DJ OSSHY TOKYOの未来に恋してる!
安心・安全・健康的なディスコ・カルチャーを伝達することを使命とするDJ OSSHYのインタビュー連載
第18回 【ディスコDJの団体戦と個人戦】
写真提供:エス・オー・プロモーション
── 「DJは音楽料理人」とOSSHYさんに教えていただきましたが、身も心も気持ちよくさせてくれる美味しい音楽と雰囲気を求めて、OSSHYさんのイベントには大勢のお客さんが集まってきていますね。
OSSHY そうなっていると嬉しいですね。「OSSHYのプレイで元気になれる!」と言っていただけると、この仕事をやっていて本当によかったなと思います。でもそれは僕だけの力だけではなく、ディスコDJには「団体戦」と「個人戦」とがあって、80年代は、団体戦オンリーでした。それはDJが目当てではなく、お店がブランドになっていたからです。
── ディスコは、DJが音楽で作り上げる雰囲気が大きなウリですが、それはイコールお店のカラーでもありました。
OSSHY そうなんですよ、例えば当時「マハラジャ」で誰が回しているかなんて関係なかったし、誰も知らなかった。レストランの名前は知っているけど、シェフの名前は知らないのと同じです。お店には専属のDJが大体4~5人いました。DJのリレーがそのお店の音でした。先頭から始まってアンカーまで、団体戦でお店の一日を作るという感じです。先頭バッターがいきなりボーイズ・タウン・ギャングの「君の瞳に恋してる」なんて、かけないですよね。やっぱり徐々にお客さんを招き入れて、緩やかなミディアム調の、ボズ・スキャッグスの「ジョジョ」のようなAORを流して温めていく。それでバトンを2番手3番手と渡していって、最後のDJがドーンと打上げ花火を上げる役。そうやってDJが流れをちゃんと考えながらプレイして、個というよりもチームプレイを重視して、その一日をどう盛り上げるかという事です。だからDJが前の人のプレイリストをチェックして、自分が何をかけるか決めて、さらに次の人がこれをかけそうだから自分はやらないようにしようとか、そういう色々な気遣いをして、空気を意識しながら、前後のDJのカラーを見極めながら選曲していました。
写真提供:エス・オー・プロモーション
── それが90年代以降は様子が変わってきたんですね。
OSSHY クラブDJという言葉が出てきて、お店ではなくDJが主役になって、一日の中でのチームの中で与えられた自分の役割ではなく、最初から最後まで自分の事しか考えないようになってきました。自分に与えられた1時間だけを盛り上げて、帰ってしまう。お店としての1日は関係ない。重要なのは自分のパートのみという感じです。それは90年代後半くらいから、今に至っていると思います。箱(お店)の力がますますなくなっているというか、そういう時代だといわれればそれまでですが、でも大切なのは、個人戦での金メダルではなく、団体戦で金メダルを目指すという考え方だと思います。今、DJ同士のパートナーシップのようなものがすごく希薄になっているので、またそれが大切になる時代になって欲しいなと願っています。
── そうなる事で、DJ同士でこの連載のテーマでもある、その“使命”や“役割”という事について、話をするきっかけができるというか、場ができるというか。
OSSHY そうですね。今、イベントで何人かのDJが集まったとしても、特にチーフDJという人がいません。チーフDJの当時の役割は、例えば2番手DJが、流れを壊すような路線の曲をやったら、「お前違うだろ!」って教える監督でした。「お前、今の時間はそっちじゃなくって、こっちだろう!」と。そういう事をちゃんと注意、指導する怖い先輩達がいました。今はそういう事を言う人は誰もいません。他のDJが何をやっていようが、自分には関係ないというスタンスです。自分のパートだけやればそれでいいでしょ、という考え方。当時はDJ4人団体戦で、ディスコの楽しさをみんなでわかち合う一体感が、なんともいえない瞬間でした。和を持って尊ぶじゃないですが、すごく日本的な動きがあったと思います。そういう事が改めて認識されると、イベント力、お店の力のようなものが、またどんどん出てくる気がします。
写真提供:エス・オー・プロモーション
── 「ダイナスティ」を始め、OSSHYさんが手がけるイベントでは、DJが競演ではなく「共演」して、それこそチームプレイで一日を盛り上げていこうという感じです。
