西寺郷太 It's a Pops
NONA REEVES西寺郷太が洋楽ヒット曲の仕組みや背景を徹底分析する好評連載
第2回
ジョージ・マイケル
「アイ・ウォント・ユア・セックス」(1987年)【後編】
―― 「アイ・ウォント・ユア・セックス」は不思議なサウンドですよね。
西寺 異様なまでにデジタルで、不親切なサウンドなんだけど、そこにボーカルだけがめちゃくちゃソウルフルで熱い。逆の言い方をすれば、「アイ・ウォント・ユア・セックス」の素晴らしさはあれだけエモーショナルに歌っていて、大胆で、性的なことを直接歌っているわりに、演奏が完璧に抑制されているんです。それまでのバンドサウンドだと後半に従って個々のミュージシャンの演奏も熱くなり、テクニカルな見せ場が生まれるのが当たり前だった。
ジョージがサウンド面で、そこまでコントロール、抑制できた理由はふたつあると思っています。話が長くなってしまうんですが、知りたいですか(笑)?
―― 知りたい。聞きたい。教えてください。
西寺 良かったー(笑)!! アルバム『フェイス』に関わるレコーディングは、主にデンマークのP.U.K.スタジオと、ロンドンのサーム・ウェスト・スタジオで行われています。ここでジョージは日本円で約1億円と言われた当時最先端の録音機器シンクラヴィア9600を導入し、彼にとってはじめてのデジタル・レコーディングにトライしているんです。
―― シンセサイザーやシーケンサーなどを統合した電子楽器のシンクラヴィアですね。以前、別の取材で郷太さんが、新しい型が出るたびに当時のシーンの最前線にいたクインシー・ジョーンズが使っていたって教えてくれました。値段が高い音って(笑)。
西寺 高額過ぎてお金持ちの一流アーティストしか導入できない逸品ですからね(笑)。クインシーが手がけたマイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」(’82年)の頭の♪ボン~ボンっていうのは、[Ⅲ](’84年)の前身[シンクラヴィアⅡ](’79年)の音と言われてますね。ジョージの場合は、独特の硬い音、値段を含めて「高い音」、つまりシンクラヴィアを若造なのに自分ひとりの力で買えた。それによって、彼の超完璧主義な性格がさらに極まり、各楽器のセッション・ミュージシャンの手癖を完全に排除することができた。一流ミュージシャンって腕に自信がありますから、当然楽曲の中に自分の個性を出したいわけです。それを求められる現場も多い。ただ良かれと思って各ミュージシャンが自然なオブリやフィルなんかを、それぞれの楽器で入れたとするとありきたりの凡庸なアレンジになることも多いんですよね。時代の変化に気がついた若いバンドやシンガーが「そういう自由度無くしてください」って言っても「俺たちの方がプロなんですけど、はぁ?」ってなる場合も当時は多かったはずなんです。その点、ジョージの実績と執念によって、彼は頭で鳴る音を完璧にシンクラヴィアで構築できた。
- George Michael「I Want Your Sex」
- Producer:George Michael
- Songwriter:George Michael
- 1987年6月20日付全英チャート最高3位(年間62位)
- 1987年8月8日付全米チャート最高2位(年間24位)
- 「ケアレス・ウィスパー」(’84年)、「ディファレント・コーナー」(’86年)、「愛のおとずれ」(’87年/アレサ・フランクリンとのデュエット)に次ぐジョージ・マイケル通算4枚目のシングル。’86年6月のワム!解散後としては純粋な初のソロ・シングルとして世界中が注目するなか、強烈なタイトルと過激な歌詞の内容からセンセーショナルな話題を巻きおこした。当時イギリスのBBC国営放送や日本の一部FM局でも放送禁止となっている。
- (ジャケットは日本盤アナログシングル/EPIC/07.5P-476)
―― つまり……
西寺 つまり、「アイ・ウォント・ユア・セックス」でジョージが演奏音を抑制出来た理由のひとつめは、最新のシンクラヴィアを自分ひとりのパワーで導入出来たこと。とはいえ、当時のコンピューターに打ち込んでいるサウンドじたいは今よりもやれることが絶対的に少なかった。ProToolsと比較すればよくわかります。洗練されているようで、全然足りていない。これがサウンドのクールなストイックさに繋がった。それともうひとつ重要なことが……ジョージ・マイケルが、彼が憧れたプリンスのように様々な楽器を自由自在に演奏できるミュージシャンじゃなかったってことですよね。
―― おっと、これは新鮮な意見ですね。
