落語 みちの駅

第六十ニ回 第164回朝日名人会
 11月19日PM2:00から第164回朝日名人会(有楽町・マリオン朝日ホール)。

 二ツ目は来春真打に昇進して柳家小八となる予定の柳家ろべえさんでした。ろべえさんは「小たま」時代にこの会の前座をつとめていました。

 演目は「大工調べ」。喧嘩場までです。亡師・喜多八さんの持ち味がとても良いかたちで身についているのは何よりでした。二ツ目ランクの「大工調べ」としては出色の出来栄えでした。喜多八さんとは同期の前座(年齢はずっと若いけれど)だった林家正蔵さんも喜んでいました。

 その正蔵さんは「藪入り」。少年とその父母という役柄の構成が芸風に自然にマッチしていて安定した高座。とくに声に低め、太めの要素が加わった昨今の傾向がさらに一歩進み、噺が一段格を上げた感がありました。

 軽快にギャグを振り回すタイプではないだけに、いよいよ大器晩成の軌道に乗ったか、と楽しみになりました。

 柳家さん喬さんは「三年目」。これは私がお願いした演目です。あまりにニンがぴたりだとかえって手がけるきっかけが先延ばしになる――。というのはありがちなこと。まずは期待通りの高座でした。

 春風亭一之輔さんは「ふだんの袴」。くいつきの出番をよく心得て、仲入り前の静かに聴かせる空気を一変させたのは期待通りでもあり、心にくい腕前でもあります。道具屋の主が画を「文晁(の筆)か」と言ったあとで客が「谷文晁か」と応じたのは周到な配慮。江戸絵画の超名人と見なされながら残っている作品がひどく少ない谷文晁の名はあまりポピュラーではないからです。

 トリの桂文珍さんは「寝床」。義太夫オタクの旦那をあまりエキセントリックにすることなく数ある古来のくすぐりを聴き手と一緒に一歩一歩踏みしめるように演じました。大家の寸法です。むろん「小池にはまってさあ大変 どじょう(土壌)が…」など時事ギャグもたっぷりでした。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。