落語 みちの駅

第十八回 年末の「芝浜」考
 今年は去年とは正反対でずいぶん秋晴れに恵まれたが11月に入って曇りや雨の日が多くなった。秋から冬への替り目にさしかかったようだ。半世紀前の頃は酉の市時分に冬のコートを着た記憶もある。

 あと50日足らずだ。仕事も状況も年の替り目の準備に入っている。

 TBS落語研究会では12月放送分が「芝浜」、1月が「藪入り」と季節物が予定されているので、解説のため下調べを少しずつ初めている。

 酉の市の報道コメントではないが、「芝浜」は近頃、年末落語公演の“風物詩”のようになっている。以前は猫も杓子もやる噺ではなかった。昭和の名人の時代には5代目志ん生、3代目小圓朝、8代目可笑、3代目三木助がやったが、三木助以外の3人は特に売り物にしてはいなかった。三木助があまりにすぐれていたので他がかすんだように言う説があるが、そんなことでもない。

「芝浜」は「文七元結」や「鰍沢」とともに圓朝が三題噺から練り上げたと言われているが、噺の格において他の2作より低いと思う。

 登場人物も2人だけで口演の難易度は「文七元結」「鰍沢」よりはるかに低く、「お若伊之助」よりも下だろう。

「芝浜」をよく知られた物語にしたのは芝居だ。明治も末にまず新派劇で上演され、昭和に入って6代目尾上菊五郎(現・7代目菊五郎の祖父)が歌舞伎版の決定的演出を生み出して評判をとった。

 その長所をうまくつかみ込んで噺の「芝浜」を復権させる立場になったのが3代目三木助だったというのが近代「芝浜」小史。

 芝居になるほどのドラマがひそんでいる割に、それほどむずかしくない噺。そしてサゲのよさ。これが「芝浜」至上主義発生のカラクリだったのではないか。今更それほど「芝浜」を聴きたくもないが、3代目三木助のナマの「芝浜」を2回聴けたのは幸福だったと思う。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。