OSSHY ベテランDJはみんなチームプレイの経験があるので、阿吽の呼吸でそれがわかるし、できます。先日のイベントで、今をときめくクラブDJがブッキングされて、4人で回した時は大変でした。その彼は2番手で登場したら、いわゆるディスコの王道曲、フィナーレに持ってくるような曲をガンガンかけてしまって(笑)。盛り上がっていいでしょ! って、もう自己陶酔しちゃってて(笑)。それで、「さぁラストパートはDJ OSSHYさんです!」って紹介されても、「う~ん、これは参ったぞ……」ってなりますよね(笑)。
── でもそこからがプロのベテランの腕の見せどころだと(笑)。
OSSHY そうです。用意していったホルダー内の曲がほとんど使われているので、アマチュアDJだったら顔面蒼白でしょうね。そこはやっぱりアドリブ力で、最後まで盛り上げ、やり遂げました。やっぱり引き出しの多さとか、何かアクシデントがあった時の立て直しくらいしか、ベテランが自慢できるところがなくて(笑)。テクニックは若い人にかなわないです。もちろん僕も30代の頃はこういう場面に出くわすと、あたふたして結果的にぐだぐだになった事も多々ありました。でもそれを経験として、復習、練習をどれだけ意識してやるかやらないかが、その後の成長につながると思います。
写真提供:エス・オー・プロモーション
── すべてにおいて“空気を読む力”ですよね。
OSSHY そうです。懐の広さというか、何があっても大丈夫ですよという安心感を、スタッフ、お客さん全てに感じてもらう事が大事です。僕も、自分がオーガナイズしたり、自分のブランドでイベントをやる時は、トータルプロデュースなので、粗相をしているDJがいたら指導します。DJが4人いたら、「どの辺りをかけます? もし路線決まっているんだったら、教えてもらえませんか?」と。自分の前にプレイするDJが先輩でも後輩でも聞きますよね、普通は。それが最低限のマナーだと思うんですよね。
── それも全て、先ほどOSSHYさんがおっしゃっていた、ディスコの楽しさをわかち合う一体感を目指しての事ですよね。
OSSHY そうなんです。今ディスコが復活してきて、クラブ世代の若いコ達が結構ディスコに来るようになって、「なんかディスコすごく楽しいですね!」って多くの人が言ってくれます。それはきっと空間に一体感があるからだと思います。お客さん同士の一体感とか笑顔、同じダンスステップで踊る楽しさみたいなものを今、みんな目の当たりにしてそう感じてくれる若い人達が増えています。その輪に入りたい!と言って、参加してくれる若者が増えてきています。そういう流れもあるから「僕らDJ達もその方向に行こうよ!」という事を言いたいんです。DJも団体で一体感という名の金メダルを獲りに行こうよ、という想いが自分の中で強く芽生えてきています。今ディスコブーム再燃の中で、一時期DJを辞めていた人達も、復活してきています。ブランクがあるので往年のプレイはすぐには無理かもしれないけど、でもやっぱりみんな空気を読む力は持っています。お客さんあっての選曲というか、そういう昔取った杵柄で復活してくれるDJが増えてきています。昔怖かった先輩から「OSSHYがこの流れを作ってくれた。感謝している」と、連絡をいただく事が増えました。そういう役割を果たせて、嬉しい限りです。
写真提供:エス・オー・プロモーション
インタビュー・文/田中久勝
DJ OSSHY 出演スケジュール
イベントは変更になることもございます。 詳しくはDJ OSSHY公式サイト(www.osshy.com) をご参考ください。
大切なのは、個人戦での金メダルではなく、団体戦で金メダルを目指すという考え方だと思います。今、DJ同士のパートナーシップのようなものがすごく希薄になっているので、またそれが大切になる時代になって欲しいなと願っています。
── 「DJは音楽料理人」とOSSHYさんに教えていただきましたが、身も心も気持ちよくさせてくれる美味しい音楽と雰囲気を求めて、OSSHYさんのイベントには大勢のお客さんが集まってきていますね。
OSSHY そうなっていると嬉しいですね。「OSSHYのプレイで元気になれる!」と言っていただけると、この仕事をやっていて本当によかったなと思います。でもそれは僕だけの力だけではなく、ディスコDJには「団体戦」と「個人戦」とがあって、80年代は、団体戦オンリーでした。それはDJが目当てではなく、お店がブランドになっていたからです。
── ディスコは、DJが音楽で作り上げる雰囲気が大きなウリですが、それはイコールお店のカラーでもありました。
