落語 みちの駅

第二十九回 まくらと小三治さんのま・く・ら
 昨年ソニー・ミュージックダイレクトから発売された通販商品「柳家小三治 まくら全集」の売れ行きが順調です。

 これは全く新しい商品というわけではなく、かつていわゆる市販商品、すなわちCDショップ商品として発売され、今も売れ続けている小三治さんの5枚のCDアルバム、「ニューヨークひとりある記」「あめりか留学奮戦記」「玉子かけ御飯&駐車場物語」「ドリアン騒動~備前徳利」「歌ま・く・ら」を集めて5枚組のパッケージにしたものです。

 小三治師匠ならではの古典短編「備前徳利」以外はすべて小三治さんの体験談や小三治さんの思いを通して結晶した人間観、世相観などの叙述です。「歌ま・く・ら」で青春の思いが語られ、あの頃の歌が歌われています。

 古今東西落語家あまたありと言えど誰よりも人間味濃厚で秀逸な言語ワールドを築き上げた小三治さんのことですから、それがたまらなくおもしろい。「おもしろい」という幅広く月並みな評言では表し切れませんが、そのおもしろさはほとんどの方々がご承知のところですから、ここでは月並みのままにしておきます。

 だから売れて不思議はないのですが、中身はいずれも10年以上、モノによっては20年近く前のトークですから、古典落語の名手が語れば“個人のおはなし”も古典落語に匹敵する話芸の楼閣になり得るということでしょう。

 「ニューヨークひとりある記」「あめりか留学奮戦記」「玉子かけ御飯&駐車場物語」の3枚は上野・鈴本演芸場における連続独演会での収録です。古典落語とは一味ちがう口演を、会場には来なかったリスナーがどう受け止めるか、90年代初めではちょっと読みかねて小三治さんの意向をたしかめましたら、「CDで出してほしいとは思わないけど、出すならネタとして扱ってほしい」とのことでした。

 つまりネタ――古典落語の作品よりランクが下の雑談扱いをされるのはいやだ、ということでした。

 それから四半世紀が過ぎ、柳家小三治と「ま・く・ら」が誰の目からも至極当然の結びつきになると、そんな打診と回答があったことなど蒸発してしまうものですが、そんな問答がたしかにあったのです。

 その後、この3篇をふくむ小三治さんの「ま・く・ら」速記の文庫本が講談社から出版されてベストセラーとなり、江戸時代以来の「落語まくら」であってそれだけではない、「小三治のま・く・ら」が確立したのでした。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。