落語 みちの駅

第三回 佃祭りに寄せて
 八月の初め、佃祭りの時期になった。背景に水難事故をあしらう噺のため、昨年の韓国、今年の中国のような事故があると放送ばかりでなく寄席でも一定期間、落語「佃祭」に規制をかける動きが出てくるのはやるせない。

 いちはやく大勢に順応すれば、とりあえず関係者の身の安全は計られるのだろうが、本来、進化した世の中とは、「それはそれ、これはこれ」というクールな分別が行き渡っているべきで、あれもこれもゴチャ混ぜにして突っ走れば七十年前の二の舞に行き着いてしまうのではないか。

 落語はそんな浅知恵を語ってこなかったはずなのだが、落語的論理と思考法がすべてを支配したのでは、これまた危なっかしいから、まあ世の中は世の中、自分は自分という地点で折り合いをつけるしかない。むろん落語は落語で、微動だにしていない。

 佃島には何度も行ったが、祭りや雑踏が苦手なので、佃祭りは見たことがない。生まれ故郷の神田祭りこそ記憶に残っているが、神輿が来ると他の道へ迂回して年をとってきたので江戸っ子としては場違いなのだ。

 佃の渡しにも何度か乗った。暮れなずむ時刻の川面を渡るのが好きだったから、落語「佃祭」の世界へ入ったなら、終い舟に乗り合わせてあえなく最期をとげる運命にある。

 長めの噺なので、第一場、お玉ヶ池の次郎兵衛宅をカットしたり、現代人にはピンとこない大詰めの永代橋まで行かない手法もある。この先水難事故が起きても起きなくても、すぐれた噺だから、「佃祭」は意欲のある落語家が正面から取り組んで構成を整えてほしいのだ。

 三代目三遊亭金馬、五代目古今亭志ん生にまさって三代目古今亭志ん朝のノーカット版が見事だった。夏の浜風が匂うような、また神田っ子たちの気風のよさが跳ねるような格別の魅力があった。

 オリンピックの東京改造で佃の渡しは消えた。次のオリンピックでも何かが変わるのだろうか。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。