OSSHY そうなんですよ、例えば当時「マハラジャ」で誰が回しているかなんて関係なかったし、誰も知らなかった。レストランの名前は知っているけど、シェフの名前は知らないのと同じです。お店には専属のDJが大体4~5人いました。DJのリレーがそのお店の音でした。先頭から始まってアンカーまで、団体戦でお店の一日を作るという感じです。先頭バッターがいきなりボーイズ・タウン・ギャングの「君の瞳に恋してる」なんて、かけないですよね。やっぱり徐々にお客さんを招き入れて、緩やかなミディアム調の、ボズ・スキャッグスの「ジョジョ」のようなAORを流して温めていく。それでバトンを2番手3番手と渡していって、最後のDJがドーンと打上げ花火を上げる役。そうやってDJが流れをちゃんと考えながらプレイして、個というよりもチームプレイを重視して、その一日をどう盛り上げるかという事です。だからDJが前の人のプレイリストをチェックして、自分が何をかけるか決めて、さらに次の人がこれをかけそうだから自分はやらないようにしようとか、そういう色々な気遣いをして、空気を意識しながら、前後のDJのカラーを見極めながら選曲していました。
写真提供:エス・オー・プロモーション
── それが90年代以降は様子が変わってきたんですね。
OSSHY クラブDJという言葉が出てきて、お店ではなくDJが主役になって、一日の中でのチームの中で与えられた自分の役割ではなく、最初から最後まで自分の事しか考えないようになってきました。自分に与えられた1時間だけを盛り上げて、帰ってしまう。お店としての1日は関係ない。重要なのは自分のパートのみという感じです。それは90年代後半くらいから、今に至っていると思います。箱(お店)の力がますますなくなっているというか、そういう時代だといわれればそれまでですが、でも大切なのは、個人戦での金メダルではなく、団体戦で金メダルを目指すという考え方だと思います。今、DJ同士のパートナーシップのようなものがすごく希薄になっているので、またそれが大切になる時代になって欲しいなと願っています。
── そうなる事で、DJ同士でこの連載のテーマでもある、その“使命”や“役割”という事について、話をするきっかけができるというか、場ができるというか。
OSSHY そうですね。今、イベントで何人かのDJが集まったとしても、特にチーフDJという人がいません。チーフDJの当時の役割は、例えば2番手DJが、流れを壊すような路線の曲をやったら、「お前違うだろ!」って教える監督でした。「お前、今の時間はそっちじゃなくって、こっちだろう!」と。そういう事をちゃんと注意、指導する怖い先輩達がいました。今はそういう事を言う人は誰もいません。他のDJが何をやっていようが、自分には関係ないというスタンスです。自分のパートだけやればそれでいいでしょ、という考え方。当時はDJ4人団体戦で、ディスコの楽しさをみんなでわかち合う一体感が、なんともいえない瞬間でした。和を持って尊ぶじゃないですが、すごく日本的な動きがあったと思います。そういう事が改めて認識されると、イベント力、お店の力のようなものが、またどんどん出てくる気がします。
写真提供:エス・オー・プロモーション
── 「ダイナスティ」を始め、OSSHYさんが手がけるイベントでは、DJが競演ではなく「共演」して、それこそチームプレイで一日を盛り上げていこうという感じです。
OSSHY ベテランDJはみんなチームプレイの経験があるので、阿吽の呼吸でそれがわかるし、できます。先日のイベントで、今をときめくクラブDJがブッキングされて、4人で回した時は大変でした。その彼は2番手で登場したら、いわゆるディスコの王道曲、フィナーレに持ってくるような曲をガンガンかけてしまって(笑)。盛り上がっていいでしょ! って、もう自己陶酔しちゃってて(笑)。それで、「さぁラストパートはDJ OSSHYさんです!」って紹介されても、「う~ん、これは参ったぞ……」ってなりますよね(笑)。
── でもそこからがプロのベテランの腕の見せどころだと(笑)。
OSSHY そうです。用意していったホルダー内の曲がほとんど使われているので、アマチュアDJだったら顔面蒼白でしょうね。そこはやっぱりアドリブ力で、最後まで盛り上げ、やり遂げました。やっぱり引き出しの多さとか、何かアクシデントがあった時の立て直しくらいしか、ベテランが自慢できるところがなくて(笑)。テクニックは若い人にかなわないです。もちろん僕も30代の頃はこういう場面に出くわすと、あたふたして結果的にぐだぐだになった事も多々ありました。でもそれを経験として、復習、練習をどれだけ意識してやるかやらないかが、その後の成長につながると思います。
写真提供:エス・オー・プロモーション
── すべてにおいて“空気を読む力”ですよね。
