落語 みちの駅

第四十回 権太楼さんの「心眼」
 4月16日(土)PM2時から有楽町マリオン・朝日ホールにて第158回朝日名人会。柳家ほたる「幇間腹」・三遊亭金時「茶の湯」・金原亭馬生「抜け雀」・春風亭一之輔「代脈」・柳家権太楼「心眼」。

 いつもと傾向の違う人情噺風の演目にとり組んだ、その意外性もあってのことか、権太楼さんの「心眼」が大きな感銘を与えたようで、アンケートも絶賛山の如しでした。

 題材のきわどさがひどく曲解されて近頃縁遠い噺になっていた「心眼」を復権させたい。権太楼さんのその思いには全く同感でしたから、昨年夏の初演後、私も及ばずながら表現上のアドバイスをいくつかさせてもらいました。それが予想を上回る成果となって、こんなにうれしいことはありません。

「心眼」はさすがに圓朝の作だけのことはあって名作なのです。それに八代目桂文楽の名演が寄り添って深い余韻のある近代落語の逸品に磨き上がっていたのでした。

 ただし、時世の変化で、うわべのことばとその言いざまが過敏な反応を招きかねない。そんな状況が生まれたことは確かです。それが噺の本質、真意を歪ませることにもつながって、「心眼」は敬遠されてきたのでした。

 それでは惜しんでも余りある。桂文楽の精神世界を生かして、しかし、ことばの構成を少し変えてみよう――。私も当日のプログラムに以下のように記して、地ならしに一役買ったつもりです。



「作者・三遊亭圓朝は幕臣・山岡鉄舟の導きで禅に傾倒しました。戒名「圓朝無舌居士」には鉄舟からの訓し「ことばで語らず」の夢が込められているようです。

 もういちど視覚を取り戻したい。主人公・梅喜は切に願い、やがて何かを見たのでした。それは江戸から東京へと変貌した街の景色か、知人の顔か、それとも自分の心だったのか――」



 開眼祈願の信心をやめる。このかなしい決断の場に権太楼さんはこんなひとことを添えました。「今のままでいいんだ」。これはむろん文楽にはなかったせりふです。噺のうわべがより穏やかになり、内容はいっそう深みが増しました。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。