落語 みちの駅

第五十四回 圓朝作品における部分と全体、あるいはうわべと核心(その1)
 8月24日にCD「朝日名人会」ライヴシリーズ115・桂歌丸15「塩原多助一代記―多助の出世」がリリースされました。6月の朝日名人会での収録。昨年の「青馬(あお)の別れ」の続編にあたるもので、この2作で歌丸版「塩原多助」の上・下、あるいは前後篇といっていいでしょう。歌丸さんは8月中席(11~20日)の国立演芸場でも三遊亭圓朝作の
「江島屋怪談」(原作は江島屋騒動)を連日口演していました。

 歌丸版「塩原多助」という表現をしたのには、また「江島屋怪談」の原作が別名だと記したのには、わけがあります。その「わけ」について述べるとなると、話は一回ではすみません。ま、ネタがネタですから、たまには続き話にもおつきあいください。

「塩原多助一代記」は、なにしろ一代記ですから全編を通してやれば2回やそこいらの口演でことがすむものではありません。明治期までの寄席の15日興行に間尺をあわせたトリの真打の続き噺なのですから、“ここまでのあらすじ”をカットして演じても10日近くはかかるはずです。

「塩原多助一代記」も長い年月にわたる1人の人物のドラマですから、いろいろな出来事や人物が交錯し、現れては消え、また現れては絡む因縁の連続です。大圓朝をおとしめるつもりはありませんが、15日の興行事情を優先して自ら迷路に入り、枝葉と幹の区別があいまいになっているところもあります。

「歌丸版」は思いきった大ナタを振るって、述べる事柄を多助本人の最重要事項に集約して、すこぶる手際よく噺の根と幹を明らかにし、この大作を端的に聴かせてくれるのです。この噺が明治期の尋常小学校の修身課目の「読本」に掲載され、一種の国民文学のようになった――、という事実がうなずける構成になりました。

 平成の今日に“血と汗と涙の立身出世談を再現する”大義に真正面から取り組んだ口演だったと改めて思いますが、その取捨選択と再構成の考え方・手法・成果がまさに「歌丸版」なりけり、というわけです。心ある方はこの歌丸版「塩原」を聴け、口演速記「圓朝全集」の「塩原多助」を読めとは申しませんが、近頃はやる圓朝作品復活について考えるヒントがいっぱいです。

 さて、このあとが本論のようなものです。いま有為の演者諸師が圓朝作品の再現に取り組んでいるのは結構なことですが、少し古い聴き手の私としましては、少し首をひねるところもあるのでして、しばし休憩。




※次回、第五十五回は9月2日更新予定です。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。