落語 みちの駅

第五十七回 第162回朝日名人会
 9月17日(土)PM2時から有楽町朝日ホールで第162回朝日名人会。雨続きの東京もこの日はどうにか穏やかな曇り空、涼しい一日でした。

 前座・春風亭朝太郎さんは「金明竹」。傘や猫を借りに来るくだりをやらず、いきなり上方の早口男がやってくるパターン。よくも悪くも知られ過ぎの噺なので、このほうがお客をつかみやすく、会にも快い流れが生まれるようです。

 桂宮治さんは「強情灸」。志ん生がベースのようです。宮治さん、よくなりましたね。以前はこの種の噺だとパワフルではあっても力まかせになりがちでした。そんなレベルからは完全に脱皮したようで、会のスタートを飾る明朗な流れを太く滑らかに生んでくれました。もう真打でいいのではないかと思いました。

 入船亭扇辰さんは「田能久」。渋くて民話調の単純な噺のためか進んでやろうという演者はなく、朝日名人会18年目にして初の登場です。扇辰さんご苦労さま。こういう噺の持ち主こそが大成すると信じます。六代目三遊亭圓生から九代目入船亭扇橋へとつらなる糸を大切にしてください。

 古今亭志ん輔さんは「お直し」。大師匠・志ん生以来の御家芸の噺に真正面から取り組んでくれました。意欲が強く浮き出るのが志ん輔さんの値打ちであり、肌の合わない聴き手に敬遠される面でもあるのですが、近頃はうまくセーブが利いて、高座ぶりが着実にステップアップしています。女房になじられた亭主があっさり「目が覚めた」と言ってのけるせりふを志ん輔さんは言いませんでした。

「あれは大師匠だから通るんで」と本人も言っていましたが、賢明な対処でしょう。演者の「柄」で通る無理もあれば通らない道理もあるということで、そこが芸のポイントであり、おもしろさでもあります。

 春風亭一朝さんは「稽古屋」。仲入り前の2席が夜の闇の世界なのでここで明転という演出です。清元「喜撰」の「世辞でまろめて浮気でこねて」を唄ったところで客席から拍手がきました。こういう噺は演者の細胞に邦楽がしみ込んでいないと、派手で巧みであっても空々しくなるもの。音曲噺の醍醐味ここにありでした。

 柳亭市馬さんは「不動坊」。第一場にあたる縁談成立のくだりがじっくり聞かせる場になっていました。実はここが大事なところで、ここが整っていないと第二場以降の腰が決まらない。ここがうまくいくようならどんな噺もこなせる演者と見ていいでしょう。第二場の銭湯、第三場の怪談実行の場はネタそのものがおもしろく出来ているのですから、ウケても演者の手柄とは言いかねる。それが私の考えです。




※次回、第五十八回は9月30日更新予定です。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。