落語 みちの駅

第七十六回 第172回朝日名人会
 9月16日PM2:00から第172回朝日名人会。桂三木男「大工調べ」(喧嘩場まで)、入船亭扇辰「一眼国」、柳家喬太郎「擬宝珠」、林家正雀「芝居風呂」、柳家権太楼「藪入り」。

 9月下席から五代目桂三木助として真打に昇進する三木男さんの「大工調べ」は善戦健闘、爽やかな高座ぶりでした。家主、棟梁、与太郎の三者の「構え」がしっかり整っていたのが何よりです。マクラ代わりの真打昇進の弁あたりは少し走り調子で不安を感じましたが、ネタに入ってからは若手なりの「大工調べ」になっていました。

 棟梁の啖呵で客席から「中手」、つまり噺なかばのケレンを讃える拍手が起きなかったことを、私はむしろ好もしく思いました。ケレンで安ウケするようでは、何かの間違いで人気者になることはあっても、大成はしない。そんなケースがよくあるものです。

 この日はこの「大工調べ」とトリの「藪入り」の2席以外は現代においてはやや変化球のネタばかり。ただし、その珍しい噺同士のバランスがよくて、演者もそれぞれに適材適所ではなかったか、と思います。

 こういう噺たちをクローズアップするのもホール落語の会ならではのあり方だと存じます。とくに「芝居風呂」が数百席規模のホールで演じられるのは10年に1回あるかどうかの出来事です。

 権太楼さんは今後の世の中に生きる「藪入り」に意欲を抱いているようです。藪入りという年中行事自体が有名無実となり、ペスト予防のためのネズミ退治も実感が薄れた今、うれしい日に起きた親子間の波紋をどう聴き手に伝え、落語なりの感銘を覚えてもらえるか――。そして「ネズミ」で「チュウ(忠)」のような安直なサゲから脱皮できるか。

 まだ試行錯誤の余地が残っているようですが、「藪入り」が小さな人情噺になりました。

 一瞬でも我が子を疑った父親があっさり地口で噺をサゲては聴き手をさえ裏切ることになる。そこを解決しただけでも21世紀の「藪入り」の夜明けだと言っても良いのではないかと思います。



第七十六回 第172回朝日名人会
桂三木男「大工調べ」


第七十六回 第172回朝日名人会
入船亭扇辰「一眼国」


第七十六回 第172回朝日名人会
柳家喬太郎「擬宝珠」


第七十六回 第172回朝日名人会
林家正雀「芝居風呂」

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。