西寺 だってプリンスだったら、その場でギターをガンガン弾きまくり、ドラムもベースもキーボードもちょいちょいと自分で演奏しちゃいますから。ポール・マッカートニーだってベースだけでなくすべての楽器をそこにいる誰よりも上手く鳴らしてしまう。スティーヴィーも、ギター以外は同じ状況です。一方、ジョージ・マイケルは楽器の演奏は本当の意味では下手じゃなかったと思うんだけど、自由自在に演奏出来るタイプじゃなかった。彼自身の頭のなかで音楽を構築して、その音を探すひと。レコーディングでの現場でアイデアをアイデアでくっつけていく人だったから。それこそが天才たる所以なんですけどね。ベースとかキーボードとかにクレジットが入っているけれど、ステージでばんばん弾いたりするのを観たことはない。近くにマニピュレーターはいたと思うんですけど、最終的にはジョージの脳で鳴った音を完全に打ち込んで具現化したのが、「アイ・ウォント・ユア・セックス」Rhythm 1「Lust」の抑制された世界ということなんです。
にしても、この頃のジョージは、本当にプリンスに憧れていたんだと思います。「アイ・ウォント・ユア・セックス」のシングルが発売されたのは1987年6月1日。映画『ビバリーヒルズ・コップ2』が全米公開されたのが、5月20日。プリンスが二枚組の名盤『サイン・オブ・ザ・タイムス』をリリースしたのが3月30日で、その一ヶ月前の2月18日にタイトル・チューンの「サイン・オブ・ザ・タイムス」が先行発売されています。実は、「アイ・ウォント・ユア・セックス」と「サイン・オブ・ザ・タイムス」はBPM99(1分間に刻むビートの単位)でリズムが全く同じなんです。どういうことかというと、DJで同時に2曲をかければ同じ速度なんでテンポチェンジをせずにスムーズにつなげるということです。実際、この前DJでつなぎましたが最高でしたよ(笑)。前回、他人に頼まれて作っていたもっと早い曲のつもりがエンジニアがテンポを遅く鳴らして、ジョージ自身が歌う「アイ・ウォント・ユア・セックス」に進化したといいましたよね。この時ジョージが、ちょうど心酔していた新曲「サイン・オブ・ザ・タイムス」のBPMに意図的に合わせたと僕は考えてます。時期的にもばっちりです。周囲からの完全なアイドル扱いの中で、ジョージにとってアヴァンギャルドと鋭いポップセンスを併せ持った憧れの象徴がプリンスだったんだと思いますね。
「I Want Your Sex」George Michael(1987年)
―― なるほど。Rhythm 2「Brass In Love」の特徴は?
西寺 Rhythm 2も打ち込みには変わりはないんですが「Brass In Love」っていうだけあって、トランペットとかトロンボーンとかの金管楽器のサウンドをちょっと生っぽく入れているんですよね。Rhythm 2も僕は大好きですね。原曲のメロディを変えて歌ったりする、すなわちフェイクを作る名人でもあるジョージ・マイケルですが、ここではそのメロディじたいが全部フェイクなのに結局全部いいっていう(笑)。彼の非凡なメロディ・メイカーの資質がボンボン出ていて、さらにブラスとか入っていることが前年に解散したばかりのワム!のフィーリングを思い起こさせるんですよ。ファンは嬉しかったはずですよ。
―― Rhythm 3「A Last Request」は。
西寺 どれも好きなんですが、実はいちばん好きなのがRhythm 3です。ワンパターンのベースフレーズがずーっと繰り返されていくなかで、ジョージが、「A Last Request」の名のもとにメロディを手繰り寄せながら紡いでいくっていうのが、ゾクゾクときますね。ジョージのニュー・ウェイヴ・ディスコ好きが顕著なチューンでもあります。僕は自分がパソコンで音の波形をいじれるようになって、まずトライしたのが、1トラックになっているプリンスのアルバム『LOVESEXY』(’88年)を1曲ずつ分けるっていうこと。それから、次にジョージの「アイ・ウォント・ユア・セックス」の1、2、3をくっつけるっていう作業だったんですけど、異常に嬉しかったですね(笑)。
―― 僕らがデビューから知っているワム!のジョージ・マイケルって、とてつもない音楽才能を持ち合わせているかも……そんなザワつきを与えるに充分なシングルでしたね。
西寺 「アイ・ウォント・ユア・セックス」と12インチ・シングル盤のカップリング曲「ハード・デイ」が衝撃的だったのは、そのタイトルや歌詞の世界観だけではないんですよね。リズムの隙間をストイックにコントロールしたこれらの楽曲のアレンジメントは秀逸なんです。そして何故あれだけ『フェイス』が売れに売れたのか、ということを最近改めて思い起こさせるアルバムが出たんです。
―― え、誰のアルバムですか?
