落語 みちの駅

第三十四回 タイコの皮が破れたわけではなく――
 いよいよ4月13日に発売となるCD12枚組アルバム「志ん朝 東宝」は古今亭志ん朝がかつての名ブランドにしてグランド寄席、「東宝名人会」で演じた落語の初公開・集大成企画です。寄席とホール落語の中間を行く東宝名人会のスタイルは唯一独自で今はなく、志ん朝のいた時代と東宝名人会のあった時代がぴったり合ったことに芸の神様の演出を感じないわけにはいきません。

 そうは言っても志ん朝伸び盛りの時期ですから出番も深いことが多く、主催者側もたっぷり口演を期待しますから、結構大ネタに近い噺がいくつかあります。それはそれで、適当に流してやることができない性分の人でしたから聴きごたえは充分ですが、中小ネタがかなりあるのが東宝録音ならではの特色でしょう。東宝名人会では志ん朝の演目もまた寄席とホール落語の中間を行っていたのです。

「巌流島」「幇間(たいこ)腹」「粗忽長屋」「のめる」は志ん朝演目としても初めて録音が公開されるものではないでしょうか。省略があるので特典盤に回した「鮑のし」、視覚不在のためやはり特典盤に入れた「こんにゃく問答」も珍品ではあります。

 志ん朝は「愛宕山」「鰻の幇間」など幇間ものの十八番がありながら、あまり「幇間腹」は手がけなかったようです。志ん朝が芸の一つの目標にした八代目桂文楽はもっと幇間ものを売りにした人でしたが、やはり「幇間腹」をやっていません。少なくとも録音、録画が残る時代――昭和30年代以降に「幇間腹」をやった形跡がないのです。なぜか?

 推測ですが、文楽よりちょっと年長で同時代に「がまの油」や「野晒し」で売れた三代目春風亭柳好の第三の売りものが「幇間腹」だったために競合を手控えたのでは――。

 それが芸人同士のマナーであり、また、それ以外に自分独自の世界を持つ者の自信の表れでもありました。昔気質の志ん朝も近年みんなやりたがるネタになった「幇間腹」から少しずつ離れたのではないでしょうか。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。