落語 みちの駅

第二回 朝日名人会プロデュース雑感メモ
 七月十八日・土曜日は第百五十一回朝日名人会。久しぶりに出演者を平成以降の真打に限ってみた。チケット完売までいつも以上に短時日だったという。そのリポートを記す。制作と論評の二股をかけてはいけないが、その立場ならではのポイントというものもあるので、ほどよく読み捨てを願いたい。

◆前座・入船亭ゆう京「堀の内」

二ツ目昇進目前で自分独自の語り調子を模索する姿勢が見られたのは結構なこと。

◆二ツ目・柳亭こみち「植木のお化け」

 前座と色物以外でここに出演する女流第一号。この会の客は用心深いので強めの声質としっかりしたリズムの持ち主に壁を破ってもらう狙いはあった。色物なら女流でも抵抗がないという明治以来の伝統に沿って音曲噺を注文した結果になったのは本人には不本意だったかもしれないが、後半には客もすっかりほぐれ、会全体へのよい流れも生まれた。

◆桃月庵白酒「臆病源兵衛」

 師・雲助、大師匠・十代目馬生のように夜を感じさせず、白昼の騒動めくが、そこがかえっておもしろい。だが、息を吹き返した八五郎の見る夜の光景だけは不気味な闇を感じさせてほしかった。

◆入船亭扇辰「百川」

 ことばの聞きちがいが題材という点では、この噺の第一の生理は小柄で体重が軽い。一方、朴訥でめげない田舎者と尻軽で粗忽な江戸者との対比という大ネタ性が厳然とある。その二面性のバランスをとるのはクワイを呑むほどに困難だ。そこをクリアーするのは少し先になるだろうが、基本線はしっかりつかんでいる。決して奨めはしないが、田舎者、江戸者ともにもっと愛敬のある造形を施せば早道ではあるだろう。

◆春風亭一之輔「鰻の幇間」

 店も幇間も客も座敷も酒も料理もみんなセコ。みんなセコなら伊万里だ九谷だとむなしい体裁を口にするな。そんな仕儀を人物の感情表現にあまり頼らず描いて着実に笑いを取っていく手腕はしたたか。ここまでやれるならサゲを一之輔流にするまでもない、と言っておこうか。

◆柳家喬太郎「牡丹燈籠――栗橋宿」

 冒頭でおみねは久蔵に酒をふるまい、おだやかに亭主の行状を聞き出す。腹に一物ありと思わせない、静かで日常的な会話。こうでないと噺後半のドラマが生まれない。それができる演者にすでになっているということだ。夫婦対決の場で同一形容詞を頻発したのが惜しまれる。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。