落語 みちの駅

第十九回 今年のベスト
 第154回朝日名人会(11月21日 有楽町マリオン朝日ホール)のリポート。先月に入船亭ゆう京さんが二ツ目に昇進したので(新しい名前は遊京)開演前に楽屋に挨拶に来てくれた。この日から春風亭朝太郎さん、金原亭駒六さんの前座コンビになる。

 その駒六さんの開口一番は「狸の札」。すでにだいぶ落語になっている。近年の前座さんはこういう人が多くなった。

 二ツ目・三遊亭時松さん「ちりとてちん」。しつこくオヤかすといやしくなりかねないこの噺の危険ポイントに足をとられなかった。ハメを外さないのも噺家の教養の内だ。

 古今亭志ん輔さん「火焔太鼓」は逆にパワフルでダイナミックな力演。ただしリズムが軽やかだったので、捨て身の作戦は当たりおもしろかった。朝太になりたての頃の、「志ん朝の会」(三百人劇場)の開口一番でやった「強情灸」の鮮烈な印象を約40年ぶりに思い出した。志ん輔さんの、これが真の姿ではないのか。古今亭志ん輔はあくまでも志ん輔なのであって志ん朝でも志ん生でない。それでいいのだ。

 林家正蔵さん「大(おお)どこの犬」はご存知のように八代目正蔵(彦六)が上方の「鴻池の犬」を東京ナイズした噺。当代正蔵はその骨格を継承しながら上方原典の要素も再採用している。ニンにかなって穏やかに聴かせたが、じわり高座に根が生えてきたのは頼もしい。いよいよ晩成の軌道に乗ったということか。

 古今亭菊之丞さん「強飯(こわめし)の女郎(じょうろ)買い」はいかにも落語らしく聴かせた。だが語り口がよすぎて“現代の聴衆”よりは“古い噺”の側でしゃべっている印象をもたれかねない。好漢さらなる飛躍へのポイントだろう。

 柳家さん喬さん「笠碁」には大真打の風格があった。師・小さんとは別種の、新鮮でゆったりとした深みのある「笠碁」で、私が今年聴いた落語のうち、もっとも印象に残る一席だった。



第154回朝日名人会

開口一番 狸の札 金原亭駒六

ちりとてちん 三遊亭時松

火焔太鼓 古今亭志ん輔

大どこの犬 林家正蔵

仲入り

強飯の女郎買い 古今亭菊之丞

笠碁 柳家さん喬

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。