西寺郷太 It's a Pops
NONA REEVES西寺郷太が洋楽ヒット曲の仕組みや背景を徹底分析する好評連載
第3回
マイケル・ジャクソン
「アナザー・パート・オブ・ミー」(1988年)【前編】
―― さて、郷太さん。ソニー発の懐かしい洋楽ヒット曲を郷太さんの着眼点から分析してもらう連載です。2曲めのお題となります。今回用意して頂いた曲は……。
西寺 あ、その前に。前回までのお題のジョージ・マイケルの「アイ・ウォント・ユア・セックス」と、彼が当時憧れていたプリンスの「サイン・オブ・ザ・タイムス」のBPM99(1分間に刻むビートの単位)でリズムが全く同じという話をしたじゃないですか。連載を読んでくれた若いDJが「実際につないでみました!」ってネットにアップしてたんです。両曲をリアルタイムに知っている世代じゃないだけに、なんか嬉しかったですね。でもけっこう苦労したんじゃないかと思うんですよ。
―― 機材があってアタマを合わせれば僕のような素人でも出来るんじゃないんですか?
西寺 そうなんです。CDJが2台あれば、テンポを合わせる必要ないわけだから、初めてやるお父さんでも出来るんですけど。「アイ・ウォント・ユア・セックス」から「サイン・オブ・ザ・タイムス」のイントロに繋ぐのは簡単なんですが、その逆が難しくて。現行で入手可能なジョージ・マイケル名義のCDで「アイ・ウォント・ユア・セックス」が入っているアルバム『FAITH』はいわゆる「パート1&2」で、その前のトラック「ファーザー・フィギュア」が繋がっているんですね。0秒でオシリとアタマがくっ付いているんで頭出ししたとき美しく始まれないんですよ。ちなみにベスト盤に収録されているのは「パート2」。
―― 問題が?
西寺 最初にドラムの短いリフが入った無機質な「パート1」で繋げたいんです(笑)。でも、この「パート1」は前回の連載でも触れた『ビバリーヒルズ・コップ2』のサントラに入っていて。もうジョージのCDシングルはとっくに廃盤ですし。だから、どうしてもイントロから繋げようとするとソニーさんには申し訳ないけど、ユニバーサルから発売している『ビバリーヒルズ・コップ2』を買うしかないんですよ。僕もCDで買い直しました(笑)。1987年の音楽を語るうえで『ビバリーヒルズ・コップ2』はやっぱり大事な作品なんだなぁ、と。そして同じ30年前の夏、もうひとつ重要な作品が登場します。え~と、イントロが長くなりましたが、それが今回の連載のテーマになります。アルバムはマイケル・ジャクソンの『BAD』、曲は「アナザー・パート・オブ・ミー」です。
- オリジナル・サウンドトラック
- 『ビバリーヒルズ・コップ2』
- (1987年)
- ユニバーサルミュージックオフィシャルサイト
- [アルバム『BAD』からのシングルカット一覧]
- ① I Just Can’t Stop Loving You 米1位・英1位(’87年7月)
② Bad 米1位・英1位 (‘87年9月)
③ The Way You Make Me Feel 米1位・英3位 (’87年11月)
④ Man In The Mirror 米1位・英21位 (’88年1月)
⑤ Dirty Diana 米1位・英4位 (’88年4月)
⑥ Another Part Of Me 米11位・英15位 (’88年7月)
⑦ Smooth Criminal 米7位・英8位 (’88年10月)
⑧ Leave Me Alone 英2位* (’89年2月)
⑨ Liberian Girl 英13位* (‘89年7月)
数字は全米、全英チャート最高位/シングル発売月/*アメリカでのシングルカットなし
―― 『BAD』(1987年)からはたくさんのヒット曲が生まれました。1枚のアルバムから5曲の全米No.1ヒットを生む新記録も樹立しましたが、「アナザー・パート・オブ・ミー」はどちらかと言うと派手な数字の陰に隠れた印象もありますが。
西寺 なるほど。安川さんのように80sチャート愛好家の視点から見ればそう映る曲なのかもしれませんね。「アナザー・パート・オブ・ミー」って、この何十年色々考えるんですけどマイケルの数ある曲の中で、僕が一番好きな曲かもな、と。他にももちろん素晴らしい曲はたくさんあるんですが。僕は“人を愛するってどういうことなのかな“って考える時に、その人の本質っていうか。飾りを省いた、他の誰の手も触れていない、“一番その人らしい部分を好きでいられるかどうか“っていうことかな、と。大げさですいません(笑)。マイケルが、もっともマイケルらしい曲、長いキャリアの中のタイミングとして彼が最も“ソロ・アーティスト“として完成した瞬間。「アナザー・パート・オブ・ミー」がそれに値する曲なんです。
―― マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』(1979年)『スリラー』(1982年)『BAD』は、プロデューサー、クインシー・ジョーンズの3部作とも言われていましたよね。
西寺 マイケルは素晴らしいコラボレイター、指導者、パートナーに恵まれていました。でも、その筆頭であるクインシー・ジョーンズをはじめ、テディ・ライリー、ロドニー・ジャーキンス、もっと遡って古巣モータウンのベリー・ゴーディ、フィラデルフィアのギャンブル&ハフ、そしてもちろん兄弟たち。なにもかも全部剥ぎ取った場所で、ソロ・アーティストとして存在するのが「アナザー・パート・オブ・ミー」なんですよ。クインシーとの『スリラー』そして、兄弟たちとの最終作『ヴィクトリー』(’84年)というとてつもない作品後のしがらみのなかで誰の手も借りずに作り上げた曲が「アナザー・パート・オブ・ミー」ということです。
- Michael Jackson「Another Part Of Me」
- Release:July,1988/Label:EPIC
- Songwriter:Michael Jackson
- 1986年公開のマイケル・ジャクソン主演のディズニーランドの3D映画アトラクション『キャプテンEO』のために書かれたナンバー。後にマイケル・ジャクソンのアルバム『BAD』(1987年)に収録され、翌’88年夏に第6弾シングルとしてカットされた。アナログからデジタル移行期発売のため7インチ・アナログ・シングル、12インチ・アナログ・シングル、8cnCDシングルの3規格が市場に並んでいる。ジャケット写真は日本盤アナログ(ドーナツ盤)シングルと日本盤8cmCD(短冊)シングル。
―― なるほど。『スリラー』で頂点に立った王者のプライドの誇示みたいなものですか。
西寺 意地ですかね。マイケルがKING OF POPと称されるのはここからまだ先のことで、ジャクソンズの『ヴィクトリー』までは彼はまだ“ジャクソンズの一員”なんですよ。いくら『オフ・ザ・ウォール』からNo.1ヒットが生まれようが、大ヒットしようが、兄弟の真ん中でメイン・ヴォーカルをはって目立っていようが、ジャクソンズでは6分の1であり、時には5分の1なんですよ。『スリラー』で‘84年にグラミー8冠に輝きます。ファンたちはマイケルの『スリラー』ツアーを待ち望んでいたわけです。でも、結果その年は母のキャサリンから頼みこまれ、“最後の奉公“というかたちでジャクソンズのアルバム『ヴィクトリー』を引っさげたツアーで全米をまわっています。
- マイケル・ジャクソン
- 『スリラー』
- (1982年)
- ソニーミュージック オフィシャルサイト
- ジャクソンズ
- 『ヴィクトリー』
- (1984年)
- ソニーミュージック オフィシャルサイト
―― いわれてみれば世界で最も売れたアルバムなのに“スリラー・ツアー”がなかったことが今でも信じられません。
西寺 当たり前ですが、彼はジャクソン・ファミリーなんです。とくに『スリラー』『ヴィクトリー』までは。そのことを本人も思い知らされるんですね。全米オールスターのチャリティ・プロジェクト、USA for Africaの「ウィー・アー・ザ・ワールド」(’85年)でもクインシー・ジョーンズに作曲を頼まれ、ライオネル・リッチーと共作しますが、蓋を開けてみたらクインシー・ジョーンズのお手柄のように世間では映っていた節もあるんです。
- マイケル・ジャクソン
- 『BAD』
- (1987年)
- ソニーミュージック オフィシャルサイト
―― あ、確かにあのプロジェクトの主役は45人のスーパースター達を一夜で束ねたクインシー・ジョーンズ、というイメージはあります。
西寺 僕が「アナザー・パート・オブ・ミー」を、マイケルの完全ソロ作品だ、と断言する最大のポイントは最初の発表時にクインシーが関わってないってことなんですよ。そもそもこの曲はマイケル自身が主演したディズニーランドの3D立体映画アトラクション『キャプテンEO』(’86年)のために書かれた曲ですから。懐刀のジョン・バーンズのプログラミングで、マイケルは「自分だけの世界」を作り上げたんです。でも、さらにこの曲がファンにとって”美味しい”のは映画で使われたマイケル単独ヴァージョンと、のちに『BAD』に収録されるクインシー・ヴァージョンの違い、その差にこそマジックがあるってことなんです。この話はとても長くなるんですよ(笑)。さらに「アナザー・パート・オブ・ミー」は10月4日に発売されたマイケルの『スクリーム』にも繋がっていく曲なんですよね……今回、いっそのこと連載を3回に分けませんか(笑)。ここまでを【前編】にして……ダメですか?
(そうします。【中編】に続く)
聞き手/安川達也(otonano編集部)
- マイケル・ジャクソン
- 『スクリーム』
- 2017年10月4日発売
- ソニーミュージック オフィシャルサイト