落語 みちの駅

第二十五回 初詣でと初天神
 1月も後半。正月気分も薄れてきました。初詣ででにぎわったパワースポットの境内も静けさを取り戻しているようです。参詣行事は正月三が日で済ませようという現代人のパターンが見えるようです。

 柳家小三治さんの十八番、というより“名作”と言いたいほど小三治的人間哲学が宿る噺に「初天神」があります。駄々っ子の手をひいて天神様に詣で、参道の露店の品をあれこれねだられて手こずる父親にも、この親にしてこの子ありの無邪気な心がひそんでいた――という一幕ですが、この父親は三が日に天神様に初詣でをしたのではありません。天神様の御縁日・25日に参詣をしたのです。1年で最初の25日、つまり1月25日こそが初天神の日で、この日にお詣りをするのが初天神詣でということなのです。

 天神(天満宮)以外にも初観音(1月8日)、初不動(1月28日)など、ほとんどの日付は神仏の御縁日で、1月のその日が初○○の日となっています。(御)縁日詣りと言ってもいいでしょう。

 縁日とはそれぞれの神仏、あるいは神格化されまつられている人物にとっての、いわばメモリアルデー。25日が天神様の縁日なのは、延喜3(西暦903)年の2月25日(陰暦)に菅原道真公が死去した由縁があるからです。つまり天神様の命日は25日なりというわけです。

 自分の都合やファッションで参詣するよりも縁日の日に詣でるほうが念が通じると昔の人は思っていたのでしょう。

 三が日だけ初詣でのハシゴをするのも結構ですが、どこか御利益の福袋を集め回る感じもありますね。

 縁日についても誤解がうまれつつあるようで、参道や境内の露店・夜店の通称だと思っている人もいるようです。「縁日に出ている店」が「縁日」に省略されつつあるのでしょうか。

 駄々っ子に手こずってもなんでも昔の人は子や孫を参詣や墓参に連れて行きました。子どもの娯楽がすくなかったからね、と片付けるのはいかがなものか。落語を生み、育んだ時代と社会は参詣や墓参が自然な習慣として身につくようにしていたのではないかと思います。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。