落語 木戸をくぐれば

第74回「髪結新三は噺がルーツ」
『髪結新三かみゆいしんざ』は噺がオリジナルなのだが、噺よりも芝居で有名になった。河竹黙阿弥が巧みに劇化し、明治の名優・五代目尾上菊五郎の名演で人気を高め、江戸世話物の代表作のようになった。



 主役の新三は六代目菊五郎に継承されてますます磨かれ、戦後は中村勘三郎父子、尾上松緑などが演じてその人気を保っている。今でも二年に一度ぐらいは東京の舞台に載るのではないか。



 新三、弥太五郎源七、忠七、家主長兵衛、車力の善八などの役々が個性的に作られているので、別の役者がやれば別の味と魅力が生まれるというわけで、好劇家の興趣は尽きない。



 新三と弥太五郎、新三と家主の、二種の対決、あるいは駆け引きに役者同士のライバル意識がからめば火花が散る。ひとつ幕にそんな二つの見どころがあるのはぜいたくだ。



 すっかり芝居が本家のようになってしまった『髪結新三』に、元祖は噺なりと立ちはだかったのは六代目三遊亭圓生だった。



 芝居に負けてたまるか。圓生ならではの匠気と情熱の成果だった。教わる先輩もなく、参考になる先例もなく、圓生は明治初期の速記から復演を果たした。それが桂歌丸、五街道雲助、柳家さん喬などに引き継がれている。



 派手なストーリーのようだが、見せ場となっている二種の対決、駆け引きは実は動きの少ない対話劇だ。家主が謎をかけながら金の山分けをする場面は芝居でも喝采を浴びるが、動きの小さなこの場はいかにも話芸的で、先祖が噺であることを如実に物語っている。



 新三の長屋は芝居ではどうしても綺麗事の造りになってしまい、噺で聴いて想像するほうが実感がある。「狼の人に食わるる寒さかな」で締め括る圓生の考案も噺ならではのこと。



 芝居ではそんなにすっきりとエンドマークが出せないため、新三の鼻をあかして大儲けをした家主の留守宅に泥棒が入って、長屋中総出のドタバタの最中で幕を引く噺のほうがずっと江戸前だ。

著者紹介


京須偕充(きょうす ともみつ)

1942年東京・神田生まれ。
慶應義塾大学卒業。
ソニーミュージック(旧CBSソニー)のプロデューサーとして、六代目三遊亭圓生の「圓生百席」、三代目古今亭志ん朝、柳家小三治のライブシリーズなどの名録音で広く知られる。
少年時代からの寄席通い、戦後落語の黄金期の同時代体験、レコーディングでの経験などをもとに落語に関する多くの著作がある。
おもな著書に『古典落語CDの名盤』(光文社新書)、『落語名人会 夢の勢揃い』(文春新書)、『圓生の録音室』(ちくま文庫)、『落語の聴き熟し』(弘文出版)、『落語家 昭和の名人くらべ』(文藝春秋)、編書に『志ん朝の落語』(ちくま文庫)など。TBSテレビ「落語研究会」の解説のほか、「朝日名人会」などの落語会プロデュースも手掛けている。