落語 みちの駅

第四十六回 落語と祭りの今昔と
 落語のCD、DVDを発売し続けている㈱ソニー・ミュージックダイレクト(来福レーベル)の所在地は15年前から東京都千代田区の六番町です。

 六月第二週の週末、この地域は山王(さんのう)祭、つまり赤坂・日枝神社の祭礼で、いつもより少し色気づいていました。オフィスビル中心の、家並みなしの土地柄ですが、そのビルの入口の祭り提灯が、また路上に御神酒所が設けられると、かつての高級住宅地の光景がわずかにせよ偲ばれるというものです。

 落語好きな方なら日枝神社の山王祭と神田神社(明神)の神田祭が江戸の2大祭といわれたことをご存知でしょう。理由は徳川将軍が上覧したのがこの2祭礼にかぎられていたからです。

 とかく地域にはライバル意識がつきもので、この2代祭にAを加えて、いやBを加えて「3大祭」だ――、の論争が昔からあるようですが、「将軍家御上覧」の原点に回帰すれば、○大祭数は増やしにくいのではないでしょうか。

「佃祭」という噺がありますが、祭礼そのものが描かれているわけでもありません。落語を広く見渡しても、「去年の祭のときに」などの軽い引き合いに出されることは多くあっても、祭礼自体は意外に影が薄いのです。「祇園会(祭)」では盛大に東西の祭礼自慢が展開しますが、噺のメインテーマは古都・京都と新興・江戸とのライバル意識で、祭囃子の口三味線合戦はいわばアトラクションです。

 地方の盆踊りのように江戸っ子が祭礼を夢中になって楽しんだと考えるのはいかがなものかと思います。明治の初めに神田で生まれ育った私の祖父は決して神輿を担ぎませんでした。

 神輿担ぎは当時の町内に大勢いた10代から20代初めの職人や商家の奉公人が年に一度威勢よく発散すればいい。20代後半以降の者や町内の指導層は資金を拠出し、騒ぎすぎないよう静かに監督しているべきもの。

 それが落語にも描かれる「旦那」のあるべき姿だったようです。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。