京須偕充氏 特別寄稿

「柳家さん喬さんおめでとう」
 報道でご存知でしょう。柳家さん喬さんが紫綬褒章を授賞されました。おめでとうございます。近年の褒章、勲章、芸術選奨など、オカミのご褒美の傾向を見ますと、他のジャンルのことは知りませんが、演芸・大衆芸能については、まずはよろしきを得ているようで、十年前に数年間選考に携わったことがある私としてもうれしく思っています。

 どうかこれからも安易な路線変更がないよう、祈るばかりです。

 柳家さん喬という噺家には不思議な、稀な芸空間があります。きっちり正攻法の語りで、いわゆる個性派ではありません。声音にも語り口にも取り澄ましたようなところがあって、貧乏長屋の人々を演じても清潔感が漂います。

 それは、あるいは非落語的な資質と思われるかもしれない。四十年前だったら、さん喬さんの芸を受け入れる人が今ほどいたかどうか――、とも思いますが、歳月は演者ばかりでなく聴き手も変えますから、過去に仮定の軸を置いてして何かを論じてはいけませんね。ある時代があって、そこに打ってつけの人が現れる。幾月がかかりましたが、柳家さん喬さんもまた時代が選んだ特別な人なのです。

 行儀のよい、丁寧なことばづかいで、よく物事を組み立てた上で語る。妙な愛嬌も卑下も自尊もなく江戸前きどりもない。柳家さん喬さんはおそらく、自分が育った時期のごく一般的な東京語で落語を語っているのです。それが平成の多くの聴き手の心に素直に浸透するのではないか――。その芸境を支えているのが、余韻のある独特な声の響き――サウンドだと私は思います。これは他の演者にない財産です。

 独特なサウンド、と申し上げました。独特とは、個性的に通じます。柳家さん喬は非個性的に見えて大いに個性的なのです。

 紫綬褒章をもらえるのは年をとった証でしょうが、さん喬さんは声も芸も青年のようです。結構なことですが、その若やぎがキザと思われないよう、どうぞご用心を。




著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。