西寺 あ、その前にジョージのことを。『フェイス』は、’88年度のグラミー賞でも「アルバム・オブ・ジ・イヤー」を獲得。ビルボードの年間ナンバーワン、アルバム、シングルともに“フェイス”です。すごいですよね。でも正直、同じ時期に出たマイケルの『BAD』や、プリンスの『サイン・オブ・ザ・タイムス』や、U2の『ヨシュア・トゥリー』ほどにはロックの歴史に刻まれていないというか。
―― ロック全史では埋もれがちですが、まちがいなく’80年代後期を代表する1枚ですよね。
西寺 今、マシンの打ち込みばりばりの『フェイス』を聴いても、その凄み、新しさが伝わりづらいと思うんですが、この時期のジョージの凄さはオリエンタルなミッド・ファンク「ファーザー・フィギュア」からレトロなソウル・バラード「ワン・モア・トライ」、ボ・ディドリー調の「フェイス」、ジャジーな「キッシング・ア・フール」など、新旧白人黒人英国米国のあらゆるジャンルをひとつにまとめた、ある種の「DJ感覚」に優れた資質にあるんです。もともと若い頃DJをやっていた経験のあるジョージですから、ワム!時代もラップでデビューしたと思ったら、夏の「クラブ・トロピカーナ」、冬の「ラスト・クリスマス」、そしてどバラードの「ケアレス・ウィスパー」みたいに色んなタイプの曲を作るのが彼の感覚では普通だったと思うんです。
―― それで……最近、誰のアルバムに『フェイス』を感じたのですか?
西寺 大ヒットしているカルヴィン・ハリスの最新作『ファンク・ウェーヴ・バウンシーズ Vol.1』は、まさに彼のDJ感覚が爆発した名盤で。古今東西の旬のスターが集結して、最高のアルバムとなっています。僕も2010年代ベスト3に入りますね。でも、カルヴィンもイギリス(スコットランド)出身で、ヒップホップの「本場」アメリカ育ちではありません。今回のアルバムでは、カルヴィン自身がほとんどの楽器を演奏し、制作中に短いループを重ねてグルーヴを作る模様をYouTubeでアップしていったんですが、まさに現代のジョージ・マイケルだと思いましたね。
―― なるほど。カルヴィン・ハリスですか。今年のサマーソニック2017では史上初の単独DJヘッドライナーを務めていました。名実共に全ジャンルを統括するミュージック・シーンの頂点にいることを誇示するかのようなプレイだったと聞いています。
西寺 はい。ただ、そのサマーソニック2017で、カルヴィンが新たなモードの新作からほとんど選曲しなかったことに落胆した声も聞かれました。当日会場に行けなかったけれどずっと気にしていた僕も、もちろん拍子抜けしたひとりなんですが。それって、1987年に『フェイス』出して大ヒット後のジョージ・マイケルのライヴを観に言ったら、なぜか1、2年前までのワム!の曲ばかりのセットリストで「え?」みたいな、違和感ってのに近いのかなぁと思ったり思わなかったり……。カルヴィンは、ある意味クレバーなんでしょうね。ジョージに関しては、そう言った意味では不器用というか、自分の現在進行形の音楽のあり方に本当に正直な人だったんだなという印象を、彼が亡くなった今改めて思いますね。
ジョージが「新旧白人黒人英国米国のあらゆるジャンルをひとつにまとめる」ことにトライしていた80年代は、まだ人種的なジャンルの分割が激しかった時期です。実際、『フェイス』が売れ過ぎたことで、黒人音楽のテリトリーを犯すな、とパブリック・エナミーやグラディス・ナイトから叩かれてしまったこともありました。ジョージの「白人ソウル・ミュージック・リヴァイヴァリスト」としての闘いと成功が、のちのジャミロクワイや、マルーン5、ジャスティン・ティバーレイク、そしてブルーノ・マーズやアデル、カルヴィン・ハリスにまで繋がっていると僕は思うんです。
先日のアデルによるグラミー賞でのジョージへの追悼カヴァーへの姿勢や、カルヴィンのアルバムが『ファンク・ウェーヴ・バウンシーズ Vol.1』となっていることからも、『リスン・ウィズアウト・プレジュディス Vol.1』へのオマージュ、ジョージへの敬愛を感じるんです。
―― 敬愛という意味では、郷太さんのジョージ・マイケルへの想いもしっか受け止めましたが。
西寺 ありがとうございます。全曲ワム!のカヴァー・アルバムも出しているくらいですからね(笑)。アルバム『フェイス』で、ジョージ・マイケルはミュージック・シーンの頂点を極めます。その中でも、やはりそのスタートを飾ることになった「アイ・ウォント・ユア・セックス」が僕にとって、そしてその後のポップ・ミュージックにとってエポックな1曲であることには変わりません。
ナイル・ロジャースとの「ファンタジー」も公開され、90年代のジョージの傑作『リッスン・ウィズアウト・プレジュディス+MTVアンプラグド デラックス・エディション』 にも注目が集まれば嬉しいなと思ってます。
聞き手/安川達也(otonano編集部)
- ナイル・ロジャースをフィーチャーした
故ジョージ・マイケルの最新シングル「Fantasy」が絶賛公開中! - 「Fantasy(by George Michael featuring Nile Rodgers)」