落語 みちの駅

第二十四回 正月は ことしも 寄席へ 初詣で
 NHK総合テレビでは毎年正月の三が日のある日の昼に東西の寄席からの実況中継を放送しています。

 これはラジオ時代からの恒例で、ラジオ・テレビ同時中継の時代もありました。民放に出演しない、つまりNHKにとっては大切な大御所・春風亭柳橋師匠(先々代)が毎年必ず出演し、判で押したように「時そば」をやっていたのは、かれこれ半世紀も前のことになりました。

 超大物でさえ「時そば」ということは正月の寄席、とりわけ元日から1月10日までの初席では各演者の口演時間がかなり短いことを物語っています。正月は短く、数多く、諸芸さまざまがお目見得をして軽やかににぎやかにお客様に楽しんでいただく。明治の昔から、人情噺長演派の名人も初席ばかりはコンパクトに笑わせ、余興に踊ったりしたようです。

 戦前、兵隊落語で人気絶頂をきわめていた柳家金語楼が満面の笑みを客席に向けつつ、でも座布団にすわることなく高座を素通りして、それでも満員の客はナマの金語楼を見て喜び、喝采をした――、というのはいくら昔のこととはいえ、だいぶマユツバに思えますが、初席というものの性格を物語っているようです。

 それ、客に失礼ではないのかという声もあるでしょうが、昭和の初期までは平成の十倍近い寄席があったので、人気者はしゃべる閑さえないほど「かけもち」のノルマ達成に追われていたようです。

 通常、寄席は昼・夜の二部制ですが、初席ばかりは最低でも三部制をとります。最低でもと言うのは浅草演芸ホールが初席四部制をとっているからです。開演が他より2時間早いAM9時。

 これは浅草寺に初詣でした人々が帰りに初席を楽しむためで、実際そういう行動パターンの人は多いので、朝から満席になっているそうです。

 立ったままで楽しむのも一苦労ですがそこはよくしたもの、正月の客は移り気で気前がよく、1時間ほど楽しんで初詣でのハシゴに出発したりして、結構シートの新陳代謝が頻繁にあるのだとか。

 めでたい新春に笑門来福を実践するのは結構ですが、神仏詣で・寄席詣でを毎週毎月にすれば御利益はあらたかになるでしょうがね。

 今年は初席の締めが連休と一致します。大いににぎわい寄席・落語人気再上昇の年になりそうです。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。