落語 みちの駅

第五十一回 第161回朝日名人会と小三治さん
 7月16日(土)PM2:00より第161回朝日名人会。柳家こみち「がまの油」、三遊亭金朝「富士詣り」、入船亭扇遊「唐茄子屋政談」、桃月庵白酒「化物使い」、柳家小三治「小言念仏」。それぞれのポジションでの実力派4人プラス国宝というプログラムです。

「唐茄子屋政談」は田んぼの場まででしたがそれでも50分近い、しかしダレるところのない堂々の高座ぶりでした。

 近頃は「誓願寺店(せいがんじだな)」までやるのがスタンダードのようになってしまいましたが、さかのぼると明治・大正期のこの噺には2様の構成があったようです。

 初代三遊亭圓右は「田んぼ」は素通りして「誓願寺店」で人情噺の第一人者ぶりを示し、三代目柳家小さんは「誓願寺店」まで行かず、「田んぼ」をしっかりふくらませた上に地を添えてサゲたのです。

「昭和の名人」五代目古今亭志ん生&六代目三遊亭圓生は「田んぼ」も「誓願寺店」も通してやりましたが、その分、前半を簡略にし、主人公が勘当されて放浪するくだりを地で簡単に説明したり、吾妻橋で叔父と出会う場面をカットしたりしたものでした。

 この日の小三治さんは声が明るく、しかもよく声が伸びて、調子は実は悪くないのでは――、と思いましたが、ご本人はなんと言うのでしょうか。10分たらずの「小言念仏」なのにかれこれ30分の高座でしたから、客席はま・く・ら的魅力をそこそこ味わえたのでは――、と思います。

 小三治さんの出囃子が延々と繰り返し奏でられ、ご本尊がなかなか登場しなかったので気を揉んだお客もいたでしょうが、これは直前の高座で「化物使い」を演じた白酒さんに“こんなやり方をしてみたら”といったアドバイスをしていたからです。

 むろん出来がよければこそのアドバイス。「やってみたかった噺の一つ」だったと小三治さんは直後のマクラで言っていました。

 四半世紀以上前のことですが、故・白井良幹さん(TBSプロデューサー)と私と、何度か小三治さんに「化物使い」をリクエストしたのですが、とうとう実現しなかった。そんなことを思い出しました。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。