OSSHY そうです。懐の広さというか、何があっても大丈夫ですよという安心感を、スタッフ、お客さん全てに感じてもらう事が大事です。僕も、自分がオーガナイズしたり、自分のブランドでイベントをやる時は、トータルプロデュースなので、粗相をしているDJがいたら指導します。DJが4人いたら、「どの辺りをかけます? もし路線決まっているんだったら、教えてもらえませんか?」と。自分の前にプレイするDJが先輩でも後輩でも聞きますよね、普通は。それが最低限のマナーだと思うんですよね。
── それも全て、先ほどOSSHYさんがおっしゃっていた、ディスコの楽しさをわかち合う一体感を目指しての事ですよね。
OSSHY そうなんです。今ディスコが復活してきて、クラブ世代の若いコ達が結構ディスコに来るようになって、「なんかディスコすごく楽しいですね!」って多くの人が言ってくれます。それはきっと空間に一体感があるからだと思います。お客さん同士の一体感とか笑顔、同じダンスステップで踊る楽しさみたいなものを今、みんな目の当たりにしてそう感じてくれる若い人達が増えています。その輪に入りたい!と言って、参加してくれる若者が増えてきています。そういう流れもあるから「僕らDJ達もその方向に行こうよ!」という事を言いたいんです。DJも団体で一体感という名の金メダルを獲りに行こうよ、という想いが自分の中で強く芽生えてきています。今ディスコブーム再燃の中で、一時期DJを辞めていた人達も、復活してきています。ブランクがあるので往年のプレイはすぐには無理かもしれないけど、でもやっぱりみんな空気を読む力は持っています。お客さんあっての選曲というか、そういう昔取った杵柄で復活してくれるDJが増えてきています。昔怖かった先輩から「OSSHYがこの流れを作ってくれた。感謝している」と、連絡をいただく事が増えました。そういう役割を果たせて、嬉しい限りです。
写真提供:エス・オー・プロモーション
インタビュー・文/田中久勝
DJ OSSHY 出演スケジュール
1月16日(火) | NHK Eテレ「天才てれびくんYOU」テレビ出演 |
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1月19日(金) | ナバーナマンスリーパーティー@ESPRIT TOKYO |
1月20日(土) | 「RADIO DISCO」InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
1月23日(火) | NHK Eテレ「天才てれびくんYOU」テレビ出演(再放送) |
1月24日(水) | K-mix「おひるま協同組合」ゲスト生出演 |
1月24日(水) | 静岡第一テレビ「まるごと」ゲスト生出演 |
1月27日(土) | 「RADIO DISCO」InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
1月28日(日) | サンデーディスコ@nishiazabu alife |
1月31日(水) | Dynasty Tokyo Surfer's Night @ 恵比寿act*square |
2月02日(金) | ナバーナマンスリーパーティー@DiA tokyo |
2月03日(土) | 「RADIO DISCO」InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
2月04日(日) | 町田イベント出演予定 |
2月10日(土) | 「RADIO DISCO」InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
2月12日(月・祝) | ホテルセンチュリー静岡 MAHARAJA ROPPONGI DISCO NIGHT Produced by DJ OSSHY |
2月14日(水) | “スーパー・スカイツリー・ディスコ”@東京スカイツリー天望デッキ フロア350(出演日2回目) |
2月16日(金) | ナバーナマンスリーパーティー@ESPRIT TOKYO |
2月17日(土) | 「RADIO DISCO」InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
2月23日(金) | “スーパー・スカイツリー・ディスコ”@東京スカイツリー天望デッキ フロア350(出演日3回目/イベント最終日) |
2月24日(土) | 「RADIO DISCO」InterFM897 15:00-18:00 生放送 |
イベントは変更になることもございます。 詳しくはDJ OSSHY公式サイト(www.osshy.com) をご参考ください。