落語 みちの駅

第四十八回 小三治さんからの電話
 6月27日の夕方、柳家小三治さんから電話があった、と家人が告げました。私が帰宅する前のことで、小三治さんはこれから新宿末広亭のトリに出かけるので電話を返してもらうには及ばない、また電話をかけます、と言ったそうです。

 何を話したかったのかの概略は家人に伝言があったので折りを見てこちらからお返ししようかと思っていたところ、9時半過ぎに再び小三治さんから電話がありました。

 要は、小三治さんがいま進めているご自身の落語口演速記録の文庫本の校正作業をしていて、私が添えた演目解説を読んだので――ということでした。

 そこから先を記せば手前味噌になってしまうのですが、「よくあそこまで書いてくれましたね。自分で気がつかなかったこと、言われてなるほどと思ったこともあった。ありがとう」ということでした。

 小三治さんと口をきくようになって40年以上、仕事をさせてもらってから35年ほどになりますが、直接電話をいただいたことは10回あるかないかです。感謝されるほどの解説を書いたつもりもありませんが、めったに仕事にかかわる真情を口にしない小三治さんからそう言われると恐縮の至りですし、もちろんうれしいことではありました。

 近年、孤高の哲人落語家のように思われがちな十代目柳家小三治さんが久しぶりに心のやさしさを衒いなく見せてくれたようにも思います。電話の声は明瞭で静かで、きっとその夜は体調も機嫌もよかったのでは、と思います。

 しばらくいただいたその電話で話をしました。つい、インタビューもしないまま解説を書きまして、「ここはちょっと違うぞ」ってところもあったのでは、と問い返しましたら、「いやあ。長いつき合いだものね」。

 小学館からその文庫本「柳家小三治の落語」第4・5・6巻が刊行されるのは夏過ぎになるはずです(第1~3巻は既発)。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。