんだ。先日のイベントの時のお客さんもそうだろうけれど、一緒に歌って踊りたい。お互いに元気じゃないといけないよね。クリエイティヴであり続けるとことは、健康で長く続けることと同じなんだよ。
DJ OSSHY なるほど、元気じゃないとディスコで歌って踊れないですからね。ディスコといえば、日本で今年から7月22日が「ディスコの日」になったんです。
マイケル フランスの「音楽の日」(6月21日)みたいなものだね。
DJ OSSHY そうなんですよ。7月22日は映画『サタデー・ナイト・フィーバー』が日本で初めて公開された日なんです。1978年のことなので今年で40年なのですが、それがきっかけとなって「ディスコの日」が制定されることになりました。
マイケル じゃあ、今年から毎年この日は「ディスコの日」なんだね。OSSHYさんの熱意を感じるよ。
DJ OSSHY でも、今年はあくまでもスタートラインに立ったというだけで、これからもっとディスコの素晴らしさを広めていかなければいけないと思っています。子どもたちや孫、50年後、100年後、150年後もディスコのことを忘れないでもらいたい。ディスコ文化を風化させず、いつまでもディスコで楽しんでもらいたいんです。「ディスコの日」には、ディスコで踊って、ディスコについて語って、カラオケでディスコ・ヒットを歌ってもらいたいですね。
マイケル OSSHYさんみたいな熱い人がいたから、日本でもディスコが盛り上がっているんだね。
DJ OSSHY でも、ディスコの時代を作ってきたアーティストやレジェンドあっての「ディスコの日」ですから、あくまでもひとつのきっかけです。だから、マイケルさんも「ディスコの日」には毎年来てくださいね(笑)。
マイケル 呼んでくれたらいつでも飛んでいくよ(笑)。OSSHYさんも僕のツアーに同行してもらいたいな。
── じゃあ、この対談がきっかけでおふたりでヨーロッパ・ツアーとジャパン・ツアーができますね。
DJ OSSHY そんな夢のようなことができたら最高ですね。
マイケル 僕も実現させたいな。ぜひやろうよ!
インタビュー・文/栗本斉
写真/島田香(対談撮影)
●Michael Fortunati マイケル・フォーチュナティ
1955年9月4日、イタリア南部のプッリャ州生まれ。’86年にベルギーのインディ・レーベル経由で、「ギヴ・ミー・アップ」でデビュー。この曲がベルギー、フランスでヒットチャートのNO.1に輝き、日本でも大ヒットを記録。続く2ndシングル「イントゥ・ザ・ナイト」も、日本やヨーロッパ全土で大ヒットを記録し、ユーロビートの大スターとなった。’87年には東京音楽祭に出演する為に来日し、ディスコ&ダンス部門でグランプリを獲得。2010年1月に来日して、日本のテレビ番組にも出演しています。
https://www.universal-music.co.jp/michael-fortunati/
マイケル・フォーチュナティ
『ザ・ベスト・オブ・ディスコ・カバーズ』
DJ OSSHY 出演スケジュール
10/5(金) | ナバーナマンスリーパーティー@エスプリトーキョー |
10/6(土) | RADIO DISCO/InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
10/7(日) | surfers LIVE & DISCO 2018 Vol.2 |
10/13(土) | RADIO DISCO/InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
10/14(日) | RIKKYO DISCO NIGHT |
10/19(金) | ナバーナマンスリーパーティー@DiA tokyo |
10/20(土) | RADIO DISCO/InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
10/26(金) | NHKラジオ第1「ごごラジ!」(全国生放送) 月イチ!「DJ OSSHYのプレミアム・ディスコタイム」 |
10/27(土) | RADIO DISCO/InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
10/31(水) | Dynasty Tokyo Surfer's Night @ 恵比寿アクトスクエア |
イベントは変更になることもございます。 詳しくはDJ OSSHY公式サイト(www.osshy.com) をご参考ください。