落語 みちの駅

第九回 金原亭馬生「井戸の茶碗」の妥当な改良
 今年4月第148回朝日名人会で金原亭馬生が演じた「井戸の茶碗」を11月26日にCDリリースする準備を進めている。

 五代目古今亭志ん生が人気落語に仕立て上げ、在世時は他に演じる人がなかったためか、演者がふえた昨今でも改訂を試みる人はいないと言ってよく、噺のプロットは細部に至るまで定型化している噺だ。

 当代馬生は自分の師匠にして志ん生の長子・十代目馬生の直伝を受けているので大筋では古今亭・金原亭版のラインに沿っているが、今回の口演ではさまざまに細部の改訂を行い、つまらない疑問が発生するのを未然に防いでいる。

 仏像から五十両が転げ出て、新旧の持ち主である武士二人が互いに意地を張って間に立った屑屋が途方に暮れる。解決策は従来誰がやっても武士双方に二十両ずつ、屑屋に十両という配分だった。

 これはいかにも大雑把な志ん生流だ。屑屋に十両とは過分に過ぎる口銭で現実感に乏しい。聴いているこっちが屑屋になりたい。正直清兵衛といわれる屑屋だから「そんなにたくさん頂けません」と新たな問題を提起して噺が混乱したほうが筋が通るくらいのものだ。

 馬生は武士同士に二十四両ずつ、屑屋に二両の配分にした。これでも屑屋にとってはやや甘いくらいだが、次の三百両の配分ではカヤの外になるのだから、よしとしようか。

 屑屋は仏像を二百文で預かり、三百文で売る。これも三百文と五百文に改めた。そして清兵衛に「目が利かない私にもこれが三百文で買える品でないくらいのことはわかる」と言わせている。五百文で買った若い武士の男も上がり、噺の格も少しは上がろうというものだ。

 茶碗についても“たまに茶をたてる”と言っていて、貧しいながらも時には茶道をたしなんでいたことを表現している。それでこそ銘器だ。湯茶や薬を飲むのに用いているという従来の設定ではまるで湯のみ茶碗で、茶器とは形からして大違いだ。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。