落語 みちの駅

第四回 柳家花緑と「南の島に雪が降る」
 八月七日昼、浅草公会堂で柳家花緑さん主演の加東大介作「南の島に雪が降る」を見た。戦後70年特別企画、制作は中日劇場。東京では八月六日から九日までだが、名古屋の中日劇場では八月十四日から二十三日まで十日間公演、そのあと福岡、大阪で各一回公演の予定だ。往年の名優が実体験にもとづき実名で創作・上演した芝居の久しぶりの再演。

戦時下のニューギニアで戦意高揚の施策として芸能部隊が編成され、二万人の兵士の中から芸能に心得のある者が選抜される。歌舞伎から前進座の座員になっていた加東大介、本名加藤徳之助がリーダーを命じられる。それが花緑さんの役。いろいろ波乱はあるがコケラ落しの「瞼の母」は望郷の思いに湿っていた兵士たちを感動させて大成功。熱帯雨林の芝居小屋に降る芝居の雪が北国出身の兵士を涙させた――。

 花緑さんはよき台本・演出に乗ってのびのび演じた。役者ぶりも一段上がった。芝居癖がつくと落語に障りありという意見もあるが、落語にのみ凝り固まった語り口になるよりは、芝居で現代の俳優たちと同質の口調でやりとりをするほうが、明日の落語につながると思う。

 とくに柳家小さん系の芸は「自然主義」にあるのだから、ほどほどの芝居経験がやがて花緑さんの落語を大きく成熟させると期待している。

劇中、芸能部隊参加を申し出る兵士たちのほとんどが自分の特技を「浪曲」と申告するので当事者が頭を抱える場面がある。戦争前後の一定期間、浪曲がいかに世を制圧していたかがうかがわれて興味深い。その浪曲の現状を眺めると、一世風靡とは言うものの、あまりにも素人に浸透しすぎた芸能はやがて民間に溶け込んで、発祥した以前の地点に戻ってしまうのではないか、と考えさせられる。

 落語はそこまでフィーバーしたこともないが、ひどく落ちぶれた過去もない。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。