落語 みちの駅

第四十二回 柳家権太楼さんと
 5月17日の夕暮れ、柳家権太楼さんと会って2時間ばかり、いろいろ話をしました。CD発売予定の「佃祭&心眼」のための、とくに「心眼」のための、ライナーノーツ執筆の取材が目的です。

 落語のレコード制作をはじめて40年以上になりますが、当初は宇野信夫(圓生)、榎本滋民(志ん朝)といった落語にくわしい劇作家の大御所にライナーノーツをお願いしていました。

 柳家小三治さんのレコードに手が及んだとき、小三治さんのすすめで私が書くようになりました。それもすでに30年も前のことです。

 私はいわゆる“聞き書き”には不向きな人間で、結局私の論にしてしまい、その材料として取材するだけなので、小三治師匠の思惑とはズレる場合も多々あったのではないか、とも思われます。

「朝日名人会」ライヴシリーズでは、演者と相談をして、演者からの明白なリクエストがあった場合のみ私が書くようにしています。権太楼さんは、たしか2作目からだったと思いますが、私が書いてもう10作目くらにはなるのでしょう。

 5月17日の夜にどんな取材をしたのかは、やがてアルバムがリリースされたときまで待っていただきたいと思いますが、いくつかの項目のうち、どうしても聞いておきたいことがあって、それを真っ先に質問しました。

「心眼」の大詰、主人公・梅喜は夢からさめて、信心はやめると女房に告げます。そこで権太楼さんの梅喜はただ開眼をあきらめたというよりも、もっと強く、また自分に言い聞かせるように「このままでいい」と自分の現実を肯定したのです。

 権太楼さんは数年前に体調を崩して気を揉ませましたが、それはすっかり克服して、今は薬の服用もゼロの健康体になりました。しかも芸はいちだんとよくなりました。そんな体験がありのままに生きようという梅喜の心を素直にそう表現したのではないか――。

「うん」と言った権太楼さんはグッとビールを飲んで「だからね……」と熱く語り出したのでした。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。